第92話 無反応


 セレスはなんとかリュークを引っ張って船まで戻ることが出来た。


「はあ……はあ……疲れた。大丈夫かリューク?」

「ああ……悪かった、セレス。お前こそ大丈夫か?」


 セレスは船の上で大の字になって息も絶え絶えで疲れていた。

 服を着ていたので海水を吸って重くなっているリュークを約二〇〇メートル引っ張って泳いだからだ。


 一方リュークはそこまで疲れた様子はない。

 リュークは自分が泳げないとは知らなかったが、自分が泳げないとわかると海水を飲まないようにして、息も止めていたので体力的には問題なかった。

 普通なら波に流されてしまって船が遠くなってしまい、焦ってなんとかしようとするが海水を飲み込んでより一層まずい状況になるのだが、リュークは落ち着いていた。


 なぜか溺れかけていたリュークは無事で、助けに行ったセレスのほうが危機的な状況に陥るという訳が分からないことになっていた。



 しばらくするとセレスも落ち着いてきたのか、上体を起こして座ってリュークに話しかける。


「しかし……リュークが泳げないとは思わなかったぞ。悪かったな、ふざけて落としてしまって」

「いや、大丈夫だ。俺も自分が泳げないとは思わなかった。ノーザリア大陸についたら練習しないとな」


 リュークがカナヅチは理由は単純で、今まで泳いだことがなかったからだ。

 両親と過ごしていた魔の森は湖もないので泳ぐところはなく、旅に出た後も泳ぐ機会などなかった。


「知らなかったのか……それにしても、よくお前はあんな状況で落ち着いていられたな。初めて泳いでできなかったら焦るだろう」

「まあ少しは焦ったが……これくらいで焦ってたら死ぬようなことをしてきたからな」


 今まで剣神と魔帝以外に生きて帰ってきた者がいない『魔の森』で生きてきたリュークにとっては、このくらいの非常事態は焦るほどではなかった。


 実際、セレスが助けに来なくてもリュークには時空魔法がある。『次元跳躍ワープ』が出来るので、船の上に戻ることは出来た。


「くっそー、お前のせいでズボンがビショビショになっちまったよ」

「いや、本もとをただせばお前のせいじゃないか?」


 リュークの言い分を聞き流しながらセレスは座ったまま腰を浮かしてビショビショになったズボンを脱ぐ。

 引き締まった足が無防備にさらけ出され、黒のパンツにサラシという大胆な恰好でリュークに隠す気もなく歩き回る。


「俺も脱ぐわ……服が肌に張り付いて気持ち悪い」


 リュークもセレスの目を気にした様子もなく、濡れた服を乾かすためにパンツ一丁になる。

 十二歳とは思えないほど引き締まった身体がセレスの目に入り感嘆の声を上げる。


「おー、やっぱり鍛えてる身体だな。やはりリュークは強いんだな」

「そうか? まあ小さいころから鍛錬ばっかしてたからな」


 セレスは会った時からリュークはある程度の実力者だとは見抜いていた。

 リュークが船に初めて乗った時、揺れる船に飛び乗ったというのに体幹が全くブレていなかった。


 先程ふざけて斧をリュークに振り下ろしたが、斧の存在に気付いた後の回避行動が速すぎてセレスには見えていなかった。


「セレスは服の替えはあるのか? 無いなら俺が魔法で乾かすが」

「んー? いや、あるから大丈夫だ」

「そうか、わかった」

「というか……リュークは女の身体を見ても反応しないのか?」

「反応? 何に反応すればいいんだ?」


 リュークは今まで両親と三人で過ごしてきたので、女性に対してそういった劣情などを覚えることはない。

 しかも両親はお風呂を出たあとなどは裸で過ごすことが多かったので、女性の裸を見ることは慣れているのだ。

 むしろアンやアナが風呂から出たあと、しっかり服を着ていたことに驚いていたぐらいだった。


「へー、人族の子供は『ませてる』って聞いていたがそうでもないのか?」

「よくわからないが……」

「まあいいや、とりあえず着替えてくるわー」


 そう言ってセレスは服を取りに船の中に入っていく。

 リュークも船の中に入らずに外で風魔法と火魔法の混合魔法を使って温風を出して服を乾かしていく。


「よし、着替えたぞー。あっ、そういえば海水に濡れた服はしっかり水でもう一回洗って乾かさないと菌が繁殖するぞ」

「それ先に言えよ、もう乾かしちゃったぞ」

「悪い悪い。まあもう一回水で濡らして乾かせばいいだけだから」


 笑いながら謝るセレスを見てため息をつきながら、リュークは水魔法で服を濡らしてまた温風で乾かしていく。


「ほー、お前は魔法も使えるのか。しかも三属性も」

「三属性じゃなくて六属性使えるぞ」

「そうなのか、人族はあまり魔法適性がないと思っていたがな」

「精霊族のセレスにとってはそうなのかもな」

「リュークには負けてるかもしれないがな」


 セレスもドワーフという精霊族の種族なので、普通の人族よりかは魔法適性があるほうだ。

 実際、ドワーフの中でもあまり魔法が得意ではないセレスでも三属性の魔法が使えて、特にドワーフのほとんどが得意とする火魔法はS級冒険者のアメリアよりは断然上である。

 さすがにアメリアが得意とする水魔法にはセレスは勝てないが、他のドワーフやエルフ、水魔法を得意とする精霊族の『ウンディーネ』にはアメリアでも勝てないだろう。


「あ、そういえば船を止めたままだったな。今から動かすから待っててくれ」


 もう一度セレスが船の中に戻ってしばらくすると、波に揺られていただけだった船が動き出した。


「これで大丈夫だ。今度は落ちるなよ、リューク」

「だからさっきのはセレスのせいだろ」



 船の上で二人は穏やかに話していたが――この後すぐに、この穏やかな空気は無くなり船の上が混乱に陥るとは二人は思わなかっただろう。


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