第91話 初めての海
「オレはセレスティーナ――ドワーフだ!」
船から降りてきたその女性はそう言ってリュークに手を差し伸ばした。
腰まである流れるように綺麗な黒髪を後頭部で一つにまとめて大雑把に垂らしている。
リュークと並んで立っているが少しリュークより高い。勝ち気で強気そうな切れ長の目で眼光が少し鋭いが、明るい笑顔に緩和されていて魅力的な一面になっている。
胸の部分をサラシのようなもので巻いて隠しているだけで露出している肌の面積が多い。下は黒の長ズボンで、少しダボついていて動きやすい服になっている。
ドワーフという種族の特徴、褐色の肌も持っているが大胆に露出している肌は扇情的である。
「ああ、よろしく。俺はリュークだ」
リュークは差し出された手を握り返しながら挨拶をした。ランスには敬語で話していたが、その女性――セレスティーナが友好的に接してきたのでリュークもタメ口で話す。
「アンタのことは知ってる、人族の『アーベン』だろ? 噂は聞いてるぜ」
「あーべん? どういう意味だ?」
「冒険者って意味だ。精霊族の大陸にも人族の冒険者と同じような奴らがいるからな。そいつらのことを『アーベン』と呼ぶんだ」
「なるほど、そういうことか」
お互いの自己紹介が終わったところでランスが話を切り出す。
「リューク殿、今回の船旅に同行するのは彼女です。ドワーフの彼女なら精霊族の大陸まで行くのも、到着した後も案内ができるでしょう」
「そういうことだ。これからよろしくな!」
「ああ、こちらこそ」
「じゃあ早速行くとするか! 船に乗ってくれ!」
セレスティーナは船から降りてきた時と同じように、今度は地面から飛んで船に乗り込む。
リュークもそれに続いて飛んで船の上に着地する。
「……へー。お前は船は初めてだよな?」
「ん? まあそうだな。海を見るのも初めてだ」
「そうだよな……なかなかだな」
「なにがだ?」
「いいや、なんでもない! じゃあリューク、人族の大陸にはもうおさらばだ。何か言い残したことはないか?」
リュークは今もう船の上にいる。これから精霊族の大陸に行って、その後も旅を続けるということは――もう人族の大陸は長いこと踏めなくなるのだ。
「うーん、なんだろう……。あっ、そうだ。ランスさん、クラウディアさんとマリアナさんによろしく伝えておいてください、お世話になったって」
「かしこまりました。無事を祈ります、リューク殿」
「ありがとうございます。よし、大丈夫だ」
「わかった、じゃあ――出航だ!」
船の中にいるセレスティーナが何かスイッチのようなものを押すと、船は動き出す。
最初はゆっくり徐々に……そして速くなっていき、人族の大陸から離れていく。
リュークは揺れている船の上に立って、遠のいていく大陸を眺めていた。
数分したところで人族大陸がリュークの目から豆粒程度にしか見えなくなったところで、船の中からセレスティーナが出てきた。
「よし、ようやく船の進行が安定した。この速さで三日間進めばノーザリア大陸に着くぞ」
「わかった。これからよろしくな、セレスティーナ」
「セレスでいいぜ。長ったらしくて呼びにくいし、オレもリュークって勝手に呼ぶからな」
セレスはそう言っていたずらっぽく笑い、リュークもそれに釣られて笑う。
一見馴れ馴れしく、人によっては失礼に感じるかもしれないが、セレスの人柄のおかげか不快感はなく、逆に好感を持てる。
「リュークは刀を買いにユーコミス王国に行くんだよな?」
「ああ、そうだ。前に使ってたのが魔物と戦った時に折れたからな」
「そうなのか。いやー、リュークが使う武器が刀じゃなかったらオレが作ったのにな」
「セレスは鍛冶師なのか?」
「ああ、ユーコミス王国で鍛冶師をやってる。多少なり顔が利くから、良い刀を作る鍛冶師紹介してやれるぞ」
「それは助かるな。そういえばセレスは人族の大陸にはよく来るのか?」
その質問をリュークはさりげなくそセレスに問いかけた。
「ん? そうだな……そこまで頻繁にではないが、お前がいたサザンカ王国と取引をしてるからな。時々来て剣やら取引の品を渡してるぞ」
「そうか……」
「今回もその件でこっちに来た時にリュークをユーコミス王国に連れて行ってくれと依頼されてな。ついでにお前を連れて帰るって感じだ」
リュークは表情など、雰囲気を一切変えないで今の質問をした。
セレスは単なる世間話程度だと思っているが、リュークにとっては今の質問はだいぶ踏み込んだ質問だったのだ。
なぜなら――精霊族がマリアナ王妃に呪いをかけた可能性があるからだ。
もちろん魔人族の可能性もあるが、頻繁にこの人族の大陸に来ているという精霊族のユーコミス王国が一番可能性としては高いのだ。
今のところセレスは人当たりがよさそうな性格で、怪しいと思えるところはないが……リュークはまだ犯人ではないと断定はできないと考えている。
「オレが作ってるのは斧やら大剣で大きめの武器なんだ。例えば……こういうのとかな!」
リュークはそんなことを考えていたので少しぼうっとしてしまった。
そこへいきなり――セレスが頭めがけて両手斧を振り下ろしてきた。
「っ!?」
リュークは少し油断していたのもあって反応が遅れてしまう。
いつもなら余裕をもって避けられる速さの攻撃に対して過剰に回避反応をしてしまう。
波で揺れている船の上を力強く蹴って飛び退く。
すると――。
「あっ! バカそっちは!」
「えっ……」
リュークが着地しようとした場所には足場はない。そこは海の上である。
思い切り水しぶきを立ててリュークは海に飛び込んでしまう。
「やっべ! スイッチ切って止めないと!!」
セレスは慌てて船の中に戻り船のスイッチを切ってリュークを落としてもまだ進んでいる船を止める。
船を止めたセレスは外に出てリュークを確認すると、二〇〇メートル離れたところにリュークがいる。
「おーい、リューク! 悪かったな! ちょっとした悪ふざけのつもりだったんだ!」
船の上からセレスがリュークに大声を出して手を振ると、リュークも手を振り返してくれた。
「しっかし……あはは! そんなに驚いて避けて、海にまで落ちるとは思わなかったぞ!」
腹を抑えて笑っていたセレスだったが、何かリュークの様子がおかしいことに気付いた。
「ん……? 早く戻って来いよリューク!」
大声でリュークにそう呼びかけるが……リュークは近づいてくる様子はなく、逆に波に流されて遠くに行ったり波に飲み込まれて沈んだりしている。
「えっ……まさかお前泳げねのかよ!! 早く言えよ!!」
笑っていたセレスが血相を変えて海に飛び込んで離れていくリュークを追いかける。
SS級冒険者、剣神と魔帝の息子のリューク。
まさかの――カナヅチであった。
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