第133話 二人の再会


 レンの家の玄関、そこで二人は固まってしまった。


 どちらも目を見開いて相手の顔を見つめる。


「おい、どうしたんだリューク?」

「誰が来たの?」


 ドアを開けて固まっているリュークを不審がって、セレスとレンが後ろから近づいてきた。

 おそらく二人はリュークの「とう、ちゃん……」という呟きが聞こえなかったのだろう。


 なのでリュークが対応できないほどの何かが来たのかと思って、警戒して相手の顔を見る。

 そして二人は間抜けな顔をしている人を見た。


「あっ、ヴァリー、さん?」


 その間抜けている顔に見覚えがあったレンが自信なさげに呟く。


「あっ? ヴァリー、って確か……」


 セレスはその名前を聞いて、昨日のレンの話を思い出す。

 ダリウスが本気で刀を打った理由、それが一人の剣士に出会ったから。


 その剣士の名前が、ヴァリー。


 そして――。


「リュークの、父親か?」

「うん、リュークのお父さん。いや、お義父さん」

「おい、なんで二回言った。特に二回目は違う意味で言っただろ」

「何を言ってるのかわからない」


 二人がまたもや言い合いを始めたが、リュークとヴァリーはそれには関わるような余裕はなかった。


「なんで、父ちゃんがここに?」

「リューク、お前こそなんでいるんだ? ここは精霊族の大陸だぞ?」

「この国に良い刀があるって聞いたから、この大陸に渡ってきたんだ」

「ああ、まあここは世界一の鍛冶師の国だからな」


 昔、自分もここに刀を買いに来たことを思い出したヴァリー。


「なあ、とりあえず中に入らないか? ここで話すのは変だろ」


 言い合いは終わったのか、セレスが後ろから突然の再会に困惑している二人に声をかける。


 言われた通りにリュークはヴァリーを中に通す。

 二十年ぶりぐらいにこの家の中に入って感慨深いものを感じる……余裕はまだないヴァリーだった。


 とりあえず四人はまたテーブルに座る。


 リュークは久しぶりにあった父親に、この国に来るまでの経緯を話し、着いた後のことも話した。


「なるほど、それでレンちゃんの家にいたのか」

「父ちゃんはなんでここに来たんだ?」

「まあ、約束を果たしに来たって感じだな」

「約束?」


 ヴァリーはそう言うと、リュークの隣に座っているレンに目線を向ける。


「レンちゃん、久しぶり。元気にしてたか?」

「っ! はい、ヴァリーさんも、お元気そうでなによりです」

「また来るって約束したからな。来るのが遅くなっちまったが、会えて良かった」


 ヴァリーは腰に携えていた木刀をテーブルの上に置いた。


「っ! 師匠の……!」


 レンは一目見た瞬間に、師匠が造った最高傑作の木刀とわかった。


「ああ、ここに来るのにこれを持ってこないわけにはいかないからな」


 震える手を抑えながら、レンはその木刀を手に取る。

 自然と涙が出てきてしまう。


「あいつの、魂が籠った刀だ。俺の命より重い、そう感じるよ」

「ありがとう、ございます……!」


 何に対してのお礼なのか、レン自身よくわからないが、言うべきだと思った。


「俺の方こそ、ありがとう。レンちゃんがまだ生きてくれていて良かった。本当はな、あいつが死んだ後に俺は君を連れていこうと思った」

「えっ……?」

「あいつが死んで、この国に君の居場所は無くなる。だから連れていこうとしたんだが、ダリウスに止められた」

「師匠が……?」


 当時のことを思い出しながらヴァリーは話す。


 木刀を渡され、剣技を見せた後に少しレンについて話した。


『レンは俺を超える、絶対にだ。そのためにもあいつはここに残らなきゃならねえ。ここで俺のように腕を鍛え続け、最高の剣士に会わないといけない』

『お前はそれでいいのか? 大事な孫なんだろ?』

『ああ、世界一愛している孫だ。だからこそ、ジジイが最期にできることは孫の幸せを想うことだろ』


 そう言って、ダリウスはニヤリと笑った。


「そんなことが……」

「ああ、だから俺はまた来ると約束してこの国を離れた。今日、あいつの想いが正しかったのか確かめにきたんだが、どうやら正しかったようだな」


 ヴァリーがそう言うと、レンは深く頷く。


「ボクはここにいて良かった、辛かったこともあったけど、リュークに出会えた。ボクが全てをかけて刀を打ちたいと思った人に会えた。この二十年、刀を打ち続けたのは無駄じゃなかった」


 辛かったことの方が多かった。

 師匠が禁忌を犯したために、弟子の自分にも何か言われることがあった。

 それを我慢し続け、刀を打ち続けたのはリュークに出会うため。


 そう思うと努力が報われた気がするし、師匠の気持ちもわかった気がする。


「そうか、良かったよ。リューク、良い鍛冶師に会えたな」

「本当にそう思うよ」


 その会話に隣で聞いているレンは照れ臭そうに顔を赤くしている。


「あ、あの!」

「んっ?」


 今まで黙って話を聞いていたセレスが声をあげる。


「初めましてお義父さん! オレ、いや、私はセレスティーナです! リューク君とはこの大陸に渡る時に出会って、それから毎日夜を共に過ごしています!」

「ど、どうしたんだセレス?」


 いきなり様子が変わったセレスにリュークは驚く。

 セレスがそんな丁寧な言葉遣いを使うところを初めて見た。


 セレスはリュークの父親、ヴァリーがレンと良い関係を築いていることに焦っていた。

 このままではヴァリーがレンを気に入ってしまって、そのままリュークとくっついてしまうと。


(そんなことさせてたまるか! リュークはオレのだ!)


 そう思って自己紹介をしたが、焦って変なことを言っていることに気づいていなかった。


「な、何!? 夜を共にだと!?」


 ヴァリーはセレスのその言葉に反応した。


「リューク! それは本当か!?」

「えっ? まあ、そうだな」


 確かに会ってからずっと一緒の場所で寝て過ごしているので、そう言えるとリュークは思った。

 しかし、ヴァリーは違う意味合いで受け取ってしまっていた。


「な、なんだと? 俺の知らない間にリュークが大人に……くっ、これが親離れというものか!」

「確かにそうかもな」


 リュークは二ヶ月前に両親から離れて旅に出たことを言っているのだと思った。


 しかし、リュークがそう発言したことによってさらにヴァリーの勘違いが加速していく。


「そ、そうか……セレスティーナ、と言ったかな?」

「は、はい!」

「リュークを、頼みます……」

「も、もちろんです!」


 ヴァリーとセレスが堅く握手している様子を、リュークはよくわからないと言った顔で見ている。


「何のことを言っているんだ?」

「しまった、出遅れた……!」

「レンも何に出遅れたんだ?」


 絶望しかけているレンを見てさらに訳がわからないリュークであった。

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