第77話 王からの依頼


「リューク君、改めて礼を言おう。妻と……僕を助けてくれてありがとう」

「私わたくしからもお礼を……ありがとうございます」


 リュークはクラウディアとマリアナに呼ばれて、応接室に来ていた。

 そこでクラウディアとマリアナはリュークに礼を言っていた。


「いや、大丈夫ですよ。そこまで改めて言われるほどじゃないというか……」

「君は自分がどれだけ凄いことをやったのかわかってないんじゃないかな」


 リュークの謙虚な態度に、クラウディアは好ましく思いながらも真面目に答える。


「今まで魔帝様しか生きて帰ってこれなかった場所へと行ってきて、蛇の王バジリスクの素材を取ってきたんだよ。しかも誰も成功の例がないと言われる解呪薬の完成。本当に凄いことだ」


 生きる伝説となっている魔帝フローラ、そして剣神ヴァリー。

 数々の偉業を成し遂げてきた二人。それに並ぶほどの偉業を成し遂げたのが今回のリュークの依頼であった。


「特に私にとってはリューク様が持ってきてくださった解呪薬。解呪薬は人族がどれだけ研究しても辿り着けなかった英知。あれを製作なさった調合師の方を教えていただけますでしょうか?」


 マリアナを呪いから救った解呪薬。暗にマリアナはそのレシピが欲しいと言っているのだ。

 確かにそのレシピがあれば今後、呪いになった人たちを助けられる。それによるこのサザンカ王国の国政安定の影響は計り知れないだろう。


 しかし――。


「すみませんマリアナ王妃。その作った本人から教えないように言われているんです」


 リュークはそれを断ってしまう。


「まあ、それはなぜですか? お礼を申し上げたいのと同時に、解呪薬のレシピを国家認定なさればその方には莫大な富と名声が与えられます」

「実は――」


 リュークはフランの名前を伏せて、解呪薬を作るにあたっての注意点や危険性を伝える。

 特にこのレシピは応用が可能で、お腹を壊す程度の魔物の毒でも猛毒へと変えてしまうということを伝えた。


「なるほど……確かにそれは危険だ。国家認定してしまったらそのレシピはこの国だけではなく、他の国にも公開することになる。悪用される可能性が高い」

「だから調合師の人はレシピは教えないと……なんて素晴らしいお方なんでしょうか!」


 マリアナは感動したように目を輝かせて言った。


「富や名声に目を眩くらますことなく、人のために行動できるお方です! リューク様、そのお方はレシピを教えることは出来ないとおっしゃったのですね?」

「は、はいそうですね……」

「でしたら、そのお方にはお会いできますわね! 私からお伺いします。リューク様、後でそのお方の所在地だけでも教えてくださいませ」

「わ、わかりました……」


 リュークはマリアナのその態度の変わりように少し呆然とする。


「マリ、リューク君が驚いているから少し落ち着こうか」


 リュークとマリアナの様子を笑いながら見ていたクラウディアがそう言った。


「あら、すいませんリューク様。私としたことが、少々羽目はめを外してしまいました」

「リューク君悪いね、マリはいつもこうなんだ。自分が気に入ったものや気になったことをとことん調べたりするんだ」

「この性格のおかげであなたという素晴らしい夫に出会ったのだから、捨てたものではないでしょう?」


 マリアナが小さい頃に興味本位で王城から出て、貧民街に来なければ二人は出会うことはなかったのである。


「ああ、その性格に感謝しかないよ。僕もこんな素敵な奥さんを持てたのだからね」

「もうあなたったら……リューク様の前でやめてくださいませ」


 マリアナは頬を少し赤く染めながら嬉しそうにしている。その姿を微笑みながらクラウディアは見ていた。

 いきなりリュークの目の前でピンク色空間が広がったのだが、何か少しだけ既視感があった。

 リュークの目の前にいる二人は話を続ける。


「だが、本当に僕たちはその調合師の方に感謝している。僕たちが出向いて礼を言いたいほどに」


 王族である二人が調合師一人のために、その身分を隠しながらヴェルノの街に行って礼を言いたいということである。


「僕は解呪薬が無事に作用しても、今までの記憶は戻らないと思っていた。だけど全てを戻してくれた解呪薬には本当に感謝してもしきれないよ」

「私が解呪薬を飲んだ時、頭に一気に記憶が流れ込んできました。そして寝てる間に、記憶が全部戻ってきました」


 解呪薬は呪いを消し去る薬、猛毒である。


 フランの呪いの場合は感情を殺していた呪いを消し去って、感情を戻すことが出来たのである。


 そして今回のマリアナの場合、記憶を消していたと思われていた呪いは、実は記憶を抑え込んでいたのであった。

 記憶を抑え込んでいた呪い――それを解呪薬が消し去ったので、記憶が一気に脳に戻ってきてマリアナはその反動で頭を抱えて気絶してしまったのであった。


「あなたの屋上での愛の言葉……今思い出しても至福の時でありました。あの時の記憶も戻ってきてくれて本当に嬉しく思いますよ、クラ君」

「か、からかわないでくれ。あの時は君のことだけを想って言った言葉で……」

「うふふ、プロポーズは私からしたので、記憶が無くなった私にあなたからプロポーズしてもらえて本当に嬉しかったですよ……」

「マリ……」

「あなた……」

「……俺のこと見えてますかお二人さん?」


 目の前でまたもやピンク空間が繰り広げられてしまったので、リュークは呆れながら止めに入る。

 二人はハッとして、気まずそうにしながらリュークに照れ笑いを浮かべる。


「ご、ごめんねリューク君」

「すいませんリューク様……一ヶ月ほど記憶を失っておりましたので、クラ君との絡みが少なかったもので……」

「ああ、いや……俺の親もそんな感じなので大丈夫です、慣れてます」


 リュークは自分の親を思い出す。リュークの親も時々二人だけの空間を作ってリュークのことを忘れることがあった。



「あら、剣神様と魔帝様もそんな感じなのですか?」

「ん?」

「え?」



 マリアナがさらっと……リュークとクラウディアが気付いていなかったことを口にした。


「マリ……剣神様と魔帝様ってどういうことだい?」

「だって、リューク様のご両親は剣神様と魔帝様ですよね?」

「え、そうなの?」

「リューク様はご両親と三人である森の中で暮らしてらっしゃのですよね?」

「ええ、そうです……」

「リューク様は現在十二歳……そして剣神様と魔帝様が愛の逃避行とうひこうをなさったのが十三年前。時期が一致しております」

「確かに……リューク君、住んでいた森はどこだい?」

「名前は知りませんが……ヴェルノの街の東にある森の、もっと先にある森ですね」

「そこは魔の森……通称『冒険者の墓場』。剣神様と魔帝様が逃避行した場所と一致します」


 リュークは自分の親が剣神と魔帝ということに気付いていなかったが、そう言われると納得する部分もあった。


「ああ……『ランク決め玉』の声、どこかで聞いたことあると思ってたけど、母ちゃんだったのか」

「リューク君の両親が剣神様と魔帝様か……そうなるとリューク君の強さも納得がいくね。両親から剣技や魔法を教えてもらってたのかい?」

「そうですね、父ちゃんから剣技、母ちゃんからは魔法を教えてもらってました」

「そうか……剣神様と魔帝様の息子となれば、これから頼むこともうまくいくかもしれない」

「……これから頼むこと?」


 リュークがそう問うとマリアナは少し悲しい顔をして俯うつむく。

 クラウディアはリュークの眼を真っすぐ見て、依頼を告げる。



「リューク君、王位を継がないかい?」


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