第123話 ブラックライガー


「最高だった……!」

「初めてあなたと、同じ意見」


 昼飯を食べ終わると、レンとセレスはとてもいい笑顔でそう言った。


「なあ、これからどうするんだ?」


 リューク達の本来の目的は、ブラックライガーの討伐。

 少し遅い昼飯だったので、少し日が落ちてきていて、しかも森の中なので木々が火を遮りかなり暗くなってきた。


「このくらいの暗さなら普通は帰るんだが、ブラックライガーはおそらく夜行性。一番被害を喰らう時間帯は夜だから多分そうだろう、って聞いたことがある」

「適当な見解に惑わされている、哀れ」

「ああ? じゃあお前ならどこを探すんだ?」

「まずボクはブラックライガー討伐に賛成してない。今からでも適当な魔物を探して、リュークの腕前を見るだけでいい」

「なんだと!? リュークの力がそこらの魔物で計れると思うなよ!」

「なんであなたがキレるのか謎」


 レンにはセレスがなぜそこまでブラックライガーにこだわるのか理解できない。


 セレスがこだわる理由はただ一つ、リュークのかっこいい姿が見たいというものだった。

 リュークが負けるなんて微塵も思っていない。


 自分が惚れた男のかっこいい姿を見たいと考えるのは、乙女として当然の考えだ。

 今までに散々リュークの強さ、凄いところを見てきたが、まだ底が見えない。


 海で竜巻を消した時も、森でレッドオーガの大群を一瞬で倒した時も、リュークには余裕しかなかった。

 どれだけ強いのか、それがまだ全然わからないのだ。

 自分やレン、それにセレスが知っているアーベンの強者達。誰一人、リュークの足元にも及ばないだろう。


 セレスはそのリュークの力の底が見たい、かっこいい姿が見たいだけだ。

 その姿を想像するだけで、恍惚感に浸ってしまうのを我慢する。


「そろそろ日も落ちて、森は暗闇になる。まあ魔法で光を出せば余裕で歩けるが、その暗闇に紛れてブラックライガーが襲ってくれば最高だな」

「最悪の間違い」

「まあとりあえず探そうぜ。最悪逃げればいいしな」

「簡単には逃げられないと思うけど……リュークがそう言うなら」


 レンはため息を吐きながらセレスやリュークの後ろについていく。


 レンは知らないが、リュークには時空魔法の『次元跳躍ワープ』がある。

 二キロ以上の距離を一気に移動できる魔法だったら、さすがにブラックライガーでも追うことはできないだろう。



 そして完全に日が落ちて、森は暗闇の世界となる。

 リュークが自分達の周り、半径二〇メートルほどを光魔法で照らす。


 辺りには魔物の姿がなく、音も自分達が踏む木や葉の音だけしか聞こえない。


 昼の時から本格的に探して数時間経ったが、いまだにブラックライガーの姿は見えない。

 リュークの探知魔法にもほとんど魔物の反応はなかった。


「いねえな……今日は外れか?」

「そろそろ帰らないと。夕飯は何も準備してない」


 さすがにもう見つけられないとセレスも諦めかけていた。


「そうだな、帰るか。……ん?」


 リュークはそう言った時、何か異変に気づく。


「どうしたリューク? 何か見つけたか?」

「いや、何か違和感を感じた。気のせいか?」


 魔力探知内で少し変な感じがしたが、特に大きな魔物が探知内に入ってきた形跡はない。


「まあこれだけ探してもいないなら、今日は帰るか」


 セレスがそう行って帰り道に着くので、さっき感じた違和感は勘違いだろうと思い後ろとついていく。



 しかし――次の瞬間。


「っ! 伏せろ!」

「はっ? のわっ!?」


 リュークはセレスを押し倒していた。


「セレス、大丈夫か?」

「いっつ……一体何が、なっ!?」


 いきなり地面に倒されて目を瞑って痛みに耐え、何が起こったのか目を開けると、すぐ目の前にリュークの顔があった。

 とても整った顔立ち、幼さを残しながらも真面目な顔は大人の色気も感じる。

 鼻と鼻がぶつかり合うような距離で、少し動けば唇が重なる。


 顔が蒸発するのではないかという勢いで一気に真っ赤に染まったセレス。


「い、いきなりか? こんな外で、その……あいつも見てるし。いや、外が嫌なわけじゃないしむしろバッチコイだし、あいつが見てる前でするのもそれはそれで……」

「セレス、わけわからないことを言ってないで起きろ」


