第84話 偉大さ
――ヴェルノの街を東へと数キロ、通称『初心者殺しの森』。
そこの森で依頼をこなしている冒険者が二人――アンとアナである。
依頼の内容はこの森に住む魔物、ゴブリン、コボルト、そしてヴァンウルフ、それぞれ五匹の肝を取ってくるというものである。
二人は今までは森に入らずに手前の草原で鍛錬をしていたが、依頼を効率よくこなすためには森に入って魔物を捜索しないといけない。
アンとアナは慎重に――極力足音を立てずに進んでいく。
今までは森に入らずに、視界が広くて全方位見渡される場所で魔物と戦っていた。
しかも草原にいた時は森からしか魔物は来ないので、絶対に不意を突かれて攻撃を受けることなどなかった。
しかし――ここは木や葉が生い茂っている森の中。草原とは違い、視界を遮る草木の枝や葉。二人は草原との違いに最初は戸惑ったものだった。
戦いにおいて、先手を取るというのは重要である。
後手に回って反撃狙いというのもあるが、アンとアナにはまだ難しい。
魔物との戦いで不意を突かれて攻撃をされれば、致命傷ではなく少しの傷でも動揺は覚える。
その動揺から魔法の集中ができなかったり、二人でいるところを分断されてしまう可能性もある。
既に二人は森での戦闘の恐ろしさを学んでいるので、喋ることなど一切せず、二人で周りを見渡しながら進んでいく。
そして――。
「っ! アナ、十時の方向にヴァンウルフよ」
「ん……わかった。お姉ちゃん、先制攻撃」
「任せて」
アンは魔力を収束させ、十メートルほど先にいてまだこちらに気付いていないヴァンウルフの群れ、三体に向かって魔法を放つ。
「『風刃シャイド』!!」
不可視の刃が魔物たちに向かって飛ばされる。
三匹のヴァンウルフを風の刃が一体は頭を斬り裂き、もう一体は胴体を真っ二つにして絶命させる。
一体だけは足を斬り裂いて絶命までには至らなかった――しかし、間合いを一気に詰めていたアナが薙刀で首を両断をした。
「ふぅ……」
「アナ、早く解体しなさい」
「はいはい、わかってますよー」
アナは薙刀を背中に担かついで、懐から短剣を取り出す。
そしてそのまま三体のヴァンウルフの解体に入る。
その間、アンは周りの警戒をしている。
「……よし、終わったよ」
「じゃあ、帰りましょう」
「うん」
アナがヴァンウルフの肝と他の素材も少しだけ取りだして、持ってきていた袋に入れる。
今日はこれで依頼の素材を取り終わったので帰ることにする。
森を出る時も周りの警戒を忘れない。油断をせずに来た道を戻って……帰り道は魔物に出くわさずに草原に出ることが出来た。
「はぁ……疲れたよ……」
森を出て視界が広がったことにより、緊張が解けてアナがため息を吐く。
アナもアンほどではないが疲れていたようで、少しため息を吐いていた。
「はぁ……お疲れアナ。解体は毎日交互にやってるから、明日は私がやるわね」
「うん……お兄ちゃんがいた時は解体の必要はなかったんだけどね」
リュークは時空魔法で異空間に魔物をしまうことが出来る。なので魔物を殺したら全て異空間に入れて、ギルドに持っていけば解体をしてもらえていた。
しかしリュークがいない今、二人は殺したときにその場で解体をして素材を取り出さないといけなくなったのだ。
「やっぱりそう考えるとリュークの魔法は凄いわよね」
「アメリアも異空間あるらしいけど、お兄ちゃんほど異空間の空きが大きくないからやっぱり解体はするって言ってたよね」
二人は森の前の草原で一息つきながらリュークの話をする。
いつも二人は気が付いたらリュークのことを話している状態であった。
「……早く会いたいな」
「そうね……一週間前ぐらいに一度戻ってきたけど、すぐに王都に出発したからあまり話せなかったわね」
「うん……早く帰ってこないかな」
二人は寂しそうにそう言いながら、ヴェルノの街へと戻る。
戻るときも、リュークに言われたことをしっかり守って走って帰っている。
鍛錬の最初は走り終わったころ、二人は息も絶え絶えで地面に倒れるほど体力がなかったが、今では息が切れて疲れは見えるが、すぐに息を整えられて歩けるようになっているので、一ヶ月前とは比べものにならないほど成長していた。
