第164話 三度だけ
「では、戦いを始める」
神の使いは、右手を天に掲げる。
それが何を意味するのかわからないが、レンとセレスは神の使いの一挙一動を見逃さないよう、注意深く観察する。
「そなたらから、三度ほど攻撃していいぞ。それまで我は、攻撃しない」
そんな二人に、神の使いはそう言った。
右手を掲げている以外、何もしていない神の使い。
魔法を使っている気配もない。
「……いいの?」
「ここに来る者には、いつもそうしている」
無防備な神の使いに、最初に三度の攻撃ができる。
――それでもなお、あのイサベル陛下は負けたのだ。
「それはオレら二人合わせて三度か? それともそれぞれ三度か?」
「合わせて、三度だ」
セレスの問いに、神の使いは短い言葉で答える。
三度攻撃されても、全く問題ないと言うふうに。
それは油断や傲おごりではなく、それが当然かのように。
右手を掲げているだけで、何もせずに二人から攻撃を待つ神の使い。
「そうか、じゃあお言葉に甘えて……オラァッ!」
セレスが全く躊躇せずに、両手斧を上から勢いよく振り下ろす。
神の使いの頭に斧の刃が当たり――そのまま神の使いの身体を通過し、地面に両手斧が突き刺さった。
「一度目だ」
「はっ!? 今当たっただろ!?」
神の使いは頭から真っ二つにされたはずなのに、何事もなかったかのように攻撃の回数を数えた。
セレスは手応えが全くなかったことに驚く。
「退いて、ボクが次やる」
神の使いの前にいるセレスは後ろに下がり、邪魔にならないようにする。
レンは正中に刀を構えていたが、下段に構えて力を抜く。
そして一歩踏み込む。
その際に風魔法を行使して速度をつけ、神の使いの首元に刀を振るった。
常人だったらレンの動きはほとんど見えずに、神の使いの前からいきなり後ろに行ったように見えるだろう。
しかし、レンが持っている刀には、肉と骨を断つ感触はなかった。
「通り、抜けた……?」
「二度目だ」
またも回数を口にするだけで、攻撃をされても全く傷を負った様子が無い神の使い。
二人の攻撃はなぜかわからないが、神の使いに当たっていない。
そこにいるはずなのに、そして攻撃は身体を捉えているはずなのに、当たらない。
姿形が雲でできているかのようだが、攻撃も雲を攻撃しているようだ。
「あと一回だ。その後、こちらも攻撃を開始する」
右手を天に掲げたまま、神の使いはそう言った。
レンとセレスは考える。
どうすれば相手に攻撃を与えられるか。
次の攻撃をしたら、神の使いは攻撃を始める。
何の攻撃なのかはわからないが、あの右手を掲げているのが攻撃の手段なのかもしれない。
まず物理攻撃は効かない。
二人の両手斧と刀が当たらずに通過したことでそう理解した。
レンは神の使いの背後にいたが、前に戻りセレスの隣に立つ。
「どうする?」
「刀と斧が効かないなら、もう一つしかねえだろ」
攻撃手段はあと一つ、魔法しかない。
しかしここで問題があるのは、レンとセレス、どちらが攻撃するかだ。
「レンの一番得意な魔法は、風でいいな?」
「うん、セレスは火?」
「ああ、そうだ」
精霊族は四つの種族に分かれる。
総じて魔法が得意だが、得意な属性が違う。
エルフのレンは風魔法、ドワーフのセレスは火魔法が一番得意なのだ。
風か火。
どちらが神の使いに効くか、全くわからない。
まず魔法が効くのかもわからないのだ。
「……風は突き詰めると、ほとんど刃と同じ。だから炎の方がまだ通じるかもしれない」
「まあそうかもな。だがオレ、あんまり魔法得意じゃねえんだよな……」
「知ってる、ボクもそんな得意じゃない」
二人とも当然のように魔法を使えるが、あまり得意ではない。
しかし精霊族基準の「得意ではない」なので、普通の人族の魔法使い以上の威力はある。
人族のS級冒険者のアメリアより少し弱いぐらいだ。
だが今その魔法に頼るのは、不安である。
「どうやれば攻撃が通じるのか……」
「んー、わからんな。あっ、そうだ、リュークに聞こうぜ」
「ん、良い提案」
「なあリューク、こいつの弱点ってなんだ?」
二人の後ろで見守っているリュークに問いかける。
リュークは腕組みをしながら戦いを観察していたようだ。
「弱点、か。俺が観察したところ、ないみたいだ」
「ねえのかよ! じゃあどうやって倒せばいいんだ?」
「攻撃が当たらない、どうすればいいの?」
二人は困ったように神の使いを見る。
右手を掲げているだけで、何もしてこないし、全く動かない。
「弱点ではないが、とりあえずめっちゃ強い攻撃を与えればいいと思うぞ」
「大雑把だな、リューク」
「まあな、それしか方法がないから」
「めっちゃ強い攻撃……それは風でも火でも関係ないの?」
「ああ、どっちでもいい。強ければ」
リュークの言葉に、二人は顔を見合わせる。
「……どっちが強いんだろう?」
「知らねえよ。てかめんどくせえな、同時に撃てばいいだろ」
「ん、それがいい」
「炎と風、運良く相性抜群だ。合わせれば魔法が得意じゃない俺らでも、そこらのやつより強くなるだろ」
セレスは両手斧を左手で持ち左肩に置き、右手を神の使いに向ける。
レンも右手に刀を持ち、左手を前に向ける。
二人の手が隣り合い、そして魔力を溜め始める。
「合わせろよ」
「そっちこそ」
二人とも自分が操れる最大の魔力を行使し、魔法を発動させる。
「『突嵐ジェットストーム』」
「『烈火ブレイジング』!」
二人の手から同時に撃ち出され、そして重なり合い一つの魔法になっていく。
最大級の強さの魔法が合わさり、威力は倍増。
その魔法が通った岩の地面が焼け焦げ、削れていく。
そして神の使いに――当たった。
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