第147話 即答


「だからリュークよ、余と結婚し、子を作らないか?」


 イサベル陛下は右腕が無いまま、下にいるリュークを見ながらそう言った――しかし。


「え、嫌だけど」


 即答した。

 世界一の鍛冶師の国として有名なユーコミス王国、その女王のイサベル・ミラン・レンテリアからの求婚を。

 何十、何百もの人がイサベル陛下へ求婚しているのにも関わらず。


 リュークは考えるまでもなく即答した。


 イサベル陛下はその答えに一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤッと笑う。


「くくくっ、即答か。面白い。余はそこまで魅力はないか? 確かにそこまで胸は大きいわけではないが、あのレンという女よりはあるつもりだぞ」

「なんで胸の話になったんだ?」

「むっ、お前は胸は興味ないか? それなら女のどこに魅力を感じるのだ?」

「おいやめろ、俺の前でリュークの好みとかを聞き出そうとしてんじゃねえ」


 気まずくなってヴァリーはその話を止める。


「そう言うな、義理の父上よ」

「誰が義理の父上だ! お前が娘になるなんて認めねえよ!」

「ふむ、話が通じない義父のようだ」

「リュークが認めたならいいが、断られてる奴が何言ってやがる」

「それもそうだな。リュークよ、余の何がいけないのだ?」


 イサベル陛下がリュークにそう問いかけると、リュークは顎に手を当てて考える。


「うーん、なんだろ。なんとなく?」

「理由もなくだと、余も改善できる余地がないのだがな」

「ぶっ……!」

「ん? 父ちゃん、なんで笑ってるの?」

「い、いや、つまりリュークは、『お前と結婚するのはありえない』って言いたいんだろ?」


 ヴァリーは玉座に座っているイサベル陛下はチラチラと見ながら、笑いを堪えきれないように肩を震わせている。


「そういうわけじゃないと思うけど……うーん、なんだろう」

「リューク自身にもわかってないのだな?」

「まあ、そうかもしれない。結婚するってことは、夫婦になるってことだよな?」

「ふむ、その通りだ」


 リュークはもう一度深く考えるようにしてから、頷く。


「俺が知ってる夫婦というと、父ちゃんと母ちゃん、それにクラウディアさんとマリアナ王妃だ」


 リュークの父と母、つまりヴァリーとフローラ。

 小さい頃から両親を見てきて、夫婦の仲というのをずっと感じてきた。


 そしてクラウディア=サザンカとマリアナ=サザンカ。

 リュークが人族の大陸で出会ったサザンカ王国の、国王と王妃である。


 妻が自分の記憶を失ってもなお愛し続け、妻のために全てを捨てようと覚悟したクラウディア国王。

 この二人に出会い、リュークは本物の愛というものを感じられた。


「俺とお前が結婚して、俺が知っている夫婦みたいになれるとは思えないから、無理かな」


 リュークは自分の両親、またクラウディアとマリアナのような夫婦というものに憧れに近いものを持っていた。

 なんとなくだが、イサベル陛下と結婚してもそのようなものにはなれないと予感していたのだ。


「なるほど。そうか……」


 イサベル陛下はしばらく考え込むが、ふっと笑う。


「どうやら余の生まれて初めてのプロポーズは断られたようだ。百年ほど余の夫となる者を探していたが、まさか断られるとは思っていなかったな」

「どんだけ自分に自信持ってんだよ」


 ヴァリーが呆れるようにそうツッコミをした。


 確かにイサベル陛下はとても美しい。

 王位に即位する前から色んな男から求婚をされていて、なった後は色んな国の王族からもされてきた。

 それを全て断ってきたイサベル陛下が、まさか自分の求婚が断られるなんて思わなかったのも無理はないのかもしれない。


「そんなことより、俺たちが世界樹に行っても見逃してくれるって本当か?」

「余の長年の願いをそんなことと切り捨てるか。くくく、まあいい。ああ、真だ」


 いつも通りのニヤケ顔をしながらイサベル陛下はそう答える。


「それは嬉しいな。もしバレたらどうしようと思っていたところだ」

「余以外に見つかったらその限りではないが、まあお前らならそんな下手なことはやらかさないだろう」


 実際、イサベル陛下はダリウスが世界樹に行ったことを報告される前に知っていた。

 千里眼の魔法で行くのを見ていたからだ。

 ダリウスが行ったのを見ていたが、自分も昔行ったことがあるので特に何も問題として起こさなかった。


 しかし、他の奴らに見つかって報告されたなら話は別だ。

 ユーコミス王国の女王として、罰を与えないといけなかった。


「しかし、あそこには余でも勝てない強者がいるぞ。心して行くといい」

「ああ、忠告ありがとな。逆に楽しみになってきた」

「くくく、それでこそ余の夫となる人物だ」

「だからならねえって」


 そんな話を二人がしていると、リュークが父親のヴァリーの表情が晴れないことに気づいた。


 ヴァリーも自分より強い者がいるかもしれないということを知って、やる気に満ちているだろうとリュークは思っていたが。

 その表情を見る限り、そうは思っていないようだ。


「父ちゃん、どうしたの?」

「ん? ああ、そうだな……」


 ヴァリーは困ったような苦笑いをしながら。


「悪いリューク、俺は世界樹には行かないわ」

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