第98話 ウンディーネ


 リュークとセレスは誰もいない港を歩く。


「しかし……なんで誰もいないんだ? 人族の大陸だったら港町は結構人がいたが」

「そりゃあ、全員海に出てるからだよ」

「海に? 漁に行ってるのか? だけどそしたら来る最中にすれ違ったりするんじゃないか?」

「多分すれ違ってたんじゃねえか?」

「多分ってなんだ?」


 セレスが答えようとしたその時――リュークが何か異変を感じた。


「待った――何か海から来るぞ。これは……ん? なんだ?」


 リュークは身構えたが、そういう部類のものではないと判断して警戒を解く。


 すると突如、海から何か大きなものが港へと投げ込まれるようにリューク達に向かって飛んできた。


「うおっ!?」


 リュークはそれを危なげなく躱し、セレスは声を上げて驚きなら紙一重で避ける。


「これは……魚?」


 リュークが海から出てきたものを見ると、それは網に包まれた魚の大群であった。

 網の中には数百匹の魚はいて、港の地面でぴちぴちと跳ねている。


「おい、危ねえだろうが!! 今の絶対ワザとだろ!!」


 セレスはこの魚の大群が出てきた海に向かって叫ぶ。


「あら、そこにいたのが悪いんじゃない?」

「そうだよ、私たちは悪くない!」


 海から顔を出したのは――二人の女性だった。

 上半身を海から出してぷかぷかと浮かんで、陸上にいるセレスを見上げながらからかうように笑っている。


「このアマが……!」

「なあ、セレス。この人たちって……」

「ああ、こいつらは『ウンディーネ』という種族の奴らだ」

「ウンディーネ……」

「あら、その子は誰? 見たことない顔だけど」


 セレスにそう聞いた女性が海の中から陸へジャンプするようにして上がってくると、それに続くようにもう一人も陸へと飛び移った。


「あれ? この子エルフじゃないの?」

「ああ、こいつはリューク。人族だ」

「えー! 私人族の人初めて見た!」


 海から上がってきた女性二人は、二人とも青色に近い肌をしていた。人族は白や黄色に近い色をしていて、ドワーフは褐色の肌を持っている。これは『ウンディーネ』という種族の特徴である。

 海に潜っていたからなのか、全員が自分の局部しか隠していない――いわゆる水着のようなものを着ていた。

 一人は長い青色の髪を手で後ろまで持っていき、水を含んだ髪をタオルを絞るように水気を取っていて、もう一人は肩ぐらいまでの黒髪をゴムで一つにまとめてポニーテールのようにしている。


「リュークだ、よろしく」

「よろしくね、私は――」

「自己紹介なんてさせねえよ!」

「なんでよ! いいでしょ、初めて人族の子供に会ったんだから!」

「お前らなんてオレ達の旅にとって邪魔な存在でしかないんだ!」

「どういう意味よそれ!」


 セレスはなぜか二人にリュークに対して自己紹介をさせない。それは初めての恋だから自身はわからないが、リュークを独占したいという嫉妬のようなものだった。

 リュークを置いて三人は言い争っているが、リュークは気になったことを聞くために話に割り込む。


「なあ、名前とかより聞きたいことがあるんだが……」

「君もそういうこと言うんだ!?」


 ウンディーネの一人にそうツッコまれたがリュークは気にせずに質問する。


「さっき海でどうやって泳いでたんだ? 海の中から陸地に跳ぶなんてどうやって?」


 リュークが気になったのは二人の動きであった。リュークの目から見て、特に力を入れている様子もなく簡単に陸地にまで跳んでいた。海面から陸地までの高さは一メートル以上はあり、どう見ても身体能力で跳んだわけではなさそうだった。

 そしてリュークは二人が陸地に跳ぶ時、いや、もっと言えば魚が海から飛んできたときもその前の時から魔力を感じていた。


「魔法か何かなのか?」

「んー、まあ魔法に近いわね。海の水の魔力を操って自分の身体を押すようなイメージで泳いでいるの。だから海から陸地に上がるときも水を操って自分を押し上げる感じね」

「なるほど、そういうことか!」


 リュークは閃いたように手の平にポンと拳を置いて、目を瞑って海の中の魔力を感じ始める。


「……よし、少し難しいがこれならいけるかもな」

「やろうと思ってるの? 多分無理よ。人族を馬鹿にするわけではないけど、ウンディーネの私達でも五年くらいやってようやく普通に泳ぐより速くなるくらいだから」


 人族と精霊族では魔法適正値が圧倒的に違う。例えるなら猫とライオンの戦闘力の違いほどある。

 人族とは比べ物にならないくらい魔法適正値が高く、さらにその中でも水魔法が得意な種族であるウンディーネが五年もかかる技を、人族が習得できるなんて無理に決まっているとウンディーネの二人は考えていた。


