第125話 本気とは


「うーん、どうしたものか……」


 数分後――リュークの目の前には器用に跪いているバイコーン五体の姿があった。


 今回の戦いがリュークが自分の剣技をレンに見せることが大事だった。

 だから、無駄にバイコーンの命を奪っても仕方ないと思い、殺さなかった。


 ただバイコーンの攻撃を木刀で受け流し、木刀の刃の方ではなく峰で攻撃した。

 通常、木刀の刃の方で攻撃しても魔物を斬れないがリュークはそれが出来るので、今回は斬らないようにしたのだ。


 峰打ちなので攻撃力はそこまでない。だから喰らっても何度も襲いかかってくるバイコーンだったが、何回、何十回も受けるとさすがに動けなくなってくる。


 最後の一匹が動けなくなったところで、バイコーン五体が死の覚悟をしたが、リュークはトドメを刺さなかった。

 自分達には人間の言葉がわからないがリュークの顔は笑顔で、自分達と死闘をした後とは思えないほど爽やかに笑っていた。


 その瞬間、バイコーン達はどうやっても勝てない相手、そしてとても慈悲深いリュークに対して、忠誠を誓った。


 リュークは目の前で跪き、微動だにしないバイコーン達を前にどうしたらいいかわからないでいた。


「これは俺に対して頭を下げているってことだよな?」

「まあ、そうだろうな」


 リュークの疑問に、今まで黙って見ていたセレスが答える。


「魔物の中には負けた相手とかに忠誠を誓う奴がいると聞いたことはあるが、まさかバイコーンがそんな魔物だとはな」

「多分、バイコーンに忠誠を誓うほどの実力を持った人が今までいなかったから、わからなかっただけ。リュークみたいに強い人なんて、この世に何人いるか」


 レンの言う通り、バイコーンが人間に対して忠誠を誓ったのは史上初であった。


「ああ、もうオレは幸せ者だ……」


 こんなにも強くてカッコよく、自分の理想の相手に出会えて、セレスは心の底から幸福を感じている。

 一二〇年という長い月日を過ごしてきた理由が、リュークに会うためだというのを再認識した戦いであった。


 顔は赤く染まっていて、油断したら今にもリュークに抱きついたいという欲求に従ってしまいそうになる。


「レン、俺の剣技は見れたか?」

「うん、ばっちり。とてもカッコよかった」

「ありがとうな。俺の刀は作れそうか?」


 今回の戦いをレンに見せた理由はそこである。

 レンが刀を作るために、リュークの剣技をじっくりと見せたのだ。


 しかし、あの剣の最高到達点といっても過言ではないものを見せてもらったにも関わらず、レンの顔色は少し悪かった。


「わからない。ボクがリュークに合う刀を造れるのか、自信がない」


 リュークの剣技を見せられて、改めて自分が刀を作る相手の凄さを知った。


 普通ならこんな凄い人の刀を自分が作れると嬉しがるものだが、レンはそうでなかった。

 逆にあれだけ凄い剣技だからこそ、自分がそれに合う刀が造れるかがとても不安になった。


 レンも師匠のダリウスと同じく、刀を本気で作ったことなどないのだ。

 万人のための刀しか打ったことがないレンは、本気で刀を打ったことがない。


 自分のための武器は作ったことはあるが、師匠は死ぬ前に「誰かのために、自分の命を懸けて本気で打った刀に勝るものはねえ」と言っていた。


 師匠の最期の刀を見た限り、本当にその通りだということがレンは身に染みて覚えている。


「ボクは、本気で刀を打ったことがない。だから、わからない」


 師匠のように、本気で、死ぬことになっても打てるかわからない。

 自分に、その覚悟があるのか……。


「おい、なに弱気なこと言ってんだよ」


 セレスは俯いているレンの胸倉を掴み、顔を無理矢理上げさせる。


「お前がリュークの刀を造らなかったら、誰が造るっていうんだよ」


 レンは何も返す言葉ない。リュークが自分に頼みにきたのに、自分は不安になってしまっている。


「オレも鍛冶師の端くれだから言うがな。お前の師匠、ダリウスのように本気で刀とか剣を打ったことがある奴なんて、誰もいねえよ」

「……あなたも、特注品を打ったことはない?」

「それぐらいはあるわ、舐めんな。ただ、命を懸けてそいつのために打ったことなんてあるわけねえだろ。オレは今だに生きてんだからな」


 そう、レンの本気で刀を打つというハードルがとても高くなっているだけだ。

 他の鍛冶師だって毎日自分が出来る限りの本気で打っている。


「お前がそれだけの想いでリュークの刀を打とうとしてるのは認めてやるよ。オレだってリュークのためならそれだけの気概で打つがな」

「なに、その対抗心」

「うるせえよ。だがオレじゃあ刀は打てねえ。だからお前が死ぬほど羨ましいのに、なんでお前は諦めてんだよ」


 セレスはリュークがこの精霊族に来た理由が刀を買うためだと聞いたときから、ずっと思っていた。

 なぜ自分は刀を打てないのか。

 オレが刀を打てたなら、たとえ死んでもリュークのために打つのに。


「お前は幸せ者だよ。鍛冶師にとって、命を懸けてそいつのために造りたいと思う相手に出会うことなんて普通はねえんだよ」


 セレスにとってその相手は絶対にリュークだ。死なないと刀を打てないというのならば、喜んで死ぬだろう。


 だが、セレスはリュークが望む相手ではないのだ。


「お前は、ダリウスを超えたいんじゃねえのかよ。自分の師匠を超えたいと思わねえのか」

「……超えたいに、決まってる」


 師匠の最期の刀を見た。

 確実に、史上最高の刀だと思った。


 あの刀を自分が超えると考えると、心が震えてくる。


「じゃあリュークに合う刀を打てるか、打てないかじゃねえだろ。超えるためには、打つしかねえんだ」

「うん……そうだね」


 レンはようやくセレスの目を真正面から見据え、力強く応えた。


「お前にしか造れねえ刀を打てよ、レン」


 そう言って、胸倉を掴んでいたのを離すセレス。

 レンは今の言葉に目を見開く。


「あなた、名前……」

「あ? 名前がなんだよ」

「……いや、なんでもない。ありがと、セレス」

「ふん……」


 レンは微笑んで礼を言うが、セレスは気まずそうに顔を逸らす。

 初めてお互いの名前を呼びだ二人。


 レンは絶対にリュークのあの剣技に合う刀、いや、その剣技をもっと昇華させる刀を造ると決意を固めた。


「リューク、お願いがある」

「ん、なんだ?」


 今まで黙って聞いていたリュークに、レンが話す。



「ボクを、世界樹まで連れて行って欲しい」

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