第128話 異空間に


「おい、どうしたんだリューク?」

「何があったの?」


 セレスとレンがさっきからそう問いかけているが、全く答えないリューク。


『引き返すぞ。今日は入っちゃいけない』


 そう言ってから、リュークは二人の問いかけに答えず、バイコーンに乗って山を下った。

 何も答えないリュークを不思議に思いながら、セレスとレンはついていった。


 そして山を下り森を抜け出して、一度バイコーンに別れを告げる。

 リュークの支配下に入ったとはいえ、今まで誰の支配下に入ることもなかったバイコーンを街に連れて行く訳にはいかなかった。

 三人がバイコーンから降りて手を振って別れる時、バイコーン達はリューク達の姿が見えなくなるまで跪いていた。


 今、三人は街に着いて商店街を歩いている。

 リュークが前を歩き、セレスとレンが後ろを歩いている状態だ。

 向かってる場所は、道を考えるとおそらくレンの家だろう。


「なあ、本当にどうしたんだ? あそこに行くんじゃなかったのか?」


 もう商店街まで来て他の人がいる中、世界樹という名前を出したらどうなるかわからないので「あそこ」と言ってボカしている。


「んー、ちょっと待ってくれ。家に着いてから説明する」


 さっきからそう言っては内容を話さないリューク。

 後ろにいるセレスとレンは顔を見合わせて、仕方ないとため息をついて後をついていく。


 そして数十分後、レンの家に着く。

 中に入りセレスとレンは武器などの荷物を置いて席につく。


 しかし、リュークはドアを閉めてからドアの前で立って目を瞑っている。

 何かを探ろうとしているのか、微動だにしない。


「……何もないか。『空間断裂ラプチャー』」


 リュークが目を開けて、何か魔法名を唱える。


 セレスとレンは一瞬の浮遊感を感じただけで、何が起きたのはわからない。


「何をしたんだ?」

「この家で話すことをちょっと異空間に飛ばした。これでここで話すことは誰にも聞かれない」

「異空間?」


 レンはよくわからないというように首をかしげる。


「窓から外を見てみればわかる」


 そう言われて、セレスはカーテンを開けて窓の外を見る。


「なっ!? ど、どうなってんだこれは!?」


 外に広がるのは精霊族の大陸の特徴である大きな家の並び――ではなく、ただ真っ暗な景色であった。

 まだ夜でもない、なのに見渡す限り暗い。いや、闇に近い。

 横にあったはずのこの家より大きい建物などが消えている。

 何もないその空間は、とても不気味である。


「ここはどこ、なの?」

「異空間だ。俺が時空魔法でいつも物を出したりしまったりしているだろ? あの中だ」


 時空魔法を使える者は、自分の魔力量の大きさによって異空間を持てる。

 人族のS級冒険者のアメリアも時空魔法を使えたのでこういう異空間を持っているが、せいぜい魔物を数体入れられる程度だろう。

 こんなでかい家を入れてもまだ余裕があるのは、この世でリュークとその母のフローラだけだろう。


「なんだそりゃ……! 規格外すぎるだろ、こんな魔法……!」


 セレスが窓を開けて身を乗り出して周りを見渡す。


「あっ、落ちないようにな。落ちたら死ぬぞ」

「うぉぉい!? 危なすぎるだろ!?」


 その言葉を聞いて慌てて身を引っ込めて窓を閉めた。


「まあ嘘なんだが」

「嘘かよ! 怖いこと言うんじゃねえよ!」

「落ちたら探すのがめんどいってだけだ。結構広いからな」


 今は家の中にいるから大丈夫だが、この異空間は地面がないから落ちてしまったら身動きが全く取れない。

 風魔法で自分の身体を操れば大丈夫なのだが、セレスには風魔法が使えないから落ちたら面倒なことになる。


「リューク、これって元の世界、周りからはどう見えるの? ボクの家が消えたように見えるの?」

「いや、ちょっとこれは特殊な魔法だから、周りからは普段と変わらず見える」


 リュークはレンの問いに答える。

 周りからはこの家が消えたようには見えないが、本来の家はリュークの異空間の中に入っている状態だ。


「で、ここまで大規模な魔法を使って聞かれたくない話ってなんだ?」


 外に漏れないように、聞かれないようにするためだけに異空間に家を入れるという魔法を使った。


「あのまま世界樹に入らなかった理由を教えてくれるんだろ?」


 リュークが世界樹の領域に一歩踏み出した瞬間、血相を変えて引き返した理由。


 今まで黙っていたのもなぜか二人にはわからない。


 とりあえず三人は席につき、落ち着いて話を始める。


「そうだな、じゃあなぜ俺が引き返そうと言ったのか。それは――」


 リュークはあの時感じた魔法を思い出しながら。


「――誰かに見られていたからだ」


 そう二人に告げた。

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