第80話 王
「お、王城の外で――暴動が起こっております!!」
バルトロがそう叫びながら応接室に飛び込むように入ってきた。
内容を聞いたクラウディアは冷静に対処するべく立ち上がって、バルトロに状況を確認する。
「王城の外……ということは、この王城を周りを民の皆が囲っているということか?」
「は、はい……その通りでございます」
「規模はどのくらいだ?」
「か、数えきれないほどで……おそらくこの王都にいる住民がほとんど集まったような状態で……」
「そんなにか……」
理由は――?
クラウディアはそう聞こうとしたが、そんなの聞かなくてもわかった。
自分の王を退位するという問題についてだろう。
おそらく、いきなり説明なしに王を退位すると言っている自分の身勝手さを恨んでのことだろうと、クラウディアは考えを巡めぐらした。
応接室の扉をバルトロが開け放ったので、今まで聞こえてこなかった怒号などが響いてくる。
「鎮圧のために貴族に呼び掛けてくれ。貴族の皆が持っている部隊を借りて、王城にいる部隊も動員して鎮圧部隊を作ってくれ」
クラウディアがバルトロにそう指示したが、バルトロは言いにくそうにその指示に応える。
「そ、それが……貴族の方々も、この暴動に参加しておりまして……」
「っ!? そうか……」
「そして……王城にいる部隊達もこの暴動を止めずに参加してしまいまして……」
――バルトロのその報告に、足の力を失って倒れこむのを何とか耐える。
貴族の皆にも裏切られ、自分直属の部隊にも裏切られてしまって、クラウディアはもう打つ手なしであった。この暴動を止める術がクラウディアにはなかった。
信頼していた貴族の方々、部隊の人々に裏切られてしまって呆然としてしまい、自分はそこまですぐに裏切られるほどの信頼関係しか築けていなったのか――。
――そう思考していたクラウディアだが、すぐに間違えであることに気付く。
(――裏切ったのは、僕の方だ)
自分が何の相談もなく王を退位すると勝手に決めたことを、貴族たちは憤慨ふんがいしているのだろう。
この暴動を止める手段は自分にはなく、このままでは王城に入り込まれ――自分は最悪、殺されてしまうだろう。
なんとか……せめてマリだけでも――
そう思ってリュークにマリを逃がしてくれるように頼みこもうとしたが、自分の手を……包み込むように握ったマリの方を向く。
「あなた……」
マリは全てを見透かしたように――今自分が考えたことすら理解しているかのように、自分の眼を真っすぐと見て頷く。
「あなたについていきます……たとえ地獄でも、私わたくしはどこまでも――」
――あなたが国を捨てて、私を支えてくれたように。
「――死が二人が別つまで……あなたの傍に……」
マリアナはクラウディアと共に死ぬ覚悟が決まっていた。
クラウディアはマリのその覚悟がわかってしまって……何も言うことが出来なくなってしまう。
「リューク殿……! なんとか、お二人を逃がすことは出来ませんか!?」
バルトロだけは二人の事情を知っていたので、二人を何とか逃がそうとリュークに頼み込む。
「空を飛べばなんとか出来るかもしれないが……」
リュークも顎に手を当てて二人を逃がす方法を考える。
空を飛んで逃げれば王城からは脱出できるかもしれないが、追ってこられたら逃げ切ることは難しいかもしれない。
「――その必要はないと思うぞ」
リュークがそう思考していると、応接室の扉の方から声が聞こえる。
そちらを見ると、アメリア達が応接室に入ってくるところであった。
「アメリア、どういうことだ?」
「逃げる必要はないということです。バルトロ様は外で暴動が起こっていると認識した瞬間にここに来たので、暴動の内容を知らないのです」
テレシアがリュークの問いに答える。
その答えにバルトロも含めて、クラウディア達は意味が分かっていない。
「王様への暴動ではないのですか?」
「そうですね、それは間違っておりません。口で説明するより、暴動で人々が口にしていることを聞けばわかると思います」
テレシアが何を言っているのかわからないが、クラウディア達は応接室を出て暴動が見える王城のベランダのような場所に向かう。
