第141話 ヴァリーの本気
リュークは目を覚ました。
レンの家のリビング、そこで異空間から出した自分のベッドで寝ていたが、起き上がる。
上体を起こした時に布団がめくり上がり、隣に裸のレンがまだ眠っていた。
レンの家に来てから三日程、毎朝に見る光景に慣れてきたリューク。
昨日起きた時はセレスが寝ているフリをしながら裸で寝ていたが、リュークにはなぜ二人が自分のベッドに来て、しかも裸で寝ているのかがわからなかった。
とりあえず、今回も起こさないようにベッドから降りて、布団を掛け直してあげる。
いつも通り、軽い身支度をして外に出る。
リュークはこの国に来て毎朝欠かさず鍛錬をしていた。
人族の大陸で、魔の森に住んでいた頃からの習慣だ。
魔の森を出てからも一人でずっとしてきた朝の鍛錬。
しかし、今回はいつもとは違う。
いや、魔の森に住んでいた頃はこれがいつも通りだった。
リュークは家を出て裏に回る。
レンの家の裏には少し広い庭のようなところがある。
一人で鍛錬をするには十分な広さで、この国に来てからはそこでずっとしている。
結構朝早いので、リュークが鍛錬をする間誰もこないのだが、今日は先客がいた。
「ん、ようリューク、おはよう」
「おはよう、父ちゃん」
そこで木刀を振って待っていたのは、ヴァリーだった。
魔の森では毎朝一緒にしていた朝の鍛錬。
リュークが旅に出てからもお互いにずっと朝の鍛錬はしていた。
だが、この二ヶ月ほどはもちろん、二人でやってこれなかった。
「父ちゃん、結構早くきたんだ」
「ああ、ちょっと楽しみすぎてな。寝ずに来ちまった」
ヴァリーは昨日の夜、グラウスと酒を酌み交わしていた。
遅くまで酒をたくさん飲んで、いつものヴァリーならぐっすり寝るのだが、この朝の鍛錬が楽しみすぎて寝れなかったのだ。
眠れないので、結構前からここに来て身体を動かしていた。
「大丈夫?」
「ああ、余裕だ。絶好調に近いぞ。リュークも早く戦えるように準備しろ、俺はいつでも大丈夫だ」
木刀の切っ先が、リュークの目と鼻の先で止まった。
「この二ヶ月でどこまで成長したか、見てやるぞリューク」
その言葉を言って、そして聞いて、二人一緒に笑った。
自分の息子がどれほど強くなったか。
自分の父親にどれほど力が通じるようになったか。
「魔法を使っていいぞリューク」
「いいの?」
魔の森で鍛錬をしていた頃、二人の勝率はヴァリーの方が少し上程度。
しかしそれはリュークが魔法で肉体強化をしない時で、それを使ったらリュークの方が有利になる。
「ああ、リューク。お前に俺の本気を見せてやろう」
そして数分後、リュークの戦う準備ができた。
お互いに向き合う。
数メートル、二人の間にはあるが踏み込み一歩で届く範囲だ。
「じゃあ父ちゃん、いくよ」
「ああ」
二人が短くやり取りをして、リュークが無詠唱で魔法を行使する。
肉体強化魔法。
人族の大陸にいた頃、これを使っていた者がいた。
A級冒険者で三人姉妹の一人、エイミー。
これはユニーク魔法で限られた者しか使えないが、リュークも使えるのだ。
「来い、リューク」
その言葉を合図に――世界最高峰の剣士同士の戦いが始まった。
魔の森の頃は、いつも数分で勝負がついた。
ギリギリの戦い、どちらが先に相手を上回ることができるか。
肉体強化なしでもギリギリなのに、それがありだったらその均衡が破れる。
だからリュークが力押しができるので、勝てる確率はいつもより上がる。
しかし――今回、先に膝をついたのはリュークだった。
「くっ……!」
リュークが膝をついたまま見上げると、ヴァリーが側で木刀を構えて待っていた。
力も速さも数段上がったリュークの膝を正確に崩した。
膝裏という狙いにくい場所を斬れるなら、普通ならもっと致命傷になりやすい場所を狙えたはずだ。
しかし、ヴァリーはまだ決着をつけさせない。
「どうしたリューク。本気でかかって来い」
「最初から本気だよ」
「違うだろ。言ったよな、魔法を使っていいって」
「だから使ってるって……」
「お前は肉体強化しかできないのか?」
「っ! まさか……」
ヴァリーはもう一度木刀の切っ先をリュークの目の前で止める。
「全ての魔法を使ってかかって来い。その上で潰してやるぞ、リューク」
今までリュークはヴァリーと戦う時、魔法は肉体強化しか使ってこなかった。
それでもなお、ヴァリーと互角に戦っていたのだ。
しかし、今は肉体強化をしても届かない。
「……本当に、やるよ」
「あ、だけど周りに被害がいかないようにな」
ここは街中、それを少し冷静になって考えヴァリーは付け加えた。
派手な魔法は使えない。
「わかってる。だけど、それでも十分だ」
リュークは木刀に魔法を込める。
炎、風、雷。攻撃魔法を木刀に流し、受け止めただけでも普通の人間なら塵になるような魔法を重ねる。
そして『次元跳躍ワープ』。
肉体強化で迫っていた時も途轍もなく速かったのに、この魔法は速いどころではない。
魔法を使った瞬間に、もうそこに到達しているのだ。
一瞬でヴァリーの後ろに飛んだリュークは、背後を取ると同時に魔法を込めた木刀を振り下ろす。
しかし――リュークの木刀は、ヴァリーには届かなかった。
ヴァリーは後ろを向いたまま攻撃を捌いた。
触れた瞬間に人を軽く吹っ飛ばす魔法が、ヴァリーの横に流れて地面を大きく削る。
「――っ!」
「ああ、それでいいリューク。これでお互いに本気でやれるぞ」
リュークはまたすぐさま『次元跳躍ワープ』をして距離を取る。
距離を取ったリュークの頬には、切り傷が出来ていた。
防がれて驚愕して一瞬止まった隙を突かれ、ヴァリーの木刀が届いたのだ。
「もっと使えリューク。お前の魔法はまだまだこんなもんじゃないだろ」
その後、リュークは魔法を木刀に込めるだけじゃなく、普通に飛ばして攻撃をしたり、それを囮に距離を詰めて何度も攻撃をした。
しかし、全て流され、躱された。
(これが最強の剣士――『剣神』か!)
リュークは戦いの最中、自らの攻撃が何も通じない相手に挑みながら笑った。
ヴァリーが持っている木刀――『神刀シントウ』。
それは、世界一の鍛冶師、ダリウスが打った最期の刀。
ヴァリーが『剣神』と呼ばれるようになったのは、その刀を持った後だ。
この刀を持ったヴァリーこそ、『剣神』である。
今日の朝の鍛錬は、ヴァリーが圧勝した。
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