第154話 ストーカー?


 その兵士は、目の前の光景が信じられなかった。


「レンテリア陛下!」


 後輩がすぐに倒れている陛下の下へ駆けつける。

 自分も唖然としていたが、ハッと気づき混乱しながらも近づいていく。


 後輩が倒れている陛下の横にしゃがみこみ、抱き上げようとする。


「陛下! ご無事で――」

「――触るな」


 その瞬間、血を流して倒れていたと思っていた陛下から、重圧な声が響いた。


 陛下の身体に手を伸ばしていた後輩が、「ひっ!?」と言いながら凄い勢いで退がった。


 自分も気絶していたと思っていたので、その声を聞き心臓を掴まれたような感覚だった。


 陛下は倒れていたが、上体を起こし王の間の床に座り込んでいる。


 二人はなぜか呆然としている陛下に敬礼をしながら話す。


「ご、ご無事でしょうか? お怪我をなさっているようですが……」

「回復魔法を使える者をお呼びしましょうか?」


 そう問いかけても反応がないので、もう一度聞こうか迷っていると。


「いらぬ。もう完治しておる」


 二人の方を全く見ずに、そう答えたイサベル陛下。


「ああ、血が服についているから勘違いしていたのか。これでいいだろう」


 陛下がそう言ったと思ったら、すでに陛下の服や身体には血がついている痕跡が無くなっていた。

 確かに先程までは、血の跡が床に流れるほどあったはずなのに、すでに床にまで広がっていた血も無かった。


「あ、あれ……?」


 後輩兵士が情けない声でそう呟いた。

 まるで自分が見ていたのは、全部幻であったのかと疑うように。


「陛下、先程の傷は何者にやられたのでしょうか?」


 先輩兵士が陛下にそう問いかける。

 血や傷は見えなくなったが、誰かに傷つけられたというのは確かだ。


 おそらく先程王宮の前にいきなり現れ、自分達に陛下のことを伝えて消えていったあの二人組に。


「我が国の陛下に傷をつけたという大罪。相応の罰が必要かと思われます。すぐに指名手配をして――」

「いらぬ。これは余がしかけた勝負だ。それに負けて相手を犯罪者に仕立て上げるなど、恥ではないか」


 陛下は豪華な服に付いた埃を払いながら立ち上がる。


「それに、余を傷つけた相手だぞ? そんな者を、この国の兵士が捕まえられるのか?」

「それは……」


 確かにその通りだ。

 兵士全員で戦っても、ただ一人の陛下に一撃も与えられないのに、その陛下に傷を負わせた者を捕らえられるわけがない。


「それに、余に傷を負わせた者は余の義理の父になる者だ。犯罪者にするつもりは毛頭ない」

「はっ……?」

「えっ……?」


 陛下の言葉に、二人の口から声が漏れた。


「へ、陛下、今なんて……?」

「ん? 余を斬ったのは義父になる予定の者だと。お前らも知らないわけではないだろ? 余に一撃入れることができる者を、夫とするということを」


 その話は知っている。

 おそらくユーコミス王国に住んでいる者なら、その話を知らない者はいないだろう。


 だが、いきなりのことで二人は驚愕する。

 そうか、陛下が傷つき倒れているのに驚いてそこまで頭は回らなかったが、確かに一撃入れているから夫となることができるだろう。


 しかし、ではなぜ……。


「陛下を傷つけた者が、夫となるのではないのですか? 夫ではなく、義父というのは?」

「残念な話だが、その者はすでに既婚者で子供もいるのだ」

「そ、そうなのですか……」


 なるほど、それならば納得……はできない。

 義父になるということは、その子供と結婚するということだ。

 確かに陛下を斬ったほどの者の子供ならおそらく普通よりは強いだろうが、陛下より強いかはわからない。


「なぜ、その者の子供と結婚するのでしょうか? 子供が強いとは限らないのではないでしょうか?」

「強いさ、間違いなくな。余よりもすでに強い」


 陛下はニヤリと笑いながら確信を持ってるように答えた。


 なぜそんなにはっきりとわかっているのだろうか。


「陛下、先程の二人の比較的若い見た目をした者が子供、つまり陛下の夫となる者なのでしょうか?」


 今まで黙っていた後輩が、いきなりそんな質問をした。


 まさか、あの二人は親子だったのか?


「おい、なんでそう思ったんだ?」


 隣にいる後輩に小声でそう問いかける。


「案内するとき、その若い人がもう一人の方を『父ちゃん』って呼んでたんですよ」

「そうだったのか……」


 全く気づかなかった。

 確かに言われれば、なんとなく似ているような気がしてきた。


 若い方、ということは魔法を使えるのに木刀を持っていた方ということだ。


「くくくっ、そうだ。リューク、余の夫となる者の名だ」

「リューク、殿……」


 陛下の夫になる者の名を、敬称無しに呼ぶことは躊躇われた。


 しかも、陛下に自分より強いと言わせるほどの実力者だ。


「しかし、あの者は人族でしたが……」

「強い者は強いのだ、種族など関係ない」

「そうですか……」


 しかし、まさか陛下が異種族結婚をするなど考えたことがなかった。

 魔族なら種族的に強いのでなんとなく納得はできたが、魔族より全てが劣っているとされている人族の者と。


「お祝い遅れて申し訳ありません。ご結婚おめでとうございます、陛下」

「お、おめでとうございます」


 いきなりのことに驚いて言っていなかったお祝いの言葉を、後輩兵士と共に申し上げた。


 夫となる者が人族ということで、今後色々と言われるだろうが、陛下ならば全てを黙らせられるだろう。

 もう結婚は確定したも同然だ。


「くくくっ、早過ぎる祝福をありがとう。まだ結婚も決まってもいないがな」

「えっ? しかし、先程ご結婚なさると……」

「余はそのつもりだが、あちらが余の求婚を断ったのだ」

「はっ!?」

「えっ!?」


 二人は王の間にたどり着き、一番大きな声を上げた。


 まさか陛下の求婚を断るような男が、この世にいるとは思わなかったのだ。


「そ、それは……申し訳ございません」


 失礼なことを言ったと思い、頭を下げる。

 しかし陛下は気にした様子もなく、ニヤリと笑いながら話す。


「くくくっ、まあ今は断られただけだ。リュークの気が変わるまで、言い続けるさ。いや、余と結婚したいとあちらから言うほどに調教すればいいのだ」

「えっ……?」

「そうだろう?」

「えっ、あ、はい、その通りだと思います」


 それはもう、過激なストーカーの言い分と変わらないのではないだろうか?


 そう思っても、ニヤリと笑っている陛下に何も言えない兵士二人だった。

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