第126話 鍛冶師の死


「ボクを、世界樹まで連れて行って欲しい」


 レンは真っ直ぐとリュークの目を見てそう言った。


 先に反応したのはリュークではなく、セレスだった。


「はっ? お前、何言ってんだ! それがどういう意味かわかってるんだろ!」


 精霊族の大陸で神が住まう世界樹に行くというのは、誰も犯してはならない禁忌。

 それを犯したのは世界で唯一、ダリウスただ一人である。


 そのダリウスがどうなったのかなんて、レンが忘れるはずがない。

 精霊族の大陸に住む人々全てに恨まれ、蔑まれて処刑された。


「世界樹に行って誰かにバレたらどうするんだ!」

「今から行けば誰にもバレない。知っているのはボクと、リュークと、それにあなただけ」


 リュークと二人で行ったとしても、セレスは絶対に誰にも言わずにいてくれるだろう。

 レンにはその確信があった。


「お前、本気か?」

「本気。ボクが最高の作品を作るには、絶対に世界樹の素材が必要」


 昨日、ブラックライガーの骨の素材を入手することができた。

 本来なら骨より鉄の方が硬度は強いが、ブラックライガーの骨はそれを覆す。

 鉄より柔軟、それなのに鉄より硬い。刀の素材にはピッタリだ。


 しかし――絶対に、世界樹には及ばない。

 師匠の最期の作品を見たレン自身が、そう感じている。

 打たなくてもわかる。世界樹ほど刀に合った素材を、レンは知らない。


 師匠ダリウスが本気でやった最期の作品を、世界樹でやった理由が痛いほどにわかる。

 あの素材を見たら、本気でやるにはあれで打ちたくなる。


「リューク、お願い。ボクを世界樹まで、連れていって」


 セレスはリュークを見る。

 自分にはもうレンを止めることはできない。リュークなら止められるかもしれないと思った。


「なあ、レン。お前――死ぬつもりじゃないよな?」

「それは……」


 レンは何も言えずにいる。

 死ぬつもりでなかったが、死ぬとは思っていた。


 師匠はなぜ右足を失くしたのかをついには話さなかった。

 しかし、世界樹に行って右足が失くなったというのは確かだ。

 世界樹に着く前か、着いた後におそらく、ダリウスが足を失くした原因がある。


 自分は師匠より強い。それは自分でも思うし、師匠も認めていた。

 だけど強いからと言って、無傷で帰れる保証はない。


 無傷で帰れたとしても誰かにバレた瞬間に、死ぬ。ダリウスのように処刑されるだろう。


「俺がまだ、父ちゃんと母ちゃんと一緒に住んでいたときにな」


 レンが言い淀んでいるのを見てリュークが話す。


「父ちゃんが言っていたことを思い出したんだ」



 いつだったかは覚えていない。

 なんでこんな話になったかも覚えてはいない。

 だが、その話は何故か妙に覚えている。


『リューク、父ちゃんはな、いっぱい旅をしたんだ。それこそいろんな国に行った』


 ヴァリーは木刀を振りながら言った。


『いろんな奴に会った。親友と呼べる奴と出会った。その親友はある仕事をしていた。そしてそいつは、そいつ史上最高の仕事をして、死んでいった。もう悔いはない、そう言ってな』


 ヴァリーはその時のことを思い出して、悔しさに顔を歪めていた。

 リュークには何故ヴァリーが顔を歪めているのかはわからなかった。


『だけどな、それは嘘なんだ。悔いがない人生なんて無い。人は色んなことを悔いて生きていく。そして死ぬ時には悔いはないと、自分を騙して死ぬんだ』


 まだ小さいリュークには難しい話だった。だけど、自分の父がここまで真面目に語ることなんて数えるほどしかなかったから、話の内容はしっかり覚えている。


『そいつは史上最高の仕事をした。それは俺もそう思う。だけどな、それは本当に限界だったのか? これ以上もう良いものは造れない。それは、妥協じゃないのか?』


 何を言っているのか、全くわからない。なんのことを話しているのか、わからない。


『そいつも多分わかっていた。というか、多分そいつはその作品を造った後、死のうと思っていたんだろうな。今ならわかる。最高の作品を造る。それ以上のものを造れない、成長出来ないということは、職人にとっては死と同然だ』


 ヴァリーの木刀を振る力が強くなる。

 一振りする度に、風が起こる。隣にいるリュークの髪が浮き上がるほどだ。


『あいつの死、人生を馬鹿にするわけではない。そんなの、この俺が一番してはいけないことだ。だがな――あいつは、負けたんだ。鍛冶師という仕事に』


 そして最後の一振り――した瞬間に、木刀が折れた。

 ヴァリーの素振りの威力に耐えれなくなり、折れてしまったんだ。


『はっ。俺が造ったやつじゃこんなもんだよな。負けたとしても、あいつの史上最高の作品、あれ以上の刀を俺は知らないな』


 自嘲気味に言ったヴァリーのその言葉も、リュークは意味がわからないが覚えていた。



「あの時は本当に意味がわからなかった言葉だが、今はわかる。あれはダリウスのことを言っていたんだろうな」


 ダリウス以外にヴァリーが言ったことが当てはまる人物は存在しないだろう。


「そう、なんだ……」


 自分の師匠が、鍛冶師という仕事に負けた。そのことについて何か言いたいと思ったが、その意見はなんとなく納得してしまった。

 師匠が死にたがっていたということは、なんとなく感じていたのだ。


「だから、レン。ここで誓ってくれ。俺の刀を作って、ダリウスの刀を超えたとしても、死なないと。俺の刀を最期の作品にしないと」


 単純に、レンには死んでほしくない。リュークはそう思う。

 そして、自分の父が言っていた通り、負けないでほしい。


「ずっと、刀を打っていってくれ。限界なんてない。レンが最高の刀を造り続けるのを見ていたいんだ」

「リューク……」


 その言葉にレンは顔を真っ赤に染める。


「うん、誓う。リュークのために、生き続ける。リュークにボクの刀をずっと見て欲しいから、生きる」

「ああ、良かった。ありがとうな」


 リュークが自分に向かって微笑むが、レンは初めて顔を逸らす。

 今はリュークの顔をまともに見れる余裕がなかった。


「グギギ……!」

「ど、どうしたんだセレス? 何かあったか?」


 今の光景を隣で見ていたセレスは歯軋りをしながら悔しそうに顔を歪めていた。


 リュークにはその気は全く無いと二人はわかっている。

 しかし……。


(今の、ほぼプロポーズじゃねえか……!)


 鍛冶師に、「お前の作品をずっと見ていたい」と言ったのだ。

 普通に考えれば、プロポーズの言葉である。


「やっぱりボクとリュークは、赤い糸で結ばれている……」


 うっとりとして恍惚な表情を浮かべながらそう言うレン。


「くそが……! なんで俺は刀が打てないんだよ! 今まで生きてきた一二〇年を呪いたいくらいだ!」


 血の涙を流す勢いで悔しがっているセレス。


「赤い糸ってだからなんだよ。なんで二人はそんなになってんだよ」


 二人がいきなりよくわからないことを言いだしたりして困惑しているリューク。


 三人の後ろでは、バイコーン達がずっとリュークへ跪いていた。

 A級の魔物、人間族だとS級の魔物なのに、忘れられてしまっていたバイコーン達であった。

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