第155話 剣神の抜刀


 リュークとヴァリーは王宮から脱出を果たすと、すぐに貴族が住む区画を抜けてレンの家の前に戻った。


「あーあ、そこまで長くあそこにいたはずではないが、なんか疲れたわ」


 久しぶりにレンの家に戻ってきたとヴァリーは思ったが、時間にしてはおそらく一時間ほどしか経ってないだろう。


 精神的な疲れもあるが、肉体的疲れも少しはある。


 戦いは三十分ほどしかやってない、いや、普通は三十分も戦えば疲れるだろう。

 さらに相手は世界でも指折りの実力者だ。


 だが二人は三十分程度の戦いだったら息も切らさず終わる。

 事実、二人はほとんど息を切らしていない。


 息は切れていないが、ヴァリーに関しては一瞬だが本気を出している。


「最後の攻撃――すごかった」


 リュークが少し興奮した様子でそう口にした。



 イサベル陛下を倒した技。


 一刀無双。

 ヴァリーが編み出した奥義の一つ。


「何も見えなかった」


 ヴァリーの一挙一動を見逃さないように、本気で観察していた。


 それにも関わらず、攻撃が見えなかった。


 ヴァリーが木刀を腰に差し、抜いて振った。

 それは見えた。


 しかし一回しか振ってないのに、百を超える魔法が全て斬り伏せられ、木刀の間合い外のイサベル陛下すら斬っていた。


 たった一回の抜刀。

 それだけでは絶対に成し得ない結果だ。


 しかしリュークの目を持ってしても、ヴァリーが一回しか木刀を振ってるところしか見えなかった。

 さらにその抜刀の速度はそこまで速くなく、常人でも残像ではなく普通に見える程度の速さでしかなかった。


 それなのに、その一振りで戦いは終わった。


「あれが、父ちゃん――剣神の本気の抜刀」


 身体の奥底から湧き上がる熱い何かを抑えるように、リュークは口角を上げながらそう呟いた。


「そうだな。久しぶりにやったから少し鈍ってはいたがな」


 ヴァリーはSS冒険者だったが、もう十数年前の話だ。

 それからずっと鍛錬はし続けたが、強い相手や魔物と戦ってこなかったのでさすがに腕前は全盛期よりは落ちている。


 だがそれでも、リュークにすら感知できないほどの抜刀ができるのだ。


「すごいね、本当に」

「お前もいつかこれくらいできるようになる。頑張れよ」

「うん、父ちゃんにも母ちゃんにも勝てるようになるよ」

「……母ちゃんには俺も負け越したから、頑張れ」


 さっきの攻撃を見たリュークからすると、どうやったら剣神ヴァリーに勝てるのかわからないが、それでも魔帝フローラの方が上らしい。


 魔法でもそこまで極めることができる。

 そしてリュークは、どちらも極められる可能性を秘めているのだ。


「さて、朝に出かけたから今はまだ昼時でもないな」

「そうだね、まあ少しお腹空いたけど」


 二人はそう話しながらレンの家のドアをノックした。


「……ん? いねえのか?」

「そうだね、いないみたい」


 しばらく待っても出てこないので、リュークが魔力感知をすると二人は家の中にいなかった。


「勝手に入っていいのか?」

「さあ? レンなら気にしなさそうだけど」

「まあとりあえずちょっと待ってみるか」

「あ、じゃあまた一緒に鍛錬しようよ」

「おう、いいぞ。またボコボコにしてやるよ」

「今度こそ勝つよ」


 二人はそう言ってまたレンの家の裏で鍛錬を始める。


 さすがに本気は出さないが、軽く流す程度の戦いを繰り返す。

 二人にとっては軽く流しているだけだが、普通の人なら手も足も出ないような戦いをしている。


 それを数時間やり続け、日も頭上まで登って昼時となってきた。


 しかし、レンとセレスは帰ってこない。


「どうしたんだろうな、最初は買い物にでも行ったのかと思ったが」


 ヴァリーが首を傾げながらそう言う。


「冒険者……ここではアーベンか。アーベンギルドにでも行ったのかな?」

「まあそれもあるな。とりあえず家の中に入ってみるか、何か書き置きでもあるかもしれないしな」


 そして二人は鍛錬を止め、レンの家に入る。


 鍵は閉まっておらず、ドアは簡単に開いた。


 中にはリュークが魔力感知で確認した通り、誰もいない。


「えっと、書き置きなんかは……」

「あ、あったよ」


 リュークはテーブルにあった紙を手にした。


「そうか、じゃあ最初から家の中に入ればよかったな」

「……そうだね、早く行かないと」

「ん? どこか待ち合わせ場所が書いてあるのか?」


 そう問いかけると、リュークはその紙をヴァリーに渡す。


 不思議に思いながら受け取り、紙に書いてるのを読む。


「えー、なになに、『二人は連れていった、返して欲しければここまで来い』……はっ?」


 紙に書いてある内容を読み上げて理解すると、驚きの声がヴァリーの口から漏れた。


 その紙にはその言葉と共に、地図のようなものが描かれていた。


「おい、リューク! これってまさか……!」

「わからないけど、そうかもしれない」


 二人の頭には、一つの単語が浮かんでくる。


「誘拐、ってことか!?」


 ヴァリーは驚きを隠せずにそう叫んだ。

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