第99話 ユーコミス王国へ



「はあー気持ちよかった! また海に来て遊びたいな!」

「すげえなお前は……まさかウンディーネが五年もかかる技を一瞬にしてマスターするなんて」


 リュークは海に入ってからすぐに海の魔力を操って泳ぐ方法のコツを掴んで上達していった。


 そして先程、ウンディーネの二人と競争をしたのだが、大差をつけてリュークが勝ってしまった。


「嘘よ……ありえない。やり始めてたった一時間ぐらいの子に私が負けるなんて……」

「私達、一〇〇年くらい泳ぎ続けてるのに……」


 リュークに負けた二人は地上に戻ってから膝をついてあからさまに落ち込んでいた。


「……なんか悪いことしたかな?」

「いいんだよ、あいつらなんか。じゃあもう行こうぜリューク。日が沈む前には出発しときたいからな」

「わかった……なあ、なんで目合わせないんだ?」

「……そ、そんなこと聞く暇があったら、早く服着ろ」


 海から上がったばかりのリュークはいまだにパンツ姿だったので、セレスは顔を赤くしてそっぽ向いて話していた。

 セレスに言われた通りにリュークは服を着て、ようやくセレスもリュークの方を向いて話すことが出来るようになった。


「じゃあ行くか。待たせてごめんな。ちょっと夢中になってしまった」

「いや、年相応にはしゃいでて可愛かったぜ、リュークちゃん」

「子ども扱いすんなよ」


 リュークは少しむくれたようにそう言ったが、セレスにとっては最高の時間であった。

 もともと人族の子供が元気いっぱいにはしゃいでる姿を見るのが好きだったセレスは、リュークの落ち着いたところも好きだったがはしゃいでる姿を見て興奮していた。


(興奮してたのバレてないよな……鼻血とか出てないよな)


 さり気なく鼻の下を擦って鼻血が出てないのを確認してほっとするセレスであった。


「じゃあなお前ら!」

「ええ……また会いましょう」

「ばいばい……」


 セレスはまだ膝をついて落ち込んでいるウンディーネの二人に別れを告げて港から離れる。リュークもそれについていき、しばらくすると気付いたように声を上げる。


「あっ……そういえば名前聞かなかったな」

「ん? あー、いいんじゃね? 今更戻って名前を聞くのも変だろ。また今度会った時に」

「セレスがそう言うならいいか」


 セレスは内心うまくいったとガッツポーズをしていた。しかし少し罪悪感もあったために、今度会ったときはしっかり自己紹介させてやろうと思った。


(今だと二人はリュークにコテンパンにされたからな……傷心中の二人のことを思ってオレはリュークを連れて去るのだ。うん、決してやましいことはない。むしろ二人のためだ)


 そう自分に言いきかせて、セレスはユーコミス王国に行くために馬車が用意されているところへと向かった。



「この馬車でユーコミス王国まで行くぞ」

「おー、結構でかいな」


 港を抜けるとしっかりと整えられた道があり、そこに馬車があった。リュークが人族の大陸で乗ったどの馬車よりも大きくて頑丈そうだった。


「だけど二人しかいないのにこんな大きい馬車必要か?」

「ノーザリア大陸にはこれ以上小さい馬車がないんだよ。人族の馬車が小さすぎるんだ」

「そうなのか? 乗ったことあるけど小さいとは思わなかったが……」

「さて、今回の馬は……あー、一角獣ユニコーンか。まあ悪くはないがな……」


 リュークとセレスは後ろから馬車を見ていたので、セレスが前に回って馬の様子を見に行き少し複雑そうな顔をした。

 リュークも一緒に前に回ってその馬を見る。


 その馬を一言で表すと、『白』である。

 真っ白な体毛に覆われていて、頭から一本立派な角が生えている。身体はそこまで大きくなく、大きな馬車に比べると少し小さい印象を受ける。


「綺麗な馬だな……だけど少し小さくないか? それに一匹だけか?」


 普通の馬車は二頭が一緒になって引いているが、今目の前にいるのは一匹だけである。しかも普通の馬車より大きくて、とてもこの一匹だけじゃ運べそうにない。


 しかし――リュークはその一角獣ユニコーンと視線を合わせたときに力強さと知性を感じる。


「いや……大丈夫そうだな。こいつ強そうだ」

「ああ、こんくらいの馬車は余裕で引っ張る。こいつは強い魔獣だからな。道中に出てくる魔物にも対処は出来ると思うが……」

「なにか問題があるのか?」


 先程から煮え切らない言い方をしているセレスに、リュークが問いかける。


「こいつ、気性が荒いんだよ。まず人に懐かない。こいつを手懐けて馬車を引かせてたやつは凄いとは思うが……今ここにそいつはいない」

「なんでいないんだ?」

「オレがここに馬車を置いたら帰っていいって言ったんだよ」

「なんでだよ」

「いや、それは……いつも慣れてるから大丈夫だと思ったんだよ」


 本当は今回、人族の大陸で子供を連れて戻ってくると決まっていたので、御者ぎょしゃには帰らせて二人きりの馬車であんなことやこんなことをしようと考えていたからである。


「とゆうかユニコーンをこういう時に寄越すか? まさかその御者、オレ達に厄介者を送ったんじゃねえだろうな」

「そうか? 結構可愛くないか?」

「見た目はな、性格は……え?」


 セレスがリュークの方を向くと、ユニコーンがリュークに頭を撫でられながら身体を寄せてる姿があった。


「毛もサラサラしてて気持ちいいぞ」

「まじか……こいつは大丈夫なやつなのか?」


 セレスが横から近づいてユニコーンに触ろうと手を伸ばしたが――ユニコーンは後ろ足でセレスを攻撃しようと勢いよく足を蹴り上げた。


「ぬおっ!? あぶなっ!!」


 ギリギリ避けたので間一髪のところで助かったが、魔獣の中でもトップクラスの蹴りを食らってたらと思うとセレスは冷や汗が止まらない。


「おいてめえ! なんでオレにだけ蹴りかましてんだ!?」

「セレスがさっきからこいつを貶すようなこと言ってるからじゃないか? こいつ頭良いからこっちの言葉わかってるみたいだしな」

「くっそ、そういえば頭が良い魔獣は言葉がわかるって聞いたことがあるが……それにしたって蹴りかますことはねえだろ!? 危うく死ぬとこだったぞ!」


 セレスがユニコーンにそう言ったが、ユニコーンは言葉がわかってるのに無視するようにそっぽ向いていた。むしろ言葉がわかっているから無視しているようだ。


「この……馬刺しにして食ってやろうか……!」

「そしたらユーコミス王国まで走っていくことになるぞ」


 なんとかリュークはセレスの怒りを鎮めて、ようやく二人は馬車へと乗り込む。

 普通の馬車なら御者が馬の手綱を引いて進むのだが、今回は御者もいなくて手綱もない。


 しかし、リュークとセレスが馬車に乗り込むと同時にユニコーンが緩やかに動き出して進み始めた。


「ほー、便利な『道具』だな。頭の良い魔獣はこうでないとな」


 セレスが感心するようにそう言うが、その失礼な物言いに一瞬ユニコーンから殺気が漏れる。セレスもそれに気付いてはいるが特に謝る素振りも見せずに、逆に挑発するかのように後ろからユニコーンを睨みつける。


「なんでお前らそんな仲悪いんだよ……」


 リュークにとっていきなり幸先が不安な出発となった。

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