第138話 死にたくない
「オットー、お前はここで死ね」
グラウスがそう告げる。
一度は弟子にしたオットーを、殺意を持った目で睨んで。
「なっ……! いきなり、何を……!?」
「いきなり? 最初から俺達はそのつもりだったぜ」
オットーの言葉を遮ってグラウスは続ける。
「リューク君の要望は『もうこれ以上関わるな』、俺とヴァリーからは『ここで死ね』だ」
先程、オットーはヴァリーの刀を喉元に突きつけられた。
その時にも確かに殺気はあった。
あと少しでも刀を動かせば殺せていたので、当然殺気は出ていた。
しかし、今は刀を突きつけられていないにも関わらず、殺気がその時以上に溢れ出している。
オットーはこれほどの濃密な殺気を受けるのは初めてなので、冷や汗が止まらず足も震える。
「ここに俺達だけで来た理由はそれだ。リュークはまだ人を殺したことがない。いつかやむなく殺すことがあるかもしれないが、ここじゃない」
本来ならリューク、それにセレスもレンもここに来るはずだった。
世界樹に行くことを邪魔してきた相手、そしてダリウスを死んだ原因の相手である。
特にレンはここに来たがっていた。師匠の仇、オットーに会いたがっていた。
しかし、グラウスがレンを止めて置いてきた。
ダリウスの仇を討ちたいというのはわかるが、レンには復讐で人を殺して欲しくないという勝手な思いだ。
それに、たった一人の親友の孫娘。自分もレンをその様に想うことがある。そんな子に人を殺させたくないというのもある。
「レンちゃんも、リューク君と出会ってこれから楽しい時間が始まるかもしれないんだ。これまで苦しい時間が長く続いたんだ。それなのに、またお前ごときに邪魔されるのは我慢ならん」
ダリウスは背中に背負っていた、片手斧を右手に持つ。
自分用に作った、特注品の片手斧。
「俺が今まで造った中では最高峰なんだが、ダリウスのその刀には遠く及ばない。やはり、人のために命を懸けて造るという覚悟が足りないんだな」
「あまり片手斧を見たことはないが、それでも良い出来だと思うぜ。まあお前の言う通り、この刀ほどじゃないが」
「はっ、言ってくれるじゃねえか」
オットーの目の前で世間話をするように、いや、本当に世間話をしている二人。
しかし、その目はオットーを鋭い目で睨んでいて今にも斬りかかってきそうだ。
「ま、待ってくれ! 金ならいくらでもある! なんだって望みを聞く!」
「はっ、ここにきて金を要求するわけないだろ」
「望み? さっきから言っているだろ、ここで死ねと」
「た、助けてくれ! なんだってする! まだ、死にたく――!」
オットーがそこまで言うと、グラウスが片手斧を振り下ろす。
貴族らしい綺麗な部屋に、全く似つかわしくない鮮血が舞う。
「ぐっ、ああああぁぁぁぁ!!」
オットーが右肩を抑えて地べたを転がる。
右肩から先は無くなっていて、その先の物体はは綺麗な絨毯に落ちていた。
「死にたくない――よくお前がその言葉を言えたものだな、オットー!」
憤怒の相を浮かべ、痛みを堪えて転がっているオットーを見下ろすグラウス。
「その言葉を言いたかった男を、俺は知っている! 最高の刀を作って死ぬ? もう後悔はない? ふざけるな! あいつが、そんなことで満足して死ねるわけないだろ!」
今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように、怒りの言葉が止まらない。
「俺やレンちゃんを心配させないように、もう悔いはない。そう言って死んでいった! 鍛冶師にとって最高の作品を造るのは生涯の目標だ。そしてあいつは最高の作品を造った、もうこれ以上はないと言えるほどの。だが、それ以上を造ると意気込むことができるやつが本物の鍛冶師だ!」
確かに世界最高の素材で、今までにない世界最高の刀を造った。
それはグラウスも今日、初めてヴァリーが持っていた刀を見て認めた。自分が造ってきた中でこれに優っているものはないと。
「あいつはそれが出来る鍛冶師だった。だから最高の作品を造っても、それ以上の作品を造ろうと思っていたに違いない! 今まで最高の作品を造れなかったあいつが、初めてそれを造ったんだ!」
自分が認めた相手じゃないと特注品を造らない。
そう心に決めていたダリウスは、今まで最高の作品を造れなかった。
それがようやく、ヴァリーと出会うことによって造れたんだ。ダリウス自身が認める刀を。
「あいつの鍛冶師の本気の仕事は、あそこから始まるはずだったんだ! それを、お前が台無しにしたんだ!!」
今なお右肩を抑えて転がっているオットーを見下ろし、我慢出来ずに腹を蹴っ飛ばす。
「がはっ――!」
オットーの身体は吹っ飛び、壁に激突し落ちる。
今度は腹を抑えているが、もう転がるほどの気力もない。
「そう、だったのか……!」
今のグラウスの話を聞いて、ヴァリーは涙を流していた。
昔、まだリュークが小さい頃に話したことがある。
『――あいつは、負けたんだ。鍛冶師という仕事に』
そんなことを言ってしまった、思ってしまった。
あいつの親友だと自分では思っていたはずなのに、あいつの心情を全く理解できていなかった。
「俺は、なんてことを……!」
勝手にダリウスのことをわかったつもりでいた。
その勝手が、ダリウスの人生を何より侮辱していたと今知った。
「ヴァリー、いいんだ。そう思っても仕方ない。多分、レンちゃんもそう思っていたに違いない。俺だけがわかる、あいつとずっと競い合ってきた俺だからわかるんだ」
「だが、俺はダリウスのことを……!」
「ああ、知っておいてくれ。あいつは負けてなんてない。むしろずっと勝負していた、鍛冶師という仕事に。グラウス以上の鍛冶師を、俺は知らない」
自分なんてまだまだ、あいつに追いついていない。
一生追いつかないのかもしれない。だが、諦めるなんてあいつのライバルである自分がしてはいけない。
――なあ、そうだろ? ダリウス。
「い、いやだ……! まだ、私は……!」
二人が話している最中、オットーは地面を這いつくばって扉の方へ向かっていた。
逃げようと、足掻いていた。
しかし、ここはリュークの異空間の中。
たとえ扉まで辿り着き、開いてもそこには真っ暗闇な空間が広がっている。逃げることはできない。
それに――。
「逃すわけねえだろ、ゴミ」
この二人から逃げられるわけもなく。
ヴァリーがオットーの目の前に来て、ゴミを見る目で見下ろす。
「オットー、お前がダリウスを殺して刀を手に入れようとしたのは、単なる我儘だ。それなら――俺達がここでお前を殺すのも、単なる我儘だろ?」
後ろから、グラウスが片手斧を振りかぶっている。
先程の一振りで、刃には血が滴っている。
「ひっ……! いやだ、死にたく――」
その先を言うことは出来ずに、いや、許されずに。
平民から貴族に成り上がったオットー・ベックマンの人生は、幕を閉じた。
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