第96話 初めての経験

 今――セレスティーナの目の前で起こっていることは、『奇跡』に近いものだった。


 いろんな国の研究者が一度は考えることがある。

 それは――自然災害の未然防止である。


 魔物が大量に襲ってくる『魔物大暴走スタンピート』などは、軍事力が強い国であったのなら、全く被害を出さずに乗り越えたという話は少なくない。


 しかし――自然災害などではそうはいかない。

 台風、地震、津波など……どうしようもないほどの大自然の驚異に対して、どんな種族も等しく無力である。


 どんな国の研究者も自然災害の対策を必ず考える。

 そのどれもが――『備え』というもので終わる。


 出来るだけ被害を抑えるための対策を立てるのだ。

 それは一種の『諦め』である。

 大自然の驚異に対して、人は何も出来ることはない。ならばある程度の予想を立てて自然災害に対抗する。


 ある国の王様が研究者に、台風を消す方法を考えろという命令を出した。その国は台風の被害が激しい国であった。

 そしてその研究結果は――台風は被害もあるが、雨という資源を運んできてくれるものであって、消してはならないという『逃げ』の考えを王様に提出しただけであった。



 自然災害はどの種族も抑えられないということは、歴史が教えてくれている。

 どの国もどの種族も、未然に防ぐ方法など考えつかなかったのだ。



 しかし――セレスティーナの目の前で起こったことはその歴史を覆すものだった。


 リュークはギリギリまで巨大竜巻を自分のほうへと引き寄せていた。

 そして――自分の身体が竜巻の中に入る直前に魔法を放った。



「吹き荒れろ――『大嵐テンペスタ』!!」


 その魔法は竜巻の中に入り込んでいく。

 リュークが観察したところ、この竜巻は風が右回りをしていた。


 なのでリュークは単純に――竜巻とは逆向きの風を衝突させたのだ。



 リュークが発動した『大嵐テンペスタ』は、巨大な竜巻を中から相殺していく。



 セレスの目の前には一瞬にして巨大な竜巻が姿を無くし、暗い海の上にリュークがただ一人浮かんでいる光景だった。


「なっ……!?」


 セレスは目の前の光景が信じられなくて言葉も出ない。

 今さっきまで確実に死ぬと思っていたのに、その原因が姿を消したのだ。


 目を見開いて驚愕しているセレスを他所に、リュークは何事もなかったかのように船の上に帰ってきていた。


「よし、これで問題ないな。船の進路方向は大丈夫なのか? さっきの竜巻で少しずれたとかないのか?」

「あ、え……? い、いや、それは大丈夫だが……」

「そうか、よかった」

「そ、そうじゃねえだろ!! お前、あれ……どうやって!?」


 驚きすぎて言葉足らずになってしまうセレス。

 あんな自然が引き起こした脅威をまるで散歩をしてきたかのように消したリュークに驚きを隠せない。


「ただあの竜巻と逆方向に風を起こしただけだよ。簡単だったぞ?」

「簡単って……」

「バジリスクよりでかかったけど、断然バジリスクのほうが厄介だったな。まあ、あの蛇の王があんな力だけの存在に負けるわけないか」


 リュークは先程の竜巻を見て、ラミウムの湖で戦った蛇の王バジリスクを思い出す。

 確かに力や大きさ自体はバジリスクを超えてはいたが、それを補って余りある強さを持っていたバジリスクであった。

 巨大な竜巻はリュークの魔法一つで終わったが、バジリスクはリュークの魔法はほとんど効いていなかったし、さらにリュークの片腕を飛ばすほどの実力であった。

 比べてもどちらが強いか明らかである。


 リュークの様子を見て、本当にあの竜巻がリュークにとって脅威ではなかったと理解したセレスはもう笑うしかなかった。


「ははは……お前は凄いな」

「そうか? まあ褒められて悪い気はしないな」


 そう言ってにこやかに笑ったリュークを見て――セレスは胸の高鳴りを覚える。


(あー……これはやばいな。ガチかもしれないな……)


 あんな強大な力を見せられて――そんな無垢むくな笑顔を向けられたら。


 セレスは自分の顔が赤くなっていくのを感じながらも、抑えられる気はしなかった。


 セレスの理想は、人族の子供。特に身体が大人へと変わる十二歳ほどの年齢が外見では最高に好みである。

 性格は自分と気が合っていたら良い。楽しく話せたら今後付き合っていくのにも支障はないだろう。


 そして自分でも気付いていなかったが――やはり女として、自分を守ってくれる男に魅力を感じる。


 セレスはドワーフという少し力が弱い種族の中でも、女性でありながらとても重い両手斧を振り回せるほどの力を持っていた。

 なのでドワーフの男やエルフの男は魔法は強いが、力といった面ではセレスに勝てるような男はいなかった。


 しかし――セレスの目の前にいる男は自分の両手斧の一撃を単純な瞬発力だけで避け、魔法も強大な力を見せつけてくれた。


(長いこと生きてきたが――生まれて初めての感情だな……)


 今日初めて会った――セレスにはそんなことは全く関係なかった。

 自分の好みにこんなにも当てはまる相手がいるとは思ってもいなかったのだ。


(オレは……お前に会うために人族の大陸を渡っていたんだな)


 そう思い込んでしまうほど、セレスの気持ちは高ぶっていた。



 セレスティーナ、一二〇歳――人族の十二歳、リュークに対して。


 生まれて初めて、恋というものを経験する。

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