第158話 鍛冶勝負の行方
数分して、セレスが身体を綺麗にしてから戻ってきた。
「よっしゃ! このままベッドインも大丈夫なくらいだぜリューク!」
「ベッドインってなんだ?」
「馬鹿の戯言、聞かなくてもいい」
そんな会話が一瞬交わされたが、特にリュークの記憶に残らずに終わった。
リュークとヴァリーが宮殿に呼ばれたあと、三人はグラウスの提案で鍛冶の腕の勝負をすることになったようだ。
鍛冶師なんて、ほとんど全員が負けず嫌いだ。
誰かの一振り、自分の過去の一振りにすら負けたくない。
他の誰より、自分の過去より今の自分がもっと凄い一振りを打てるように。
そう思っているものが、鍛冶師だ。
三人全員がそう思っているので、勝負は本気の本気となった。
セレスが戻ってきて、三人は自分以外が打った一振りをじっくりと眺めている。
リュークとヴァリーも一緒に混ざっているが、三人の真剣さには負ける。
持ち手から剣先まで穴が空くほど見た三人は、向かい合って中心に三つの武器を置く。
「じゃあ、どれが一番良いか決めるかのう」
「ああ、そうだな」
「うん」
「まず誰が一番か、それぞれせーので指を差すのじゃ」
グラウスが「せーの」と言うと、三人は自分が思う一番の人に指差した。
「ふむ、やっぱりこうなるのう」
「まあそうだよな」
「……当然」
三人全員が、レンを指差した。
こういう勝負になると、自分の一振りを優遇したくなる者が多いと思うが、三人は違った。
客観的に他のと自分のを比べ、誰が一番良いかを決めた。
それが、レンだったのだ。
「まあオレはさすがに勝てないわ。得意な武器でもないし、打った方法も初めてだからな」
「それでも筋は良かったから、もっと練習すれば上手くなると思うがのう」
「ドワーフ流のやり方の方が、オレには合ってるから別にいいわ」
セレスがいつも打っている武器は、両手斧や大剣などだ。
大きな武器を打つには、それ相応の専用のテクニックがいる。
今回は普通の片手剣を打ったので、その得意なテクニックが使えなかったというのが少し質が落ちることとなった。
そして初めて原始的な打ち方をやったので、それが一番の敗因だ。
練習として本気でやったはいいが、さすがに今までそれでずっとやってきたレンに勝てるわけがなかった。
「いやー、だがレンちゃんに負けるとは思わなかったのう」
「グラおじさんは、剣の方が得意でしょ?」
「本当に多少じゃがな。ほとんど差異はないぞ」
グラウスはレンとの勝負に合わせて、今回打ったのは刀だった。
刀を打つのは剣や斧とは全然違うので、セレスは合わせられずに片手剣を打った。
レンの師匠のダリウス、そしてグラウス。
二十年以上前、「ウスウスコンビ」と呼ばれていた二人。
ダリウスは刀の方が少し得意で、グラウスは剣の方が少し得意だった。
その差異は本当に少しで、見抜ける者は限られている。
熟練の鍛冶師でも見抜くのは困難だろう。
「ボクは二十年間、ほとんど刀しか打ってない。これで負けてたら、師匠に顔向けできない」
「……そうじゃのう」
その言葉に、少し嬉しそうに目を細めるグラウスだった。
「というか、よくお前自分で自分を差したな」
「当然、あなたに負けるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、グラおじさんにも負けるわけにはいかなかったから」
「なんか言い方がムカつくがな」
セレスは凄い自信だと思うと共に、自分に厳しい奴だとも感じた。
ダリウスの唯一の弟子にして、一番弟子。
大罪人として処刑されたダリウスだが、その腕で打たれた刀はいまだに人々の心を掴んで離さない。
ダリウスの刀を使うことすら禁止されているユーコミス王国だが、裏の世界ではまだその刀は高い値段で売られている。
実際、その刀が本当にダリウスのかはわからない。
というか、おそらく違う。
なぜならダリウスが打ったものだと売られていた刀が、実際はレンが打った刀となっていたというのだから。
しかもダリウスが処刑される、五年も前からだ。
裏で取引されているダリウスの刀のほとんどが、レンの刀だろう。
ダリウスの量産品の刀に、二十年以上も前から追いついているレンの腕前。
それからも一度も慢心せずに、誰にも負けない、負けてはいけないという思いながら刀を打ち続けている。
今打ったレンの刀を見れば、それがわかる。
リュークとのことでレンのことを好きになれないと思っていたが、尊敬はできると感じるセレス。
(だが絶対にリュークは渡さないがな!)
「なんでボクを睨んでるの? 負けたから?」
「負けてねえよ!」
「いや、負けてるけど」
「そっちは負けたが、本当の勝負はこれからだ!」
「やっぱり馬鹿の戯言は、よくわからない」
話が全く合わず、変な人を見る目でセレスを眺めるレンであった。
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