第162話 世界樹への一歩


 リュークは禁止領域に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったと肌で感じる。


 この先は、何かが違う。


 一歩踏み出しただけで、そう思わせるほどの何かがあった。


 レンとセレスも続いて禁止領域に入ってくる。


 二人とも何かを感じたのか、緊張感が増す。


「さて、これでオレたちは大罪人となったってことだな」

「うん、だけどバレなければ問題ない」


 おそらく今、ユーコミス王国の王様が千里眼魔法で見ているからバレている。

 というのは、二人には伝えないリュークだった。


 イサベル陛下のニヤリとした顔が頭に浮かんだが、それを振り払う。


「じゃあもっと上に行くか。どこまで行けば世界樹があるかわからないけど」

「すぐに着けばいいけど」

「まあ適当に進んで行くか」


 そして三人は、緑が全くない岩肌を歩いて行く。



 何分、何時間歩いただろうか。


 あたりは雲の中なのか、霧に覆われていて、開けている場所なはずなのに数十メートル先が見えない。


 リュークの半径二キロに及ぶ魔力探知にも、何も感知されない。

 生き物は全くいなくて、小さな虫などもいない。


 なだらかな坂になっているので、登っていることはわかるが真っ直ぐ進んでいるかはわかりづらい。

 リュークの魔力探知で方角を確認しながら進んでいるので、おそらく大丈夫なはずだが。


 禁止領域に入ってから、三人の口数は少なくなっている。

 本当に何もないのだが、いつ何が起きるかわからない。


「本当に世界樹はあるんだろうな?」

「わからない。師匠は見つけて、持って帰ってきたはずだけど」


 山頂には世界樹があると言われているのだが、どれだけ歩いても見つからない。

 リュークの魔力探知にもそれらしきものは引っかからない。


「もっと上にあるのかもしれないな」

「はぁ、マジか、さすがに疲れるぜ」

「じゃあ帰ればいい」

「ああ? ここまで来て帰るわけねえだろ」


 二人は数時間ぶりに軽口を叩きながら、リュークの後ろをついていく。


 リュークはその二人の会話を聞いて、頬を緩めながら注意しようと後ろを向いた。



「そなたらは、何を望む」


「――っ!?」



 瞬間、歩いていた方向から声が響いてきた。


 リュークは驚いて後ろに飛び退く。


 数メートル後ろからついてきていたレンとセレスのところまで下がると、声を発した相手を見る。


 それは、人型だった。

 身長はリュークと同じぐらいで、一七〇センチぐらいだろう。

 先程までリュークが立っていた場所に、自然体で立っている。

 腕は組んでいて、上から見下ろしている感じだ。


 だが人型のそれは、人ではない。

 まず顔がない。

 顔の部分が白く染まっていて、目も口もない。

 身体の部分も真っ白で、服は着ていない。

 周りにある霧が、人の形をしているような感じだ。


「我は、神の使い」


 三人が武器を抜いて臨戦態勢に入っているが、目の前の「神の使い」と名乗るそれは殺意も敵意も見せずに、そう言った。


 リュークの額に、冷や汗が流れる。


 神の使いが立っている場所。

 そこはリュークが先程までいた場所の、数十センチ先ぐらいだ。


 最初からいたわけではないはずだが、そんな接近されても全く気づかなかった。


 たとえリュークと同じ時空魔法、『次元跳躍ワープ』をしたとしても、魔力の流れなどで来ることは感知できる。


 しかし、今回は全くわからなかった。


 それが声を発するまで、リュークは気づかなかった。

 今までこんなことは、一度もなかった。


「そなたらは、何を望む」


 もう一度、そう問いかけてくる神の使いに、セレスが話しかける。


「じゃあ、何個か質問していいか」

「いいだろう。では、それがそなたの望みだな」

「あ? いや、違う違う、望みを言う前に、質問をするだけだ」

「むっ? 何が違うのだ?」


 神の使いは右腕を上げて、何かをしようとしていたが、それを止める。


「お前から聞きたいことを聞いて、その上で望みを言う感じだな」

「そうか。では望みを言うときは、『望みを言う』と言うのだぞ」

「……わ、わかった」


 三人は思っていたイメージとは大分違う神の使いに、戸惑いながらも話を続ける。


「この先に、世界樹はあるのか?」

「あると言えば、ある。ないと言えば、ない」

「はぁ? どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」


 顔がない神の使いは、どこから声を出しているかわからないが答える。

 しかしその答えは意味がわからないものだった。


「あなたと戦って、勝つか手足の一本を献上すれば、望みを叶えてもらえるっていうのは、本当?」


 次にレンがそう問いかける。

 三人が一番気になる点と言っても過言ではない。


「左様」


 その質問を、簡単に答えた神の使い。


 ゴクリッと、三人の誰かの喉が鳴った。


「じゃあ俺からの質問。お前は、強いのか?」


 その質問は、異常だった。


 普通の人なら異常ではないのだが、リュークがその質問をすることは異常であった。


 リュークほどの強者なら、対峙するだけで相手の実力を測ることができる。

 両親をはじめ、バジリスク、イサベル陛下など、正確に実力を測ってきた。


 しかし、今目の前にいる神の使いの、実力が全く見えない。


 弱いのか、強いのか、わからない。

 自分の魔力探知や気配察知を潜り抜けてきたのだから強いはずなのだろうが、全くわからない。


 リュークの質問に、先程と同じように感情の起伏がない声で答える。


「我は、弱いぞ」

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