第149話 脱出


「このような行動に至る者を、人族の書物では『ヤンデレ』というらしい。面白い響きで、余は好みだ」


 次の瞬間、壁が形を変えてリュークとヴァリーに襲いかかってきた。


 壁から柱のようなものが飛び出し、蛇のようにうねりながら二人へ向かっていく。


 リュークの方にはほぼ同時に四本の柱が攻撃してきた。

 どれも大きく、当たったらタダでは済まないだろう。


 右と左、そして正面と後ろから襲ってくる柱。

 正面と右から来る柱を木刀で薙ぎ払い壊したが、左と後ろからきた柱はそのままリュークを襲う。


 当たる――と思いきや、その柱はリュークの身体をすり抜けた。


「父ちゃん! 実物の中に魔法で作った幻の柱がある!」


 リュークは魔法感知が出来るので、壁から出てきたいくつかの柱が幻であることがわかった。


 しかし、ヴァリーにはそれができない。

 だからリュークが声をかけ、手助けをしようとしたが……。


「ああ、わかってる。だが、それがどうした?」


 ヴァリーは驚異的なスピードで、全ての柱を叩き斬っていた。

 幻の柱は斬っても当たらないが、そんなもの関係ない。


 普通なら幻の柱に惑わされ、実体のある柱にやられるはずだ。

 しかしヴァリーは幻の柱との見分けなどせず、全ての柱を叩き壊している。


 なんとなく幻の柱があるのはわかっているが、リュークほどの完璧な感知はできないので力技で全てを壊す。

 ほぼ同時に襲ってくる何本の柱を、ヴァリーは全てを対応していた。


「ははっ、さすがだな父ちゃん」


 リュークも出来ないわけではないが、あまり効率的とは言えないからやらない。

 人には人の戦い方があるのだ。

 自分の戦い方で、いつか剣神ヴァリーを超えてやるのだ。


「見事、ならこれならどうだ?」


 イサベル陛下は玉座に座りながら、左手を前に出す。


「『業火インフェルノ』


 そして、手の平から紅蓮の炎が放出された。


 二人がいるところからイサベル陛下の姿が炎で見えなくなるぐらい大きい。


「リューク!」

「ああ!」


 そんなかけ声のようなやり取りで通じ合ったのか、リュークはその炎に対面しヴァリーは無防備になってしまう後ろを守る。


 いまだに襲ってくる柱をヴァリーが叩き斬り、リュークが魔力を溜めて炎に向かって魔法を放つ。


「『突嵐ジェットストーム』!」


 風魔法の中でも、威力が高い魔法。

 目の前に突風を放つという単純な魔法だが、その威力は絶大。


 さらにリュークの魔力と魔法操作を持ってこれを放つと――。


 炎は真ん中に穴が空き、そして一瞬でかき消えた。

 それと同時に、何かがぶつかり合ったような大きな音が派手に響いた。


 風魔法が炎魔法を貫通し、イサベル陛下を襲ったのだ。

 その魔法から身を守るため、同じ風魔法で壁を作り防いだ。

 それが派手な音となって王の間に響き、そしてその余波で壁から出てきていた柱が全て吹き飛んだ。


「くはははっ! まさか余の魔法を撃ち破り、余に防御魔法を展開させるとは!」


 自分の魔法が破れたというのに、イサベル陛下はとても愉快そうに笑みを深めている。


「やはりリューク! お前は余の夫となる者だ!」

「だから、ならねえって言ってるだろ」


 リュークがそう答えてすぐ、ヴァリーはイサベル陛下に聞こえないように小さな声で問いかける。


「リューク、跳べないのか?」

「無理そう。普通の魔法は使えるけど、時空魔法は使えない」


 時空魔法の「次元跳躍ワープ」でこの場から離脱できれば一番いいのだが、それはできないようだ。

 この王宮に訪れる際も、本来ならこの王の間に跳んでこようとしたのだが、入れなかった。


 それと同じように、時空魔法ができないように何か魔法を仕掛けているのだろう。


「じゃあ正攻法で、外に出るか!」


 ヴァリーがそう言うと同時に、二人は王の間の出口に走る。


「まあ待て、もう少しゆっくりしていかないか」


 イサベル陛下は玉座に座りながら、また左手を前に出し魔法を行使する。


 すると王の間の出口の前に、大きな壁が隆起した。


「はっ、こんなんで止められるなんて思われちゃ困るな!」


 ヴァリーは走っていた勢いでその壁に向かって踏み切って跳んだ。


 壁の真ん中あたりまで跳ぶと、それに向かって刀を振る。


 しかし、それは壁に当たらなかった。

 それもそのはず、その壁も幻だったからだ。


「父ちゃん!」


 跳んでいたので止まることはできない。

 幻なので壁に当たることはないが、その壁を通り抜けるともう一つ魔法が展開されていた。


 次は炎の壁。

 地面から隆起した壁は炎を隠すための幻で、これがイサベル陛下が狙った足止めだ。


 魔法の威力は強力で、このまま突っ込めば皮膚が焼かれる程度では済まないだろう。


「舐めるなぁ!」


 しかしヴァリーは身体を空中で無理矢理ひねって回転し、刀をもう一度振るう。

 すると炎の壁が縦に裂かれ、霧散した。


 無傷でヴァリーは着地し、リュークもそれに追いつく。


「さすがに危ないと思ったよ」

「あんくらいじゃ俺はやられねえよ」


 そのままヴァリーは扉をまた刀で斬って吹き飛ばし、二人は王の間から出ていった。


「くくく、やはり一筋縄ではいかないか」


 すぐに見えなくなった二人の後ろ姿を眺めていたイサベル陛下は、ニヤリと笑いながらそう呟く。


「まあいい、どうせまたここに戻ってくる。ゆっくりと罠などを仕掛けながら、待っていよう」


 この王の間に二人が帰ってくることをなぜか確信しているイサベル陛下は、王宮の中、そして王の間に魔法を展開し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る