第163話 望みを


「我は、弱いぞ」


 神の使いの言葉に、三人はほんの一瞬だけ唖然とする。


「……弱いのか? お前は?」

「ああ、弱い」

「だがお前、陛下に勝ったんじゃねえのか?」


 セレスがそう問いかける。


 イサベル陛下がずいぶんと前に、この神の使いに負けたと言っていたというのを、セレスはリュークから聞いていた。


「へいか……とは誰だ?」

「ユーコミス王国の王様だよ。女で、二百年前ぐらいにここに来たようだが」


 リュークがそう答える。


「二百年とは、つい最近のことだな。その者の名は?」

「イサベルなんちゃらとか、言う名前だった気がするが」

「しばし待て、思い出す」

「二百年はさすがに精霊族でも最近とは言わねえな……」


 セレスは苦笑しながらそう言って、同意するようにレンが頷く。


 いくら平均寿命が三百歳という長寿の精霊族でも、二百年前はだいぶ昔のことである。

 二百年前ではリュークはもちろん、セレスもレンも生まれていない。


「ふむ、思い出したぞ。イサベル・ミラン・レンテリア。いたな、そんな女が。弱い我よりも、弱い者が」


 雲を人型にしたような神の使いの表情は全くわからないが、なんとなくだが笑ったように感じた。


「陛下が、弱い?」


 三人は一様に驚くが、特にセレスとレンはなおさらだ。


 イサベル陛下がどれほど強いかは知らないが、即位してから幾度となく男たちと戦い、一回も負けたことがないと聞いている。

 そんな陛下が、弱いわけがない。


 だが神の使いは、それを弱いと言う。


「お前の、強さの基準はなんなんだ?」


 リュークはそう問いかける。


 三人は気づいた。


 神の使いの強さの基準が、おかしいということに。


「我が主人あるじ、神鳥様。御方こそ、この世で最強。そして御方以外は、我を含め弱者だ」


 当然のことのように、そう断言する神の使い。


「そうか、そういうことか……」


 つまり神の使いは、強さの基準が高すぎるのだ。


 その神というのがどれくらい強いかわからないが、神の使いよりは強いらしい。

 そして神の使いは、神より弱い者は全てを弱者としているのだ。


 だから神の使いが自分のことを弱いと言っても、それは基準が高すぎるからで、セレスやレンからすれば、イサベル陛下に勝てる神の使いも、化け物級の強さである。


「わかった、俺からは質問はもうない」

「まあオレも別にないわ」

「……ボクからは、最後の質問」


 レンが最後に、気になった質問をする。


「あなたに負けて、四肢の一つを持っていかれるとき、選ぶことはできるの? たとえば、右足にしてほしい、とか」

「可能だ」

「……そっか、じゃあ師匠も、選んだんだ」


 レンは独り言のように、少し笑って呟いた。


 師匠のダリウスの右足が無くなっているのを見たとき、思ったことがある。


 腕じゃなくて、よかった――と。


 鍛冶師にとって、腕、手は重要だ。

 とても繊細な作業が必要とされる鍛冶で、片方の腕が無くなっては酷く支障が出てしまう。


 ダリウスが腕じゃなくて右足を無くしたのは、幸運だったとレンは思ったが、違ったのだ。


 負けたときに、「持っていくなら足にしてくれ」と頼んだのだろう。


 師匠は、最後まで鍛冶師だった。

 そう思って、レンは笑ったのだ。


「……じゃあ、『望みを言う』」

「ふむ、名を聞こう」

「……レン・バルツァー・ベネショフ」

「覚えておこう。では、そなたは何を望む」


 レンは、刀を構える。

 正眼の構え。

 一番基本の構えで、攻撃、防御、全てに対応できる万能の構えだ。


「世界樹を、望む。そして、持っていかれる四肢は右足でお願いする」

「おいレン、俺が世界樹を取るんじゃないのか?」

「ごめん、リューク。ボクに、取らせて。師匠と同じように、ボクも自分で挑まないといけないような気がするから」


 隣にいるリュークに見向きもしないで、そう答えるレン。

 目線はずっと、目の前にいる神の使いを捉えている。


 その様に、リュークは黙り込み、そしてため息をつく。


「はぁ、わかったよ。何を言っても聞かなそうだ」

「うん、ありがとう」


 リュークはレンから離れる。


 そして、神の使いが再度問いかける。


「では、それがそなたの望みで構わないな」

「うん」

「では、戦いを――」

「ちょっと待ってくれ」


 神の使いが言葉を言い切る前に、セレスが割って入った。


「オレも、『望みを言う』」

「ふむ、名を聞こう」

「セレスティーナだ」

「覚えておこう。では、そなたは何を望む」


 セレスは両手斧を構え、レンの隣に立つ。


「オレも、レンと一緒に戦うことが望みだ」 

「っ! 何を言って……!」

「お前一人で勝てるわけねえだろ。かと言って、二人で戦っても勝てるとは思えねえが」

「だったら、あなたはいらない」

「オレだって覚悟を決めてここに来たんだ。リュークのために、それぐらいさせろ」

「……死んでも知らない」

「死にはしねえだろ、足は持ってかれると思うが。あ、オレも持っていくなら足で」


 軽口を叩き合っているが、二人は覚悟を決めた顔をしている。

 目の前の神の使いを、油断なく睨んでいる。


「では、それがそなたらの望みで構わないな」

「うん」

「ああ、構わないぜ」


 顔はない神の使いは、顔を動かし二人をそれぞれ見た。


 そして――。


「では、戦いを始める」

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