そこに出て、民衆に見つからないようにしながら暴動で人々が口にしていることに耳を傾ける。
「ふざけんなぁ!! 王様を出せ!!」
「どういうことか説明しろ!!」
人々がそう叫んでいることが聞こえてくる。
――民の怒りは当然だ。僕はそれほどのことをしたんだ。
そう思ってクラウディアは覚悟を決めて皆の前に姿を現そうとした。
しかし――。
「なんでクラウディア王が辞めるんだ!! あの人以外に国王が誰がやるって言うんだ!?」
「クラウディア王辞めないでー!!」
「あんた以外この国を導いてくれる人なんかいねぇよ!!」
――その言葉を耳にしたクラウディアは、踏み出そうとした足が止まってしまう。
民衆の声をよく聞くと、全てがこのような言葉であった。
「辞めるな」と、そう叫んでいる人々が王城の周りを囲み、暴動となっているのだった。
「なんと……!」
民衆の声がバルトロにも聞こえてきて、バルトロは目を見開いて感嘆する。
「私はいろんな国の歴史などを知っておりますが……王を退位することに反対という暴動が起こった国など聞いたことがないですぞ……!」
バルトロがそう呟くと共に……後ろから声が響く。
「は~い、クラウディアちゃん!」
うざったらしく伸ばした声を響かせた人物は――王都ギルドマスターのグランシア、自称シアちゃんであった。
「あなたは……!」
「久しぶりねクラちゃん、来ちゃった! マリちゃんも久しぶり、相変わらず綺麗ね。あたしには敵わないけど!」
その場にいる皆が驚いている中、シアちゃん一人だけがいつも通りの調子であった。
「いや……シアちゃんどうやって王城に入ったんだ? 外にいる人たちが誰も入れてない王城に」
「それは……女の秘密よ!」
「……そうなんだな」
リュークはシアちゃんについては、『そういう人物』だと認識することにした。
シアちゃんのことをしっかり考えるとめんどくさいことになる。
「この暴動は……あたしが貴族の皆に声かけてしてもらったことなの」
「そうだったのですか……」
「だってクラちゃん、マリちゃんの呪い治っても王様辞めると思ったからね」
シアちゃんはクラウディアとマリアナに近づいて、初めて見せるような真剣な面持ちで話す。
「クラちゃん、辞めちゃだめよ。あなたがこの国を引っ張って来たのよ。それを国中の皆が知っている。だからこうして王都中の人たちが集まったの」
クラウディアは王城から見える範囲に、ほぼ隙間なく埋め尽くされている人の数を見た。
――人々を見つめるその瞳からは涙が零こぼれていた。
「誰もあなたが辞めることを望んでいないわ。あたしも、ここに集まっている皆も、そして――マリちゃんも」
クラウディアは息を呑んでマリアナの方を向く。
自分勝手に――自分の想いを優先して、誰とも相談もなく退位すると決意した。
――ずっと近くで見守ってきてくれて妻にも相談せずに。
「マリ……君は、僕に王様を辞めて欲しくないかい?」
「……あなたが決めたことに口を出すつもりはありませんでしたが――私はあなたと共に、あなたと出会わせてくれたこの国をいつまでも見守っていたいと……そう思います」
――その言葉を聞き、そして国中に響き渡る怒号……しかし、自分にとっては心地いい、何よりも嬉しく感じる歓声に聞こえる。
クラウディアはその歓声を聞きながら――止めどなく溢あふれる涙を拭うことすらできずに、その場に立ち尽くす。
――自分は……こんなにも馬鹿で、そしてこんなにも愛されていたのだったのか……。
隣で支えてくれるマリ、自分を助けてきてくれたバルトロや貴族の方々、そして自分をこんなにも信頼してくれる国民。
「……隠さず話そうと思う。自分がマリのために国を捨てたことを、この場で。それでもなお、国民の皆が私に王を続けることを望むなら――」
溢れでる涙を拭って、先程とは違った決意をして力強く一歩踏み出してベランダから姿を出したクラウディア――。
そして今ここに、人族――いや、世界中で最も偉大で、人々に愛された国王が誕生したのであった――。
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