第122話 あーん


 三人はその後、森の中を歩き続けるが目当てのブラックライガーとはいまだ会えなかった。


 太陽が真上を過ぎた頃、セレスがそろそろ昼飯にしようと言った。

 ずっと動き続けているので、三人ともお腹は空いていた。


「よし、また勝負だな」

「そうだね……負けない」


 二人は視線をバチバチぶつけ合い、懐から弁当を取り出そうとする。

 しかし、二人はあることに気づき、その手を止める。


「……リューク、出してくれるか?」

「お願い、リューク」

「今二人とも俺が持っていること忘れてただろう」


 そう言ってリュークは異空間から二人が作った弁当を取り出す。


 二人とも弁当箱の形は一緒で、二段式になっている。

 量は二人が相談して、リュークに負担にならないようにお互いに一人と半人前分作ってきていた。

 お互いに半人前分をリュークに食べてもらって、勝敗を決めてもらうということだ。


「よし、オレのはこれだ」

「ボクのはこれ、リューク、早速食べて」

「おい待てよ、どっちから食べてもらうかはまだ決めてねえだろ」

「……ボクがさっきの勝負勝った」

「あれは『あーん券』だけの勝負だろ!」

「じゃんけんでよくね?」


 リュークの一言により、二人はじゃんけんをする。

 勝ったのは……セレスだった。


「よっしゃオラァァァ!」

「チッ……まあ今回は料理の勝負、順番は関係ない」


 その一言にセレスがニヤリと笑ったのを、レンは気づかなかった。


「じゃあリューク! 早速食べてくれ!」


 そう言って弁当箱を開けると、そこには所狭しと肉が詰められていた。


「おっ、肉か」

「ああ、鳥から豚、それに牛まで揃ってる! どれを食べても美味いことを保証をするぞ!」

「ふん……肉なんて焼くだけ、やっぱり料理できるなんて嘘」


 朝も魚は捌くだけと言ったレンは弁当を見て薄ら笑う。


「それはどうかな?」


 いつものセレスなら言い返すが、よほど実力があるのか笑って挑発する。

 それを見てレンはムッとするが、リュークはもう二人のことは気にせずに弁当を見ている。


「じゃあ早速……」


 箸をセレスから受け取り、一つお肉を取る。

 そして口に運び、咀嚼。


「んっ……美味い! いつも食べている肉と全然味が違う!」


 口に入れた時の肉厚感、柔らかさも今まで食べてきた肉より最上級だったが、一番違うのは味付け。

 いつも特に肉に味付けなどせずに食ってきたリューク。するとしても塩ぐらいだった。


「そうだろ! これはオレの秘伝のタレだ!」

「味が程よく濃くなってて、この味結構好きだな」


 そう言って次々と肉を食べていくリューク。


 セレスは人族の子供が好きだ。

 だから、人族の子供ががどういうものを好むかなどを少し……いや、かなり調べたことがあった。


 調べた結果、例外はあるが濃い味が好きという傾向があったのを知った。

 一か八かだったが、リュークもそういうのが好きと仮定してこの料理を作り、見事当たった。


「ふう、ご馳走さま。美味かったぞ」

「良かったぜ……また食いたいときはいつでも作ってやるからな!」

「その時は頼む、本当にまた食いたいからな」


 そう言って自分に微笑んでくれると、セレスは至上の悦びに浸った。


(やっ……たー!! 超嬉しい! いつでも作るぜリューク! その笑顔のためなら例え両腕が折れてても!)

「大丈夫かセレス? 顔がなんというか……溶けてるぞ?」



 表情筋が緩みまくってるセレスの顔は、いつものクールの顔立ちからは考えられないものだった。


「リューク、そんな人はほっといて、次はボクの」

「ああ、そうだな」


 時々セレスがおかしくなるのをリュークは見てきたので、放っておいたら治るというのももう経験済みである。


「ボクのは……これ」


 レンが弁当箱を開ける、そしてそこには魚やサラダなどが綺麗に盛り付けてあった。

 焼き魚もあれば、刺身もある。


「ボクはただ魚を捌くだけじゃなくて、ちゃんと味付けをしてある」


 セレスが魚を捌いたと言っていたので、そこで比較が出来て自分の方が美味しいと思わせようとレンは考えたのだ。


「そうか、じゃあ食べるぞ」

「うん、召し上がれ」


 リュークは焼き魚から食べる。


「うん、美味いな」


 そして刺身も食べる。


「んっ、本当だ、海で食べた時と全然違う。これも美味いな」


 そう言いながらも食べていく。


 しかし、セレスの時とは違いそこまで大きく反応がない。

 昨日からレンの料理を食べているというのもある。


 だが、ちょっとそれにしても反応が少ないと思ってしまうレン。


(っ! まさか……!)


 あることに気づいてレンはセレスの弁当を見る。

 肉、タレ、濃い味……。


(まさか、これを狙って……!)


 レンはさっきまでニヤケ顔が止まらなかったセレスの方を見ると、そこには違った意味でニヤケている顔があった。


(ふっ、気づいたか。だがもう遅い!)


 料理を食べるには、ちょっとした決まり事のようなものがある。

 それは薄い味から濃い味から食べていったほうがいいというものだ。


 濃い味、特に脂の乗ったものを先に食べると、舌の感覚がどうしても鈍ってしまうからだ。


 レンが作ったものは決して薄い味などではない。

 しかし、セレスが作った秘伝のタレにつけた肉に比べたら確実に薄く、しかも肉の方が脂が乗っている。


 つまりリュークの舌は自身でも気づかないうちに、薄い味を食べると濃い味が優ってしまう舌になっていたのだ。


(だから順番決めのときに、あんなに必死になって……!)


 今回の勝負、レンの料理が先に食べられていたら公平な勝負となっていただろう。

 しかし、リュークはセレスの料理を先に食べてしまった。


 つまり――。


「うーん……レンには悪いが、セレスの方がインパクトがあって俺は好きだったな」

「よっしゃぁぁ! 見たかボケェェ!」


 セレスの作戦勝ちだった。


「くっ……謀ったな」

「あぁ? なんのことかなー?」


 とても悪い顔をしてとぼけるセレス。

 今更何を言っても負けは負け、今回はセレスの勝ちである。


「で、『あーん』はどうするんだ?」


 先程の戦闘の賞品についてリュークは問いかける。


「ん、今やってもらう」

「な、なあ、料理勝負の賞品決めてなかったよな?」

「そういえばそうだな」

「ならオレも『あーん』してもらいたいんだが……」

「俺は別にいいぞ」

「……仕方ない、ボクもしてもらえるのは変わりない」


 そしてセレスとレンは仲良くリュークから『あーん』をしてもらうのだった。


 数十分後には、レンは無表情ながらも幸せそうにしていて、セレスは鼻血が出てきたので鼻を抑えている光景があった。

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