第127話 山頂へ


「じゃあ行くか」

「うん、そうする」

「判断早いなおい!」


 すぐに山頂、世界樹に行こうとする二人にセレスが待ったをかける。


「これから行くって言っても、準備は!?」

「するものあるか?」

「特にない」

「あるだろ! どれだけ長い旅路になるのかわからないだろ!?」


 レンの師匠、ダリウスは世界樹へと素材を取りに行き、一週間帰ってこなかった。

 その間何があったのかはわからないが、それだけ時間がかかるかもしれないということだ。


「食べ物はどうするんだ!?」

「途中にいる魔物を狩って食べればいいんじゃないか?」


 リューク達に近づかない魔物がほとんどだが、リュークには『次元跳躍ワープ』がある。

 狩ろうと思えばすぐに狩れるのだ。


「じゃ、じゃあ移動手段は!?」

「それこそ一番問題ない。そこにいるバイコーンに運んでもらえばいいだけだろ」


 いまだに跪いているバイコーン五体。

 確かに人がこの森の中を歩くより、何倍ものスピードで登っていけるだろう。


「あなた、行きたくないなら来なければいい。リュークと、ボクで行ってくるから」

「ああ? 二人で行かせるわけねえだろ! オレも行くぞ!」


 セレスは精霊族では珍しく、神を信じていない人なので、世界樹に行くことは特に忌避感は感じない。

 それより、リュークとレンが二人で行くことの方が嫌なので、絶対についていくつもりであった。


「セレスいいのか? 無理してなくていいんだぞ?」

「いいんだよ。二人じゃ心配だからな、色々と!」

「なんで、ボクのことを見ながら言うの?」

「胸に手を当てて考えてみろ!」


 言われた通りに胸に手を当てて考えたが、全くわからないレン。

 逆にセレスにはなぜわからないのかが理解できない。


 一緒に風呂に入ろうとしたり、裸で布団に潜り込んだりと、セレスにとっては油断も隙もあったもんじゃない。


 それにさっきのプロポーズまがい、あんなことをして二人にさせては何があるかわかからない。


「じゃあもう行くか。早い方がいいだろ」

「うん。ボクもバイコーンの背中に、乗らせてもらえるのかな?」

「リュークが言えば従うんじゃねえか?」


 セレスが言った通り、リュークがバイコーンに説明すると、二人を背中に乗せることを了承してもらった。


「いやー、まさかバイコーンの背中に乗れるとはな。オレ達が史上初じゃないか?」

「多分そう。ボクも聞いたことない」


 セレスとレンはそれぞれ違うバイコーンに乗って言う。


 バイコーンは普通、人には従わない。

 従ったという前例はほとんどないだろう。


「乗り心地は悪くないな。ネネとルルの方が毛が柔らかくて気持ち良かったけど」

「ネネ? ルル? リューク、女の名前?」

「なっ! そうなのかリューク!?」


 勝手に勘違いしてリュークに問い詰める二人。


「違うぞ。グレートウルフの二匹の名前だ。まあ一応メスだったな」


 リュークが人族の大陸にいた時に、ギルドの受付嬢のメリーが飼っていたペット、グレートウルフのネネとルル。

 あの二匹は体毛がとても柔らかく、乗り心地はとても良かったのを覚えている。


「女の名前だったけど、魔物なら良かった」

「ああ、お前と同じ感想を持つのは癪だが、そうだな」


 あからさまに安堵する二人。

 二人はリュークが人族にいた頃を全く知らないので安堵しているが、人族にいた頃はほとんど女性としか関わりがなかったことを知ったら何を言うのかわからない。


「じゃあ行くか。任せたぞ、バイコーン!」


 リュークの言葉に低く唸るように返事をしたバイコーン五体が、一気に駆けた。


「おー、速いな!」

「ビックリ……!」

「こ、こんなに速いのかよ!」


 こんな木が生い茂る森の中、時速八〇キロは超えるスピードで走るバイコーン五体。

 三体の上にはリューク達が乗っているが、二体は乗っていない。その二体は前と後ろを走り、前のバイコーンは風避けに、後ろは周囲の警戒をしている。

 風避けをしているので、リュークが魔法で風を操らなくても三人にはほとんど風が来ない。


 グレートウルフのネネとルルは魔獣のランクではB級。

 平原を走ったことはあるが、その時は時速五〇キロほど。リュークが風を操り、風の抵抗を無くしても七〇キロほどだった。

 しかし、バイコーンはリュークが風を操らなくても時速八〇を超える。

 B級のグレートウルフと、人間族の大陸のランクに合わせるとS級のバイコーンはそれだけスピードの差があるのだ。



 そして数十分後には、ドラセナ山の入ってはいけない境界のところまで来ていた。

 そこに辿り着くと、急にバイコーン五体は止まった。


「ん? どうしたんだ?」

「リューク、ここからが入っちゃいけない領域」

「そうなのか?」


 セレスとレンは当然分かってはいたが、リュークも、それにバイコーンもここから先に入ってはいけないということは知らない。

 それなのに、その境界線でバイコーンは止まったのだ。


「なんでこいつら止まったんだ? 魔物も神の存在を信じるってことか?」


 止まったバイコーンから降りながらセレスが言った。


「わからない。だけど、ここから先は魔物すら近づかないのかも」

「そうかもしれないな。俺の魔力探知にもここから先に魔物の気配が全く感じられない」


 この先は木が全くなく、草も生えていない。

 見渡す限り岩肌が続いており、山頂へ続くように緩やかな坂になっている。


「もうこれ以上は無理か?」


 バイコーンにリュークが問いかけると、首を横に振って拒否をする。

 あそこまでリュークに忠誠を誓っていたバイコーンが拒絶している。


「しょうがないな。この先は歩いて行くか」

「うん、そうだね」


 三人はバイコーンと別れて山頂へと行くことをにする。


 バイコーンに別れを告げる。

 またもバイコーン達は器用に跪いて敬意を示していた。


「よし、じゃあ行くか」


 リュークが禁止領域、岩肌になっている地面に足を踏み出した。


「――っ!」


 瞬間、踏み込んだ足を引っ込めた。


「どうしたの?」

「何かあったのかリューク?


 それに続こうとしていたレンとセレスは後ろからその様子を見て問いかける。


「……」


 リュークは突如周囲を見渡す。

 レンとセレスも釣られて周りを見るが、特に気になる点やおかしなものはない。


「なあ、どうしたんだ?」


 セレスが再度問いかけると、リュークは二人の方を向く。



「引き返すぞ。今日は入っちゃいけない」

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