ヴェルノの門に着いて街に入る。もう日が暮れるような時間帯で、商店街の道には夕飯の食材を買いに来ている人達などでまだ少し人がいる。
昼間よりは人だかりの少ない商店街の道を抜けてギルドに二人は入っていく。
いつもならメリーに話しかけて依頼達成の報告をしていたが、最近はいないのでメリーの先輩の受付嬢に話しかけて依頼達成の報告をする。
ゴブリン、コボルト、ヴァンウルフ、それぞれ五匹ずつの肝を取りだして提出する。
依頼達成の報酬のお金を口座に預けてもらって、二人はギルドを出る。
二人は商店街の方に向かって、いつも通りフランの店に向かう。今回の依頼のついでにフランに頼まれた素材を取ってきたので渡すためだ。
フランの店に着いて、中に入る。扉を開けた際のベルの音に反応して中にいるフランも扉の方向を見て二人だと気づくと笑顔で迎え入れる。
「いらっしゃいませ、アンちゃん、アナちゃん」
「フラン、頼まれてたものよ」
「ありがと、二人とも。いつも安く提供してもらって私助かっちゃうわ」
「ついでに取ってこれる素材ばっかりだからねー」
フランは素材を受け取って量や質などを確認し始める。
「うん、ありがとね。今お金の準備するからね~」
確認が終わりフランは報酬を用意して二人に渡す。アンがそれを受け取って懐に入れるが、フランは二人が元気がないことに気付く。
二人が元気がない理由を既に分かっているフランは優しく微笑みながら二人を元気づけようとする。
「二人とも、そんな顔してたらリューク君も悲しむよー。もっと笑顔でいないと」
「……うん、そうだね」
「まあそうね……」
口ではそう言っているが二人はまだ落ち込んでいるような様子だった。
「そろそろ帰ってくると思うよ、リューク君は。依頼は薬を届けたら終わるかもって言ってたから」
「そうだといいんだけどねー」
「ええ、そうね」
そしてアンとアナはフランの店を出て家路につく。
昨日商店街で買い物をしたばかりなので、夕飯の材料は家にあるからそのまままっすぐ家に帰る。
家に着くころにはすっかり日は沈んでいて、辺りは暗くなっていた。
「……あれ?」
アナが家が見えてきたときに異変に気付いて不思議そうに声を上げる。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、家から明かりが漏れてるんだけど……」
「えっ?」
アンも家に方向を見ると確かに家の窓から明かりがぼんやりと漏れていた。
――もしかして……!!
二人は顔を見合わせて同じことを考えたのか、一緒に走り出す。
全速力で走って家に着くと勢いよく扉を開ける。
――すると台所には一人の男が立っていた。
男が扉の開く音に気付いて振り向くと、アンとアナの姿を確認して声をかける。
「おかえり、アン、アナ」
男――リュークは笑顔で二人にそう言った。
「リューク!!」
「お兄ちゃん!!」
アンとアナは一斉に走ってリュークの方に飛び込む。
リュークはびっくりしたが、二人の抱擁を受け止める。
「リューク……おかえりなさい」
「お兄ちゃん、おかえり!」
リュークが言った言葉を二人はリュークに向けてもう一度告げた。
「……おう、二人とも。ただいま」
しばらく抱き合っていると、アンが落ち着てきて恥ずかしくなったのかパッと離れる。
「そ、その……リューク、ごめんね、いきなり抱きついちゃって。ほら、アナも離れなさい」
「……はーい」
少し名残惜しそうに離れるアナだったが、すぐに興奮したようにリュークに話しかける。
「お兄ちゃん、話したいこといっぱいあるんだからね!」
「おう、そうか」
「そうね……今回の依頼のこととか私も聞きたいわ」
アンもアナも今回の依頼について聞きたいことがあるらしい。
「どんな依頼だったの? 何か良い経験になった?」
「そうだな――」
リュークは今回の王都の依頼について思い出す。
バジリスクとの戦闘や呪い、いろんなことを学んだことが出来た依頼だったが、最も学んだことは――。
――クラウディア国王のマリアナ王妃への想い。そして民衆がクラウディア国王に向ける信頼。
それらを総じていえば、今回の依頼でリュークは――。
「――『愛』ってやつの偉大さを知ったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます