第144話 右手?


 王の間に入り、玉座の前に着く前にリュークとヴァリーは相手を油断なく観察する。


 まず最初に驚いたのは、ユーコミス王国の王は――女性だということだ。

 頭に響いてきた声を聞いて察してはいたが、やはり少し驚いてしまう。


 髪は黄金を思わせるような神々しい光を放っているかと思わせるほどの、綺麗な長髪。

 玉座に座り、髪は床に少し付くほど長い。

 瞳も同じく、金色の目である。

 その眼は鋭く、リュークとヴァリーを品定めしているかのように睨んでいる。

 顔立ちは恐ろしいほど整っており、芸術の域に達している。


 足を組み、玉座に肘をついて顎を右手に乗せて頭を支えている。


 リュークとヴァリーが玉座に続く階段の前で止まる。

 そして、目線を合わせる。


 王は座っていると言っても、二人がいるところより少し高い位置に玉座があるので、必然的にリュークとヴァリーが見上げ、王が見下ろす形になる。


「よく来てくれた。名を聞いてなかったな。ふむ、名乗るが良い」


 いまだに玉座に座ったまま厳かな態度を取り続ける。


「リュークだ」

「俺はヴァリー、お前の名前は?」


 下から見上げている二人だが、跪きはしない。

 特に敬意を表す相手ではないと考えているからだ。


「余の名は、イサベル・ミラン・レンテリア。イサベルと呼ぶことを許そう」


 この国に住んでいる者は、陛下のことを名で呼ぶ者は誰もいない。

 恐れ多く、呼べる者は誰もいないのだ。


「そりゃどうも、イサベル」

「で、なんでイサベルさんは俺と父ちゃんを呼んだんだ?」


 しかし、二人は何も思わないのか、普通に呼ぶ。

 ヴァリーはしかも呼び捨てである。


 ここに他の者がいれば、不敬だとして罪に問われたかもしれない。

 いなくても、イサベル陛下がそう感じたら罪になっただろう。

 しかし、呼ぶことを許した陛下がそう感じるわけもなく、話は普通に進んでいく。


「もちろん、お前らの戦いを見て興奮したからだよ。見事だった、褒めて遣わす」

「いや、褒めて遣わされてどうでもいいんだが」

「くくく、まあそう言うでない。あの戦いを見て、お前らが世界樹に行くことを見逃してやろうとしているのだ」


 笑いながら言ったイサベル陛下の言葉で、二人には緊張が走る。


「なぜ、お前が知っている?」

「逆になぜ知らないと思っているのだ?」

「……見てたのか、さっきみたいに」


 リュークとヴァリーの戦いを見ていたように、世界樹に行こうとしているのも見ていた。

 そう考えると辻褄があう。


「まず、どうやってこっちを見ていた?」

「もちろん魔法さ。お前が殺した、オットー・ベックマンと同じな」


 それを知っているということは、殺す時も見れられていたということ。

 ヴァリーはその時のことを思い出しても、見られていたという感覚はなかった。


「ユニーク魔法、遠くの風景を見ることが出来るという、単純な魔法だ。あいつが使った時にリューク、お前は気づいたのだろう?」

「……ああ、世界樹に行く直前、違和感に気づいた」


 オットーの魔法はリュークはすぐに違和感を覚え、世界樹に行くことをやめた。


「しかし、私が見ていたのは気づかなかったみたいだな」

「っ! あの時も、お前は見てたのか?」


 リュークが感じたのは、一つの視線だけだった。

 つまり、イサベル陛下の視線があったことに気づかなかったのだ。


「ベックマンは極めてなかった。この魔法を極めると、どれだけの強者であろうと気づかない。まあ、ただ見るだけで危害を加えられるわけではない。それに気づかれないよう見るのは、普通に見るよりかは遥かに狭い範囲になってしまう」


 気づかれないようにするには普通の範囲より、『狭い範囲』しか見れなくなる。

 これが嘘でなかったら――。


 ――狭い範囲なのに、この玉座からドラセナ山の頂上まで見れるということだ。

 ここから何キロ離れているかもわかないほど遠いところまでが、『狭い範囲』なのだ、イサベル陛下にとっては。


 それだけの距離を誰にも気づかれないで見れるなど、脅威でしかない。


「しかし、お前らは親子か?」

「ああ、そうだ」

「ヴァリーには妻がいる、ということだな?」

「お前より強い、愛する妻がな」


 その言葉に、イサベル陛下が目を見開く。

 今まで二人が驚くことはあったが、イサベル陛下が驚くことはなかった。


「ほう、余より強いと出たか。それは真か? それとも虚言か?」

「真に決まってるだろ。お前よりフローラの方が強い」

「人族か?」

「ああ」


 そう問いかけてからイサベル陛下は何か考え事をするように黙る。


 ヴァリーはどちらが強いかなどは、実際はわからない。

 だが、今イサベル陛下を目の前にして、自分の妻フローラが負ける姿は想像できなかった。


「ふむ、妻というのだから女だろうな」

「当たり前だろ、何言ってんだ」

「なあ、ちょっといいか」


 今まで少し黙っていたリュークが話しかける。


「なんだ? 発言することを許そう」

「許されなくても喋るけど……」


 リュークは下から不思議そうに、右手に顎を乗せて座っているイサベル陛下を見ていた。



「なんで右腕がないのに、そんな体勢をしているんだ?」

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