第145話 失った理由


「なんで右腕がないのに、そんな体勢をしているんだ?」


 その言葉を聞いて、さっきまでイサベル陛下のことを見て会話をしていたヴァリーが驚く。


「リューク、どういうことだ?」

「最初からちょっと違和感があったんだ。その正体が今わかった。お前、右腕ないだろ?」


 いまだに右腕を支えにして肘をついているイサベル陛下。


 階段の下にいるリュークを睨み――。


「――くはははっ!」


 笑った。


 酷く可笑しそうに、声を上げて笑った。


 この場に役人達がいたら大層驚いたことだろう。

 役人の中には長い者だと五十年以上仕えている者もいるが、今までイサベル陛下が声を上げてまで笑ったのを見たことはない。


 悪いことを思いついたかのように口角を上げて笑うことはあったが、それでも声を上げては笑ったことは一度もなかった。


 それが今、リュークに百年以上も隠していることを指摘され笑ったのだ。

 歳は三〇〇を超えているが、見た目は人間の二〇前半ほどの若さを保ったまま生きていたイサベル陛下は、とても綺麗な笑顔になっていた。


「くくく……! 驚いたよ、リューク。まさか見破られるなんてな」


 笑顔のままリュークのことを褒める。

 そして、肘をついていたのを外す。


「ヴァリーは見えていないようだが、せっかくだ。見せてやろう」


 左手の指を鳴らすと、一瞬で右腕が消えた。

 無くなったのを示すように、イサベル陛下が着ていた服は右腕がダランと下がっている。


「ふむ、久しぶりに幻覚を解いた。なかなかこれは魔力を使うから疲れるのだ」


 左手を首に持ってきて、首を左右に揺らして骨を鳴らす。

 その様は商人が重い荷物を運んだ後にやる動作のようだ。


「しかし、よく見破ったものだ。これは私と魔力が同等かそれ以上の者しか見破れないのだ」

「逆にその条件で今まで見破られたことないほうが凄いぞ」

「余を誰だと思っている。王だぞ?」


 イサベル陛下は右腕が無くなって百年ほど。

 一度もこの幻覚魔法を解いたことなかった。

 それは指摘されたこともなければ、感づかれたことも一度もなかったためだ。


 精霊族の魔力量は、他の種族に比べてとても多い。

 人族と比べたら魔力量は二倍は違うのだ。


 その中でもトップを誇るイサベル陛下の魔力量は、幻覚魔法で常に魔力を消費しても、誰にも魔法を見破れない。

 つまり、常に魔力を使っていたとしても、魔力量は誰とも並んだこともなかったのだ。


 しかし今、それが破られた。

 魔力量の差は二倍あるとされている、人族の者に。


「くくく、愉快だ。ああ、これほど愉快なことは百年ぶりだよ、リューク」

「それは良かったな」


 特に面白くもないリュークはそっけなく返答する。

 その返答ですら、イサベル陛下は面白く可笑しく思えてしょうがない。


「しかし、なぜお前ほどの強者の腕が無くなっているんだ?」


 腕が無くなるほどの致命傷。

 今まで誰にも幻覚魔法を見破れなかったほどの強者が、なぜそんな致命傷を負うことになったのか。


 それが気になってヴァリーが問いかけた。


「くくく、わからぬか? ヴァリー、お前ならわかるはずだよ」

「あ? どういうことだよ」


 余裕の笑みを持って答えるイサベル陛下。

 ヴァリーは自分ならわかると言われているが、何も思い当たらない。

 その全てを見通したような笑みに少しイラつく。


 しかし、次のイサベル陛下の言葉でそのイラつきは吹っ飛ぶ。



「お前の友で、私と同じように四肢のどこかを失った者がいただろう?」

「――っ!?」



 四肢のどこかの欠損。

 それは、腕じゃなくてもいいなら。


 片足を失った友なら、ヴァリーには心当たりがあった。


 自分の刀を造るために、命を賭けた友。

 その過程で、右足を失っていた。


 鍛冶師、ダリウス。

 世界一の鍛冶師で、ヴァリーの助けられなかった友だ。


「なぜ、それを知っている!?」

「余は王だぞ。誰があの者の死刑を決定したと思うのだ」


 そうだ、そうだった、知っているのは当然だ。

 冷静じゃなくなって、わかりきったことを聞いてしまった。


 少し冷静になり、ヴァリーは問いかける。


「お前は、右足を失った理由が、ダリウスと同じ理由だと言いたいのか……?」


 ダリウスが右足を失った理由。

 それは、世界樹に素材を取りに行ったから。


「その通りだ」

「――っ!」


 それを肯定したということは、イサベル陛下も世界樹に素材を……いや、何かしらの理由で行ったということだ。


「ふむ、それは一度置いておこう。先ほどからそちらの質問ばかりで、余にも聞きたいこと、いや、提案したいことがあるのだ」


 イサベル陛下は少し呆然としているヴァリーから目線を外し、リュークを見やる。


「ん? 俺にか?」

「ああ、リューク。お前――」


 ニヤリと口角を上げながら、イサベル陛下は言った。


「――余と結婚しないか?」

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