第94話 危機


 精霊族は、四種族の中でも一番長命の種族である。

 一番短い寿命を持っている人族の寿命が長くても八〇歳というのに対して、精霊族の平均寿命は三〇〇歳というものである。


 しかもなぜかわからないが、人族と比べて老いるのが遅い。

 人族ならば早くて三〇、遅くても四〇を過ぎてたら老いを感じるものだが、精霊族は一七歳で成熟した後は二五〇歳ほどまで老いを感じることなく生きていける。人によっては全く老いを感じることなく寿命を迎えるということも少なくない。


 リュークと共に旅をしている精霊族のドワーフ、セレスティーナ――年齢は一二〇歳。

 もの凄く若い見た目をしているが、クラウディア国王やマリアナ王妃の二倍は生きているのだ。


 ドワーフの女性は身長がそこまで高くなく、骨格がしっかりしているために太って見えるという人が多いのだが、セレスティーナは身長も高くて顔も小さくスラっとした体型であった。

 その姿は女性としてとても魅力的であり、ドワーフという種族だけでなく美男美女が多いエルフからも称賛されるほどであった。


 もちろん、ドワーフやエルフの男性から好かれて交際を求められることが多かったが――セレスは交際などしたことはなかった。


 理由は至極単純――好みのタイプではないのだ。


 ドワーフの男性は色黒く、顔の彫ほりも深く髭なども濃くがっしりとした体型である。

 普通のドワーフの女性なら、より力強くがっしりとした体型を好むのだがセレスは違った。


 がっしりとした体型は好まず、むしろ細いほうを好んだ。髭なども鬱陶しいものであり無いほうが圧倒的に良いと感じていた。

 つまり、ドワーフの男性はセレスの好みとは正反対なのだ。


 しかし、エルフの男性は細い体型が多く美男であり髭なども全く生えない。セレスの好みの見た目に近いのだが、今度は性格の問題が出てくる。


 エルフという種族は自意識過剰な面があり、謙虚という言葉を知らない者が多い。

 全てにおいて自分が偉いという考えが本能のように染みついており、セレスにとってはそこが一番嫌なところであった。


 セレスは精霊族の大陸ではモテてはいたが、一度も自分が好きな異性に出会えることはなかった。

 このまま一度も恋愛という言葉を長い人生を終えるのかと思っていた時に――人族の大陸に行くことになり、セレスにとっては人生の転機となるものだった。


 街で遊んでいる子供を見てセレスの身体に衝撃が走った。

 ドワーフの子供はがっしりとした体型でおっさんぽい子供が多く、エルフの子供は親の英才教育を受けているのかすでに気色悪いほど自意識が高い。

 しかし、人族の子供はどの子も可愛い笑顔で遊びまわっている。ドワーフやエルフの子供とは似ても似つかない体型や純粋な笑顔であった。


 セレスは人族の港町の子供たちを眺めるのに夢中になっていた。

 特に夏場の子供たちの無防備に晒しだされた二の腕やふくらはぎなどは彼女にとっては最高の光景だった。


 しかし、ある日子供たちの親からセレスに苦情が入った。「浅黒のお姉さんが、自分たちを血走った目で涎よだれを垂らしながら見つめている」と子供たちが親に話したそうで、親が子供たちと一緒に遊んでみたら一目瞭然に危ない人――セレスがいた。


 それからセレスは何とか見つからないようにして遠くから子供たちを見ていた。

 だが、ずっとそんな生殺し状態でいたら欲求も溜まってくる。


 子供たちに話したい、触りたい、触られたい……などなど。


 要するにドワーフのセレスティーナは――人族の子供好き、という変わった性癖を持っているのだ。



 そして今回――人族の港町で依頼を受けることになった。依頼の内容はある人物を精霊族の大陸まで連れて行ってほしいというものだった。

 しかし、セレスは最初聞いたときは全く乗り気ではなかった。


「めんどくせえな……なんでオレなんかに頼むんだよ」

「その依頼人が精霊族の大陸に興味がおありのようで、向こうについた後も案内をお願い出来ればと思いまして」


 何回も取引をしてきた相手、人族の貴族のランス=アルベルラという男に今回の依頼について詳しく聞いてさらに乗り気ではなくなる。


「はあ? オレがあっちについた後も案内しろだって?」

「十分な報酬は払いますので、お願いできませんか?」


 セレスの性格は意外とめんどくさがりで、自分の利益にならないとこういった依頼を受けることはない。

 三日もかかって人族の大陸に取引の品と届けに行くことだって、人族の子供が見れるという利益がなければ絶対に引き受けていなかった。


 だから今回の依頼は自分の労働に見合った報酬がなさそうなので断ろうと思っていた。


「しかし、随分変わった依頼主だな。精霊族の大陸に行きたいなんて」

「そうですね……十二歳にしてSS級冒険者になられた方なのですが、見聞を広げたいとのことで――」

「――ちょっと待て、いまなんて言った?」


 ただの興味本位で聞いたことだったが――聞き逃せないことを相手が言っていたのでもう一度確かめる。


「はい……?」

「十二歳でSS級冒険者だと……?」

「はい、そうです。十二歳とは思えないほどの力を持っているらしく、なんでも木刀一本でバジリスクを倒したとか――」


 相手がなにやらまだ話しているが、セレスに耳にはその内容は全く入ってこなかった。

 ただ一言――『十二歳』という言葉が入ってきてからセレスは話を全く聞いていない。


 十二歳――人族の子供が身も心も大人へと成長する時期である。

 セレスにとって人族の子供の十二歳ぐらいの容姿は――ド直球に好みであった。


「だから今回、その報酬としてリューク殿には精霊族の大陸で刀を購入してもらうと同時に旅に出るらしいので、その同行をお願いしたいのですが――」

「やる。死んでもやる」

「え……よ、よろしいので?」

「ああ、絶対やる。いつだ? 今日からか? 明日からか?」

「い、いえ……そんなに急ではないですが、準備もあるので一ヵ月後ぐらいの予定です」

「くっそ、なんでそんなに遅いんだよ! ノーザリア大陸は待ってくれないぞ!!」

「ノーザリア大陸は動くのですか?」


 さすがに精霊族の大陸も動かないが、自分でも何を言っているかわからなくなっているセレスはそんなこと気にしていられなかった。



 ――そして今日、依頼主のリュークに会ってこの依頼を受けたことが正解だったと強く思った。


 港町でもここまでの美少年はいなかった。

 しかも港町を出てすぐにリュークの身体を触れる機会があり、そしてさらにリュークの裸に近い姿を見るという最高の出来事が起こった。


 性格も問題ない、むしろ初めて一緒にいて楽しいと思える男に出会えた。


 そして今――その男、リュークは自分の船で無防備に寝ている。


「もう……無理だろ、我慢の限界だ」


 今まで遠くでしか見られなかった男の子の身体を間近で見て、こんなにも近くにその身体があるのだ。


「ごめんな、リューク……寝ている間にちょっとだけだから。大丈夫だ、最中に起きても天井のシミを数えてればすぐに終わるから……」


 血走った目で寝ているリュークに近づいていくセレス。



 魔の森から旅に出て一番の危険が迫っているとも知らずに――リュークは規則正しい寝息を立てていた。


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