第93話 うまい


 港町を昼頃に出発して数時間経ち、夜になって二人は夕飯を食べていた。


 最初はすでに積んである食べ物、主にパンなどで日持ちが比較的に良いものを食べようとしていた。


 しかしセレスがやはり海に来ているのだから魚を食べたいとわがままを言って、リュークと一緒に長い時間釣りをしているが、そんなに都合よく釣れるわけがなかった。


「くっそー、こんなに長いことやっておいてボウズかよ! 釣りって釣り糸垂らしとけば勝手に魚が釣れるんじゃないのかよ!」


 リュークもセレスも釣りの知識は全くなく、二人は釣り糸の先にある釣り針にエサをつけないと魚はつれないなんてことを知る由よしもなかった。


「はあ……しょうがない、普通にパンとか食べるか」

「なあ、魚が手に入ればいいんだろ?」

「まあそうだな。一応魚は捌さばいたことはあるから手に入れば食えるが……」

「じゃあ、俺なりの魚釣りをしようかな」


 リュークは持っていた竿さおを置いて、船から少し身を乗り出して海面に手を入れる。


「少し危ないから離れてたほうがいいぞ」

「ん、わかったが……なにをやるんだ?」


 セレスが離れたのを確認してから――リュークは魔法を発動させる。



「――『雷撃ライゲキ』」



 ――瞬間、暗闇に覆われていた海面が白く光った。


「うおっ!? な、なんだ今の!?」


 セレスは突如光を発した海に驚いて腕で目を覆う。


「何をしたんだリューク!?」

「雷魔法で魚を気絶させたんだ。結構うまくいったな」

「雷魔法……ユニーク魔法か。珍しいもん持ってるんだな」


 セレスは雷魔法というユニーク魔法があるとは知っていたが、使用できる人を見たことがなかった。

 精霊族でもユニーク魔法を持っているというのは稀まれなのだ。


「おっ、結構でかいのが釣れたっぽいぞ」


 リュークが海の中を探知して気絶して浮き上がってくる生き物を感じる。


「魔力探知か、俺も見るか。どんぐらい釣れたのかな……」


 リュークが魔力探知をやっていることを知るとセレスも発動して海の中を見る。


「……おいおい、これってあいつじゃねのか?」


 浮き上がってくる生き物を感じて、セレスはある魔物を思い浮かべる。


 何匹か小さい魚が浮かび上がってくる中――とても大きな影が水面に浮かんでくる。


「やっぱり……ヴィスホエールじゃねか」


 夜の海に浮かんできた魔物は体長二〇メートルはあるクジラの魔物であった。

 暗くてよく見えないが横向きに浮かんできて、リュークとセレスが乗っている船と同じぐらいの大きさである。

 人族の大陸ではこの魔物は被害は少ないが、沖に出ると稀に遭遇してしまい、その際はほとんどの船が沈没するという理由からA級以上の魔物として知られていた。

 精霊族の大陸でもこの魔物の被害はあるらしく、セレスも今このヴィスホエールがここにいることにも驚いたが、それ以上にこの魔物を片手間に気絶させたリュークの魔法に驚気を隠せないでいた。


「よし、結構大きいの釣れたぞ。セレス、料理頼んだ」

「お前はバカか? この船と同じ大きさのこいつをどう調理すればいいんだ?」

「……なんとか、出来ないのか?」

「無理だ。まあこいつ以外にも手頃なのがいるからそれを取って食うか」


 セレスはヴィスホエールが美味く食えると知っていたために、悔しい思いだったが見逃すことにして他の魚を取ることにした。

 リュークが海面に手を付けて魔法を使おうとした時から船を止めていたので、ヴィスホエールが目が覚めてしまったら暴れて船が沈没する可能性がある。なのでセレスは魚を取ったらすぐに船を出発させた。


 十分に距離が取れてからセレスは料理を開始する。といっても、簡単に魚を捌さばいて身を醤油につけて食べるというものだった。

 しかし、それでも釣ったばかりの魚は新鮮で、刺身を食ったことのないリュークにとっては衝撃が走った。


「んー! 美味い! 魚ってこんなにおいしいのか!」

「釣ったばかりの魚は美味くないと聞くが、この魚は違うみたいだな。くー! 酒が欲しくなる味だ!」


 リュークの一番好きな料理が刺身に決まった瞬間であった。

 そして二人は夕飯を満足に終えることが出来て、ようやく眠りにつくことになった。


「リュークが先に寝ていいぜ。さすがに初めての船旅で疲れてるだろうし、オレは慣れてるからな」

「あんま疲れてはいないが……じゃあお言葉に甘えて」


 周りは何もない海だが危険がないとは限らない。見張りをどちらがするかの話になり、ここは船旅に慣れているセレスが先にすることになった。

 もちろんリュークはこのくらいの旅で疲れなどは全くなかったが、船での危険を察知する能力はセレスのほうが高いと思い先に寝ることにした。

 しかも、リュークは寝ていてもある程度の危険を察知できるのでいざというときは起きることが出来る。


「じゃあおやすみ、セレス」

「おやすみー、良い夢見ろよ」


 リュークは船の中に入っていき、異空間からベッを取り出して眠りにつく。


 セレスは外で船の進行方向を見て、無事に精霊族の大陸に向かっていることを確認してから見張りにつく。



「……ふっ、ふふふ、あはははっ!」


 すると突然――セレスがこみ上げてくる笑いを抑えられないように声を上げて笑い出した。


「はぁ……ダメだ、まだあいつは寝てないかもしれない。今はまだ……我慢しろオレ」


 そう言いながらも笑いをこらえきれないみたいで、ニヤニヤと笑っている。


「ここまで上手くいくとはな……オレの演技は天才的だな」


 空を見上げながら、この後することに対して心を躍らせるセレス。


「あと一時間ほど待つか……そうしたら――お楽しみの時間だ」


 ニヤッと笑うセレスの顔はこの海のど真ん中で暗闇に紛れて、誰も目にすることはなかった。

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