 セレスの言ってることには耳を傾けずにリュークはすぐ立ち上がる。


「へっ? な、なんだ?」

「ボクは今言ったことを忘れない。せいぜい後でからかってあげるから、立って」

「何が起こってるっていうんだよ!?」

「あなたは今、死にかけた」

「はぁ!?」


 いきなりそんなことを言われても理解ができないが、とりあえず立ち上がる。リュークとレンが周りを警戒しているので、自分もするが倒される前と全く変わらないような光景しか映らない。


「どういうことだ? 説明しろ」

「一瞬だったけど、あなたに襲いかかる黒い影が見えた。その影はとてもでかかったけど、速すぎた。光が届く範囲にはもういない」

「本当か? 全く気づかなかった」

「すまん、俺のせいだ。魔力探知をしているのにこんな近くまで接近されているとは思わなかった」


 その影が襲いかかってくる瞬間しか気配が感じられなかった。

 しかもそれは魔力探知ではなく、リューク自身が殺気を感じ取った。つまり、魔力探知では全く引っかからなかったのだ。


「どこにいるかわからないのか?」

「ああ、わからん」

「どうする? リューク」

「もう一回襲ってくるのかもわからないが……とりあえず、見つけるか」

「どうやって?」

「二人とも、目を閉じてろ」


 何をするのかはわからないが、言われた通り二人は目を閉じる。


 その瞬間、リュークは光魔法で照らしていた距離を一気に広げる。

 宙に浮かんでいた光の玉が、この暗闇を一気に明るくさせた。

 半径二〇メートルほどしか照らしてなかったものが、どんどんとリューク達を中心に広がっていく。


「――見つけたっ!」


 広がっていく光の中、リュークはとても大きい魔物が逃げていってるのを発見した。


 先程の影もとても早かったが、光の速さには勝てるわけがない。

 自分が照らされないように逃げていたが、すぐに見つかってしまった。


「見つければ――」


 『次元跳躍ワープ』を発動させ、


「――こっちのもんだ」


 数百メートルあった距離を殺した。

 その魔物もいきなり目の前に現れたリュークに驚くが、すぐに殺そうと口を大きく開けて噛みつこうとする。


 しかし、リュークはそれをギリギリで避け、斬った。

 いまだに木刀で刃がないにもかかわらず、その魔物の頭は胴体と離れた。


「ふぅ、まあこんなもんか。実力はバジリスクほどじゃないのに、どうして魔力探知に引っかからなかったんだ?」


 リュークは地面に転がっているブラックライガーの死体を見下ろす。

 体長は約八メートルくらいだろうか。

 そんな大きさの魔物が自分の魔力探知内にいたのに、なんで気づかなかったのか全くわからない。

 今はこの死体から漏れている魔力が探知できる。ということは魔力が全くないわけではないのだ。


 疑問が残るが、とりあえずその死体を持ってセレスとレンがいるところまで跳ぶ。


 二人はリュークが見つけたと発言した時に目を開けたが、強い光のせいで目が半開き状態になっていた。

 光を弱めて、二人がリュークが倒した魔物を見る。


「おそらくこれがブラックライガーだろう」

「うん、前に倒されたものを見たとき、こんなのだった」

「そうか、それなら良かった」


 リュークとセレスはようやくといった感じでため息をつく。


 ずっと森の中を歩いていたので、汚れなどもついて早く帰りたかったのだ。


「じゃあこいつを持ってギルドまで行くか」

「ああ、そうしよう。俺が『異空間』の中に入れて持ってくよ」

「頼んだ」


 二人がそう話していると、レンが一言呟く。


「リュークの剣技、見てない」

「えっ? あっ……」


 今日の一番の目的は、ブラックライガーを倒すのではなく、リュークの剣技をレンが見ることだった。

 リュークがブラックライガーを倒したが、レンはその瞬間を見ていない。


「……明日は、森で普通に魔物を狩ろう」


 レンがそう言うと、リュークとセレスは深く頷いた。


(ってか、オレもリュークのカッコいい姿見えなかったし……超恥ずかしいことを言ってしまった!)


 帰ってる途中、そう心の中で悶えているセレスだった。

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