 ウンディーネが五年もかかる理由は、海の中の魔力を操るという難しさにある。

 普通魔法を使うのは、自分の身体の中の魔力を操って魔法を発動する。

 しかし、今回ウンディーネが泳ぎに使っていたのは自分の身体以外の魔力である。


 自分の中の魔力は、慣れたら制御が出来るものである。自分の手足を扱うかのように魔力を操ることが出来るのである。精霊族の中では物心がついた頃から魔力を操ることが出来る者もいる。

 しかし、自分の身体以外の魔力はそうはいかない。制御なんてできない魔力を、自分から合わせに行くのだ。人の動きを完璧に読んで、それと一緒の動きをするようなものだ。


「海の中に入る前に脱ぐか」


 セレスに服が海水に濡れたら洗わないといけないと言われたことがあったので、海水に濡れないようにリュークが脱ぐと、ウンディーネの二人から感嘆の声が上がった。


「おー、リューク君良い身体してるね! かっこいいよ!」

「久しぶりにこんなに締まってる身体見たわ。ウンディーネの男共って、漁はしてるけど自分で動いてないからお腹出てるやつが多いのよね」

「そう! 私達は美意識高いからしっかり動いてこの体型維持させてるのにあの男共は……」

「美意識高いって自分で言うことじゃねだろ」

「なによ、あんたはいいわよね。特に何もしなくても体型維持できてて……ってなんであんたそっぽ向いてるのよ」


 セレスの言い分に文句を言ったが、そのセレスが何故か顔を赤くしてこっちを見てないので不思議に思うウンディーネの二人。


「う、うるせえ……お前らが醜くて見るに堪えないだけだ」

「なんですって!?」


 セレスの言葉にさすがに二人は声を荒げて怒るが、セレスはただリュークのパンツ姿が恥ずかしくて見れないだけであった。


(くっそ……船に乗った一日目はあんなに見たってのになんでこんなっ……!)


 自分でもなぜこんなに恥ずかしがっているのかわからないセレスであった。


 そんな女性三人の争いを他所に、リュークは海へと飛び込んだ。海へと飛び込んだ際に鳴った水飛沫の音に言い争っていたセレスは海の方に顔を向けた。


「あっ! あいつ、自分では泳げねえのに大丈夫か!?」

「えっ、そうなの? まさか本当に私達がやっていたやつやろうとしてるの?」

「そんなの無理に決まってんじゃん!」


 セレスは助けに行くか迷う。今の自分だとさっき裸のリュークを見ただけであんなになっていたのに、そのリュークを抱えて助けるなんて……。


(くっ、役得じゃねえか! 溺れてほしいなんて考えてしまう俺のバカが!)

「なんであんたいきなり自分の顔殴ったのよ!」


 自分で最低なことを考えてしまったと思い、戒めとして自分の顔を殴ったセレス。


 そして、そうこうしてるうちにまた海のほうから音が聞こえてきたので三人は顔を向けるとリュークが海から顔を出していた。


「リューク! 大丈夫か!?」

「ぷはっ! いやー、海ってこんなに綺麗なんだな! 結構深くまで行ったけどいろんな魚がいて感動したわ!」


 セレスが焦ったように声をかけたが、リュークは楽しそうに声を弾ませながら喋る。

 そしてまた海の中に潜ってしまい、顔が見えなくなってしまう。


「大丈夫そうね……。だけど、どっちなのかしら? 普通に泳いでるのか海の魔力を操って泳いでいるのか」

「いやー、さすがに無理でしょ。普通に泳いでるじゃないの?」

「いや、リュークは確かにカナヅチだったはずだが……」


 三人がそう話していると――先程より大きな水飛沫がした。

 海の方を見ていた三人の顔に水飛沫の水が飛んできていた。


「え……」

「嘘でしょ……」

「ははは……さすがだな」


 ウンディーネの二人が信じられないように驚きの声を上げ、セレスは乾いた笑い声を上げる。


 ――目の前で、リュークが海の中からジャンプしたのだ。

 その高さは海面から五メートルはあり、空中で二回転ぐらいしていた。

 海の動きも、完全にリュークを押し出すように噴水のような形をしていた。



 ――精霊族の中では、魔力を操るのを物心がついた頃から出来る天才がいる。

 しかしリュークは――物心がつく前から魔力を操り、魔法を発動しているのである。

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