第148話 行かない


「悪いリューク、俺は世界樹には行かないわ」


 その言葉に、リュークだけじゃなくイサベル陛下も驚きを隠せなかった。


「なんでだよ、父ちゃん」

「ふむ、恐れたか? お前のような者がそう簡単に恐れるとは思えないが」


 イサベル陛下は先程のリュークとヴァリーの戦いを見ていたが、どう見てもヴァリーの方が強かった。

 戦いの結果もヴァリーの圧勝だったのだから当然だ。


 自分より強い可能性が高い者が、強者との戦いを前に怖気づくなど考えられなかった。


「一緒に戦わないの? 小さい頃にやったみたいに」


 リュークは父親のヴァリーと一緒に戦えることを密かに楽しみにしていた。


 魔の森で暮らしていた頃、リュークが子供のときに魔物を共闘して倒したことが何回かある。

 そのときのリュークはまだ魔の森に生息する魔物を一人では倒せず、ヴァリーと一緒じゃないといけなかった。


 しかしヴァリーと一緒でも、二人全力で戦えたわけではなかった。

 ヴァリーにとっては全力を出さなくても勝てる相手なので、リュークの補助をしながら戦うという感じだったのだ。


 だから、今回の神の使いとの戦い。

 リュークとヴァリーが初めて共闘して、全力で戦える相手かもしれないのに。


「ああ、俺は行かない。俺はな、リューク――」


 ヴァリーは苦笑いをしながら、言葉を続ける。


「――世界樹に行ったことがあるんだ」


 その言葉を聞いた二人は目を見開く。


「えっ、そうなの?』

「ああ、そうだ」

「いつ行ったの?」

「二十年前、この刀を貰った後に行ったんだ」


 ヴァリーがそう言うと、イサベル陛下は首に手を当てて思い出す。


「余が把握してないときだな。あのときか」


 ダリウスがヴァリーに刀を渡し、別れて国へ戻り自首したとき。

 イサベル陛下はダリウスが世界樹に行った大罪人ということで、精霊族の大陸の色んな国から来る対応に追われていた。


 その際、まさかこの騒ぎの中世界樹に行くような馬鹿がいるとは思わなかったので、そこへの千里眼の魔法は解いていた。

 だが、そのときにヴァリーは世界樹へと行ったのだった。


「つまり――お前も、戦ったのか。神の使いという者と」

「……ああ、戦ったな」


 その問いの答えを聞いて、イサベル陛下はニヤリと笑った。


「勝ったのだな」

「……ああ、そうだ」

「くくくっ、そうか……!」


 ヴァリーの身体のどこを見ても、欠損している気配はない。

 自らが幻覚で作っていたが、ヴァリーは魔法を発動していない。


 神の使いと戦い負けたら、身体のどこかを持っていかれる。

 欠損していないということは、勝ったということだ。


 自分が死力を尽くしてもなお傷一つ与えられなかった相手に、目の前の男は勝っている。


「お前が妻子持ちではなかったらな。どうだ、今からでも余に乗り換える気はないか?」

「斬るぞてめえ。俺はフローラ一筋だ」

「くくくっ、冗談だ、本気にするな」


 本気の殺気を一瞬だけ出したヴァリー。

 それを感じてこの男と結婚するのは不可能だと悟る。


「まあいい、余にはリュークがいるからな」

「だから結婚しねえぞ?」

「今は、な。まだこれからアプローチをしていくから、覚悟しておけ。百年も待ったんだ、諦めるわけないだろ」


 ニヤリと笑ってそう告げるイサベル陛下。


「それにあたり、まずはそうだな……お互いを知る必要があるとは思わないか?」

「まあ、そうかもな」


 結婚する以前に、二人はお互いのことを全く知らない。

 それで結婚しろというのも無理があるものだ。


「だから――お前を監禁しようと思う」

「……はぁ?」


 ――刹那、イサベル陛下の魔力が一気に解放された。


 リュークとヴァリーはすぐさま戦闘態勢に入る。


「おい、これはどういうことだ?」

「お互いを知るには、同じ時間を共有しないといけない。一番手っ取り早いのは、監禁して強制的に共にいることだ。違うか?」


 玉座に座りながらも、イサベル陛下の魔力はさらに膨らんでいく。


 魔法を操ることに関しては、四種族の中では精霊族が断トツで一番。

 その精霊族の中でも、右に出る者がほとんどいないほどの実力を持っているイサベル・ミラン・レンテリア。


「こんなんでリュークが本当にお前のことを好きになると思うのか?」

「ふむ、余がいつ、好きになれと言ったのだ?」

「なんだと?」

「余は結婚し、子が欲しいだけだ」

「あー、理解した。お前、ヤバい奴なのか」


 ヴァリーが苦笑い気味に顔を歪ませながら、目の前の女を睨む。


「ヤバい奴とは、失礼な言い草だ。子が欲しいなど、女性ならではの純粋な願いではないのか?」


 ヴァリーの言ってることがわからないというような言い方をするが、イサベル陛下の口角は上がっている。

 内心では、しっかりと理解しているのだろう。


「ここは余の王宮だ。逃げれるものなら、逃げるがいい。お前達がここから出ることができたら、今回はもう追わないことを約束しよう」


 そう言った瞬間、リュークとヴァリーの目には王の間の壁が揺らいで見えた。


「このような行動に至る者を、人族の書物では『ヤンデレ』というらしい。面白い響きで、余は好みだぞ」


 

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