第76話 目覚め



 クラウディアはマリアナの部屋で彼女の寝顔を見ながらベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けていた。


 昼頃からマリアナは解呪薬を飲んで頭を抱えて苦しんだ後は一回も目覚めていない。


 リュークやアメリア達を王城に迎むかえ入れて、夕食を食べ終わりそれぞれ部屋で過ごしているだろう。


 クラウディアも食べ終わった後は自身の部屋に戻ったが、マリアナのことが気になってしまい彼女が眠るこの部屋に来ていた。


「……マリ……」


 彼女の髪を撫でながら名前を呼ぶが――彼女は起きる様子は全くない。


 薬を飲んで頭を抱えて気絶したので、何かしら変化があったように思えるが、それが良い方なのか悪い方なのかもこれではわからない。

 今は静かに寝息を立てて寝ているが、起きた時にはどうなっているだろうか。


 全てを思い出しているだろうか?

 思い出せずに、呪いだけが消えてこれから一から記憶が刻まれるようになるのだろうか?


 それとも――呪いは消えずに、また自分のことを忘れているのだろうか?



「なんにしても……僕が君を護るから」


 ――君が僕のことを忘れても、僕は君のことを絶対に忘れない。


 ――記憶を失っても、僕は君のことを愛しているから……。



 クラウディアは起きる気配がないマリアナの額にキスを落とす。


「おやすみ、マリ……」


 椅子から立ち上がって、名残惜なごりおしそうに部屋を出ていった――。 



 ――翌日。


 クラウディアはマリアナのこと気にしてしまってほとんど寝れなかった。


 あくびを殺しながら廊下を歩いて妻マリアナの部屋に向かう。


 もう何百回と通った廊下を歩いてマリアナの部屋の前に着くと、ノックもしないで何気なくドアを開ける。

 前回ここに来た時と同様にまだ起きてないと思ってしまって、何も思わずにドアを開けてしまった。


 クラウディアはドアを開けてベッドのほうに目を向けると――。



 ――マリアナが身体を起こしていた。



「――っ! マリ……!?」


 クラウディアはすぐに声をかけて駆け寄ろうとしたが、寸前で思いとどまってしまう。


 ――マリの記憶が戻ってるとは限らない。


 そう思ってしまい、駆け寄るのを止めてしまった。


 マリアナはクラウディアの声が聞こえたらしく、こちらの方にゆっくりと顔を向ける。


 数秒――二人は顔を合わせ、視線を交わす。


 そして彼女が口を開いて――。



「あなたっ……!」


「――っ! あっ……」



 ――聞き違えるはずのない。


 記憶が無くなってから一度だけ呼んでくれた時の恥ずかしさや拙つたなさは全く無い。

 何年も呼び慣れたように吐き出されたその言葉を――。


「マリ、思い出して――っ」


 クラウディアが言葉を続ける前に――マリは胸に飛び込んできた。


「あなたっ……!クラ君……!」


 彼女はいつもは凛とした澄んでいる声を、震わせながら涙を流してクラウディアの胸に縋すがりつく。

 クラウディアの背中に両手を回して抱きついている。


「ありがとうっ……! 私わたくしも愛しております……」

「――っ……」


 ――その言葉を、ずっと聴きたかった。

 自分だけが愛していれば、そう強がっていた。


 だけど、それも無理だったのかもしれない。


 いや、その言葉を聴くまでは自分だけが忘れなければ大丈夫だと本気で信じていた。


 しかし――その言葉をマリから聴いてしまったら、もう聴けなくなることが恐怖でしかない。


 もう二度と――その言葉が聴けなくなることをが無いように、強く……彼女の身体を抱きしめる。

 ――もう失わないように。



「僕も――君のことを愛している」



 そう耳元で囁き――二人はお互いに二度と離れないように抱きしめ合った。




「皆様、おはようございます――改めまして、マリアナ=サザンカと申します。よろしくお願いいたします」


 朝食の場で、リューク達やバルトロが集まったところでマリアナはそう挨拶した。


 皆が唖然あぜんとする中で、バルトロが震える声でマリアナに近づいていく。


「マ、マリアナ王妃……記憶が……」

「はい、バルトロさん。ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です、ありがとうございます」


 マリアナ王妃は深く頭を下げて礼を言う。

 バルトロは静かに涙を流しながら、頭こうべを垂れる。


「いえ……ご無事で、なによりです……」


 マリアナはバルトロが頭を下げるのを見届けてから、リューク達の方を向く。


「冒険者の皆様、私のためにとても難しい依頼を受けていただきありがとうございます。重ねてお礼を申し上げます」


 マリアナはまたリューク達に向けて深く頭を下げる。


「あ、いえ……今回の依頼はほとんどリュークが一人でやったと同然なので……」

「そうです……あたし達は何も……」

「いや、アメリアとサラはラミウムの湖で一緒に探索してくれたじゃないか。それにテレシアとエイミーだって調合師を探してくれたから全員でやったって言ってもいいだろ」

「……調合師もリューク様が見つけてきたのですが」

「やっぱりリューク君が一人でやったって感じだよね~」

「お前ら……」


 リュークは全員でやったと言ったが、アメリア達は自分たちは何も出来ないと話す。

 アメリア達の中では自分たちは本当に役に立たなかったので、自分たちに礼を言う必要はないということである。

 その四人の謙虚さにマリアナは笑顔で首を横に振って礼を告げる。


「いえ、私にとっては皆様が命の恩人でございます。本当にありがとうございました」


 リューク達はマリアナの優雅なそのお辞儀になにも言えなくなってしまう。


「じゃあリューク君達もマリも、座って皆で朝ご飯を食べようか」

「ええ、あなた。お昼ご飯は私が腕を振るって作りますね」

「ああ、ありがとう。楽しみにしてるよ」


 クラウディアとマリアナはお互いに顔を合わせて幸せそうに微笑む。

 その微笑みを見てリューク達は本当に呪いがしっかりと解けたと再認識できた。


 そしてリューク達は豪華なテーブルに座って朝食を食べた。


 初めて――全員が笑顔で食卓を囲むことが出来たのである。


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