第82話 黒幕の可能性


「ユーコミス王国――精霊族の国だ」


 クラウディアはリュークにそう告げた。


「精霊族……」


 リュークがそう呟くと、貴族の方がリュークが不安になったと思ったのか説明をする。


「種族が違うと言っても、ユーコミス王国は種族差別意識が薄い国です。ドワーフの方々が多い国ですが、エルフの方々もいます」


 精霊族の国は普通はドワーフやエルフの国など、共存している国はほぼない。交流はあるかもしれないが、同じ国に住むことはあまりないがユーコミス王国は例外で、ドワーフやエルフなどが共存している国である。

 獣人族もそれに近く、精霊族より多数の身体的特徴の差異――犬族や猫族、狼族などの人たちがいるので大きな国などはあまりなく、それぞれの村や集落に分かれている。


「いや、それはあまり心配してないのだが……」


 リュークはチラリとクラウディアの方に目を向ける。

 クラウディアも目を合わせて、リュークの目線の意味を受け取る。


 リュークが先日、クラウディア一人に話したこと。ここにいる人の中で二人しか知らない。



 ――マリアナ王妃の呪いを仕組んだのが精霊族の可能性がある。



 その考えがリュークとクラウディアの頭には浮かんでいた。


 しかし、それを否定するようにクラウディアが言う。


「ユーコミス王国は前から我が国と交流を取っている。他種族の国だからと言って心配することはない」


 ――クラウディアは自分で言ったことだが、自分が一番安心できないでいた。


 自分の妻のマリアナを呪いにかけた者がいるかもしれない国……いや、そこの国だけではないが、精霊族や魔人族がいる国に少し偏見を持つようになってしまった。


 一国の王としてこれではいけないと思うも――愛する人を失いかけた一人の男として、どうしても精霊族や魔人族に偏見を持ってしまう。


 クラウディアがそう考えていると、リュークはその話を持ち掛けた貴族に話しかける。


「その国に……俺は行ってもいいのですか?」

「君が……? どうして? 私が交渉すれば刀は手に入りますよ」

「いえ、それでは良い刀は手に入らないんです。刀……いえ、多分剣も同じですが、人それぞれあった刀や剣があります。しっかりとそれを見極めるために自分の眼で見て、扱って確かめないと」

「そうですか……わかりました。妥協なしで刀をお選びください」

「ありがとうございます」


 リュークは精霊族に黒幕がいると承知で、ユーコミス王国に行くことにした。


 リュークのその決断にクラウディアは驚くが顔に出さないようにする。


 そして謁見はこれにて終了となり、リュークとアメリア達は玉座の間から退出する――。



 ――謁見後、リュークとクラウディアはまたもや応接室で話していた。


「いいのかい? リューク君。精霊族は……」

「――黒幕がいる可能性があることはわかっています。だから行くことを決めました」


 クラウディアは心配して問いかけたが、リュークはそれをわかった上で行くと答えた。


「俺なら黒幕の存在を知っているし、それが誰かも見破ることが出来るかもしれません」

「……そうか、わかったよ。君が言うのなら任せるよ」

「はい……と言っても、ユーコミス王国に黒幕がいるのかわかりませんし、精霊族ではなく魔人族の可能性もありますからね」

「そうかもしれないが、警戒しないといけないことには変わりはない。気を付けてくれよ、リューク君」

「はい、ありがとうございます」


 ――そしてリュークは王城を後にした。




「おい貴様!! 何をやってるんだ!!」


 ある場所――ある貴族の家と言っておこう。

 その貴族の家の長である男は、目の前に座っている男に怒鳴っていた。

 優雅に座っている男は怒鳴りつけられてるにも関わらず落ち着いて優雅に紅茶を飲んでいた。


「どうしてくれるんだ!? 貴様のせいだぞ!!」

「何がです? 私は正確無比に依頼を遂行すいこうしたまでです」

「出来てないではないか!? マリアナ王妃は生きているぞ!!」


 怒鳴りつけられている男は依然として座ったまま紅茶を飲んでいる。


「俺は貴様にマリアナ王妃を呪いにかけて殺せと依頼したはずだ!!」

「おっと、捏造ねつぞうはやめて欲しいですね。私は『あの女を呪いにかけて欲しい』としか依頼は受けておりません」

「呪いをかけられた奴は死ぬのではないのか!?」

「それは違いますね。呪いの症状は人それぞれ。全身の穴という穴から血が止まらなくなる呪いや、心臓を含めて全身の動きが止まる呪いなど、色々な呪いはありますが……直接死に至らしめるような呪いは存在しません。血が止まらなくなったり心臓が止まれば死にますがね」

「ふざけるなぁ!! 貴様には莫大な金をやってやったんだぞ!!」

「依頼はきちんと遂行しました」

「俺が望んだ結果と違う!! 渡した金は返してもらうぞ!!」


 貴族の男が激昂げっこうして男にずっと怒鳴っていると――。


「うっ……!? かは……!!」


 いきなりその男が首を抑えて苦しみだした。


「――うるさいですね。私が紅茶を飲んでいる間ぐらい静かにしなさい」


 男は座ったまま紅茶をただ飲んでいる。

 何もしている様子はないが――貴族の男は上から『見えない何か』に押しつぶされているかのように地面に這いつくばりだした。


「がっ!? や、やめ……!」

「ただでさえ貴方が出す紅茶はマズいのに、さらにマズくなってしまいます」


 這いつくばっている男は何とか立ち上がろうと腕に力を籠めて地面を押そうとするが――腕がへし折れて立ち上がることは出来ずに硬い床と『何か』に押しつぶされそうになっている。


「調子に乗らないでくださいね、下等種族が。私にかかれば貴方など――指一本も使わないで、こう出来ることを思い知りなさい」

「まっ――」


 男が何かを言う前に――グシャ、という音が響いて、座っている男の頬に血が飛び散った。

 そして男はもう二度と喋ることは出来なくなった――。


「下等種族の血が……汚いですね」


 豪華なカーペットがおびただしい量の血で赤く染まる中、座っている男は自分の頬に付いた血を丁寧に拭き取る。


「しかし――まさか呪いを解かれるとは思いませんでしたよ。下等種族の中にも多少は優秀な人材はいるようですね」


 その男の研究では呪いはかけるより、解く方が断然に難しいという結果が出ている。

 呪いをかけることなんて少し――その男にとっては少し練習すれば出来ることで、呪いを解くのは限られた方法しかない。


「私達の研究結果が下等種族のところまで漏れているというのは考えにくい。つまり――下等種族の誰かが、私達も知りえない呪いを解く方法を探し当てたと」

「ふふふ、素晴らしいですね……しかし、呪いを解き方をこの国は公表するつもりはないらしいですね。ただの馬鹿か……それとも何か考えがあるのか」


 その男は少し考えるが――今は考えてもしょうがないと思ったのかすぐに思考を止める。


「まあいいでしょう。呪いを解いた方法を考えた方にも興味はありますが……それ以上に、あの男。確か――リューク、でしたかね」

「面白い男だ。人族という下等種族にしておくのがもったいないほどに」


 男は笑いながら言った。



「いつか……話してみたいものです。そして――私達の邪魔をするなら殺しましょうか」



 そして男は音もなく、その場から姿を消した――。


 

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