第89話 港町へ
「噂には聞いていましたが……まさかこれほどとは」
ランス=アルベルラという貴族の男は目の前で繰り広げられた戦いにただただ驚愕していた。
その男は王都で主に武器の流通や取引についての仕事をしていたので、自ら他の国や街に行く機会が多かった。
そのため、護衛としてB級以上の冒険者を雇うことが多くあり、強い冒険者を数多く見てきたという経験がある。
今回は王都から馬車で約一週間程かかる海に面した港町に行き、船で海を渡って精霊族のノーザリア大陸に渡るという予定である。
一週間の長旅とあって危険はつきものであるために、B級冒険者を五名、A級冒険者を三名、S級冒険者を一名雇って旅に同行してもらうことにした。
これでも少ない方だと思ったが、今回の旅には剣神と魔帝以来のSS冒険者がいるのでこの人数でも大丈夫だと判断した。
長旅には資金がかかるために、少しでも人件費を減らそうと思ってのことだった。
しかし――ランス=アルベルラはその考えが正しくなかったと認識させられた。
先程、空から黒大鷹ブラックホークの群れが襲ってきたのだ。
黒大鷹ブラックホーク。
翼を広げた際の全長は約三メートル。全身は黒羽で真っ黒、眼だけは鮮血のような真っ赤な色をしていた。
とても素早く、空から襲ってくるので躱すことは出来たとしても反撃することは難しい。
一体だけでもB級に分類されるような魔物だが、群れになるとA級冒険者でも倒すのは難しい。
当然、ランスは雇った冒険者全員に討伐してもらうように声をかけたが……SS級冒険者、リュークが一人でやると言って他の冒険者に手を出させないようにして自分一人で黒大鷹の群れの中に飛び込んでいった。
そして数分後――ランスの目の前には黒大鷹の死体が山のように積まれていた。
全てリュークが一人でやったことであった。
「うーん……やっぱり慣れてない木刀だと感覚が違うな」
この光景を作り上げた張本人は自分の戦いに不満を持っているらしく、魔物の死体の前で木刀を振って感覚を直そうとしている。
ランスの目の前で起きた戦いは言葉にするのは簡単であった。
ただリュークが、自分めがけて空から猛スピードで襲ってくる黒大鷹を一匹ずつすれ違いざまに斬ったのだ。
その作業のようなものを黒大鷹の数だけやったのだ。
傍はたから見ると簡単そうに見えるが、普通の人間が避けるのが困難なスピード持った魔物をすれ違いざまに正確に斬りつけるなど考えられなかった。
ランスは雇った冒険者の人件費、全てがリュークがいることによって無駄になったことを今理解した。
リュークは黒大鷹の群れの死体を異空間に入れてから馬車に戻る。
「さすがね、あんた……あの群れをたった数分で」
馬車で待機していたA級冒険者――サラがリュークに声をかける。
「そうか? サラなら雷魔法で一発だろ?」
「あの魔物は魔法の反応に敏感なのでサラが魔法を撃とうとしたら襲ってきます。それにあの素早さなら何匹かは撃ち漏らすと思います」
「うちもあのスピードで襲ってきたら、すれ違いざまに短剣で斬りつけるのは無理かな~」
サラの姉である、テレシアとエイミーも話しかける。
やはりリュークは自分の強さについてあまり理解してないのか、不思議そうな顔をしていた。
「リュークよ、次は私達も戦うぞ。お前が全部やっていたら何のために雇われたのかわからないからな」
「ああ、そうだな。さっきのは替えの木刀の試し斬りだったから俺一人でやってみたかったんだ。これから出てきた魔物は普通に戦ってくれ」
「そうさせてもらうよ」
S冒険者、アメリアが次の戦いに向けて気を引き締めていた。
今回、ランス=アルベルラが雇った冒険者はアメリア達だったのだ。
B級冒険者もいるが今は違う馬車に乗っていて、リューク達は同じ馬車でこの旅の護衛をしていた。
リュークは港町まで行ったら精霊族の大陸へと渡るが、アメリア達は港町まで着いたらそこで依頼は終わって精霊族の大陸に行くことはない。
そして一週間ほど旅を続け、今回の目的地である港町に辿り着いた。
リュークが一人で戦った後も何回か魔物に襲われたが、リュークとアメリア達、それにB級冒険者とも協力して魔物を倒した。
港町は王都よりは低い外壁だが、それなりに発展しているので立派な外壁をしていた。
そして――リュークとアメリア達はここで別れることになる。
「リューク……ここでお別れだな」
「ああ、そうだな」
「また会いましょう、リューク様。お元気で」
「じゃあね~、リューク君! また会おうね~」
「テレシアとエイミーも元気でな」
「……精霊族の国で勝手に死なないようにね」
「そんな簡単には死なないから大丈夫だぞ」
「さらばだ、リュークよ」
「ああ、じゃあなアメリア」
そしてリュークとアメリア達は別れを済まして、リュークはランスと共に港へ。アメリア達は依頼達成を報告にこの港町のギルドへと向かった。
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