第146話 神の使い


「――余と結婚しないか?」


「……はぁ?」


 イサベル陛下のその言葉に、リュークは拍子抜けた声が出た。


「どういうことだ?」

「言葉通りの意味だが? 結婚というものを知らぬのか?」

「いや、それはさすがに知っているが」


 子供の頃、母親のフローラにヴァリーとの出会いを言い聞かされたことがあった。


 確か……。


「戦って、勝った方が負けた方へ強引にキスして結婚するんだろ?」

「なんだそれは」


 王の間での会話の中で一番謎な言葉が突如飛び出し、イサベル陛下は思わずツッコんでしまった。


「ん? んっ? んんっ!? ちょっと待てリューク! その話は誰から聞いた!?」


 ヴァリーは今さっきまでイサベル陛下が世界樹に行ったということで驚愕して呆然とし、さらにイサベル陛下がいきなり息子のリュークと結婚をしたいと言ったのも驚いたが……それ以上に聞き捨てならないことをリュークが言った。


「母ちゃんからだけど」

「ぬぉぉぉ!! フローラ! なに一番恥ずかしいことを喋ってるんだぁ!!」


 ここにはいない者に向かって、ヴァリーはそう叫ぶ。


「えっ? 違うのか?」

「ふむ、リュークの両親はそのように結婚したようだが、少しばかり違うな」


 ヴァリーの反応を見て察したイサベル陛下が、少しニヤつきながらそう言った。


「おい! ニヤニヤしてんじゃねえぞストーカー野郎!」

「ストーカーとは、人聞きが悪い。余のどこがストーカーなのだ? あと余の性別は女だよ」

「俺たちのことをいちいち覗いてるんだから、間違っちゃいねえだろ」

「ふむ、そのように言うと確かにストーカーな気もする。しかし、被害はないだろ?」

「ありまくりだろ。主に俺の心に」

「心の傷は立証されにくいのだよ」

「お前が言っちゃいけねえだろ、国に王様がよ」

「なあ、ストーカーってなんだ?」

「おお、そうであった、余の提案は受けてくれるか?」


 リュークの疑問の言葉には応えず、イサベル陛下は話を戻す。


「結婚しないか、だっけ。なんでいきなりそんなことを?」

「余にとってはいきなりではないのだがな。もう百年以上前から考えていた」


 遠くの過去を思い出すように、リューク達から目線を外し虚空を見る。


「余の国、ユーコミス王国は今では世界中に知れ渡っている大きな国となった。しかし、余が即位した時は国と呼べるのかわからない程度の粗末なものだった。それを私がここまで仕上げたのだよ」

「へー、そりゃすごいな」


 リュークもヴァリーも生まれる前からずっと国王として務めて、世界一の鍛冶師の国として知れ渡っているユーコミス王国を作り上げたイサベル陛下。


「即位して二百年ほどで満足まではいかないが十分な出来だと言えるぐらいの国になった時、余は思ったのだ。余には後継者がいない、と」

「後継者?」


 その問いに答えるようにリュークの方を向き、ニヤリと笑ってみせる。


「次期国王となる者だよ。余には夫もいなければ子もいない。余の後を継ぐ、この国をさらに発展させられるほどの者が余にはいないのだ」


「だから――世界樹に向かったのだ」


 その言葉に、ヴァリーが眉を顰めて反応する。


「どういうことだ? 世界樹に自分の息子でも産んでもらいたかったのか?」

「くくくっ、冗談ではなく最初は本気でそう思ったものだ。世界樹ではなく――神にだがな」

「……確かこの大陸には、『神鳥シンチョウ』という神がいるらしいな」


 リュークはセレスに教えてもらったことを思い出す。


「そうだ、実際その神が本当にいるのかどうかなんて誰も知らんのだ」


 その言葉は、ここに精霊族の者がいたら目が飛び出るほどの驚いていただろう。


 精霊族の者だったら、神の存在を疑うことすら冒涜なのだ。

 それが神が住まうとされている世界樹に一番近くの国の王様が、存在を疑っているなんてありえないことだった。


「おそらく、ダリウスという鍛冶師も神の存在を疑っていただろうな」

「……さあ、どうだろうな」


 ダリウスから直接聞いたことはないのでわからないが、ヴァリーもダリウスが神を信じていなかったのではないかと考える。


 だが、ダリウスも、そしてイサベル陛下も。


 神の存在を疑いながら世界樹に行き、身体の一部を失って帰ってきたのだ。


「世界樹に行き、余が見たのは……神ではなかった」


 既にない右腕を、左手で抑えるようにしている。

 まるで、その時の痛みが思い出されたかのように。


「そこへ行き、余が見たのは……神の使いだった」

「神の、使い?」

「神に使える者だ、とそいつは言っていたが、真かどうかは知らん。神なのかもしれんし、実際に違うのかもしれん。そしてそいつは言った、『望みは何か』と。余は『後継者が欲しい』と言った。そして、戦った」

「戦った? その神の使いとか?」

「ああ、そうだ。戦って勝つか、身体の一部を置いていくこと。それが望みを叶える条件だった」

「つまり……負けたのか、お前が」


 ヴァリーが問いかけるように、確認するようにそう言った。

 リュークとヴァリーに悟られることなく、覗くことができるほどの実力を持ったイサベル陛下が。


「ああ、健闘した……と思いたいが、余は傷すら負わせることができなかったよ。そして余は、後継者が見つかるまで不老不死にして欲しいと、望みを変えた」

「なんで変えたんだ?」

「気に入らなかったからだな。後継者をその場で渡されてもそれは自分自身で勝ち取って得たものではない。余は負けず嫌いでな、負けて望みを叶えてもらうというのが嫌だったのだよ」


 今まで真面目に語っていたイサベル陛下はニヤリと笑ってそう言った。


「だから後継者は自分で見つけると決めたのだ。そして片腕を失い、それから百年程。後継者となる人物を見つけるのではなく産みたいと考えた。一から世の全てを教えるために、子供が欲しいと思ったのだ」


 百年間、イサベル陛下は自分の夫となる人物を探した。

 しかし自分に見合うような者はついぞ現れなかった。


 ――今日までは。


「だからリュークよ、余と結婚し、子を作らないか?」

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