第139話 殺すべき者
リュークは、時空魔法をを解除した。
そして、オットーの執務室へと二人を迎えに行く。
『空間断裂ラプチャー』で現実世界と執務室を切り離したが、それを解除しないとリューク自身もその中に入ることができないのだ。
執務室へ行くと、ヴァリーとグラウスが待っていた。
そして二人の足元には、オットーが転がっていた。既に、息の根は止まっている。
「父ちゃん、オジサン、行こうか」
オットーの死体を目にしてもリュークは何も言わずに、そう声をかける。
もう魔法を解除しているので、いつこの家に住む人がここに来るかわからない。
「ああ、そうだな」
「そうじゃな、頼んじゃぞ」
二人はリュークの腕を掴む。
次の瞬間、三人はこの部屋から消えた。
数時間後、夕食時にオットーを呼びに来た執事が主人が死んでいることにようやく気づく。
この出来事はすぐに中心街、平民街、そして王の元にも伝わる。
どう見ても殺されている死体は、いつ殺され、誰に殺されたのかは全くわからない。
この事件は貴族が殺されたとあって捜査に力が入っていたが、迷宮入りとなってしまった。
リューク達はグラウスの店に戻ってきた。
何回か『次元跳躍ワープ』をすれば、中心街からここまで戻ってこれるので、オットーの家からここまで数秒しかかかってない。
「便利な魔法じゃな」
「だな、剣士から見ると本当にズルい魔法だ」
グラウスはすぐに店の中に引っ込んでいった。
店の中ですぐにしたことは、片手斧の手入れである。
一人殺した程度でグラウスの武器は全くと言っていいほど損傷はなく、手入れなど必要ないのだが、殺した相手の血をこの最高の武器に残しておきたくないという気持ちが強かったのだ。
いつもなら魔物を殺しても損傷がない武器を売りとして手入れなどワザとしないくらいだが、今回はその血がグラウスにとって少しでも武器に残っているのが嫌だった。
グラウスが中に引っ込んでから、リュークが父親に話しかける。
「殺したんだね」
「ああ、殺した。あまり驚いてないようだな」
「わかってたからね。二人とも、自分に任せろって言った時に殺気がダダ漏れだったから」
レンとセレスもおそらくわかっているだろう。
ヴァリーとグラウスが二人で行くとなった時に、オットーを殺すつもりで行ったことを。
「なんで殺したか、聞いてもいい?」
「俺の親友の仇だった、と言えば聞こえはいいが、ただの我儘だ。俺が殺したかったから殺した、それだけだ」
「……そうなんだ」
「それにあいつが生きてたら多分、レンちゃんやリュークの邪魔をする可能性が高かったからな。ああいう奴はこっちの要求を一度飲むフリをするが、裏をかこうとしてくる」
事実、オットーが生きていたらリューク達の世界樹に行き刀を造るという目的が邪魔されていた。
「この世の中、綺麗事だけじゃ生きていけない。生かしておくより殺したほうがいい奴はいるんだ。それはわかってくれよ、リューク」
ヴァリーは結構若いうちに結婚し、森の中で暮らして世の中から離れていたが、それでもいろんな経験をしてきた。
危険な魔物を殺すのはもちろん、犯罪者なども殺してきた。
弱肉強食の世の中、ヴァリーぐらいの強者しか殺せない犯罪者も大勢いた。
そいつらは更生ができるなど到底できないような悪党ばかり。そういう奴らは殺すしかない。
オットーも多少なりヴァリーやグラウスの私怨が入っていたが、殺すべき存在だったとヴァリーは考える。
「うん、わかってる。前に、盗賊を捕まえた時にも同じようなことを言われた」
「そうなのか」
リュークは思い出す。
生まれ育った森から離れ、アンとアナに出会い、すぐ近くの街に着いて冒険者になり初めての依頼。
盗賊狩りという依頼である盗賊団を捕まえた。
そして引き渡しの時に盗賊団のボス、アルンに言われた言葉。
『殺す奴と殺さない奴を見分けたほうがいい』
『殺さなかった奴があんたの寝首をかきにいくよ』
おそらく、過去にアルンの身に何かあったのだろうとリュークは推測した。
その言葉はとても重く、リュークの記憶に深く残っていた。
「まだ俺にはわからないけど、殺すべき人を見分ける必要があるってのはわかった」
「そうか。それならいい。後悔はしないようにな」
ヴァリーは自分の息子の成長を、心の中で喜んだ。
リュークの力は自分が一番知っている。なんて言ったって自分が育ててきたのだから。
剣技は自分に匹敵するほど、魔法も合わせるともう自分を超えているかもしれない。
だだ、心や考え方は育てようとしても限度がある。
フローラと一緒に育ててきたが、そこは色んな人と出会い、話し、行動しないと育たない。
自分も色んな経験をしてきて、失敗を繰り返し、成長してきた。
その中で結婚相手にも出会い、子供にも恵まれた。
幸せ者だと、自分でも思う。
出来れば、息子のリュークにも、愛する者ができればと――成長する息子を見て微笑みながら、そう願った。
「そうだ、レンとセレスが夕食を作って待ってるんだ。父ちゃんと、あとオジサンの分も作ってあるって」
「そうなのか、二人の料理は美味しいから楽しみだな」
そしてその後、武器の手入れが終わって戻ってきたグラウスと共に、レンとセレスが待つ家へと向かった。
「久しぶりにレンちゃんの料理を食べるのう。楽しみじゃ」
そう顔のシワを寄せて笑うグラウスの姿は、孫の手料理を食べるのが本当に楽しみなお爺さん、と言えるものだった。
数分前まで殺気を放ち人を殺したとは思えないほど、幸せそうで温厚なお爺さんがそこにはいた。
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