第72話 薬、猛毒


 数分間、リュークの胸の中で泣いたフラン。

 嗚咽おえつがだんだんと聞こえなくなっていき、鼻をすする音がしてからフランはリュークの胸から離れる。


「ん……ありがとね、リューク君。みっともないところ見せちゃったな」


 目元に光る涙を指で拭いながら、恥ずかしそうに笑うフラン。


「いや、大丈夫だ。いつもお姉さんしてるフランのそういうところ見れて新鮮だった」

「もう……あんまり言わないで」


 はにかんで笑ったフランは話を変えて、リュークが自分に訪ねてきた本題を切り出す。


「さっき話したように……ここには解呪薬のレシピがあるよ。それさえあればバジリスクの素材を使って解呪薬を作ることが出来ると思う」

「そうか! 良かった……」

「たしか……このあたりに……」


 フランは本棚のほうに行くと並べてある本を取り出し始める。無造作に地面に放り投げて何か本棚の奥を探ろうとしている。


「う~ん……あ、あった。よいしょっと」


 本棚の奥の方を手探りで探していたフランは引っ掛かりを見つけて、そこを開くようにして紙を取り出す。


「これだね……解呪薬のレシピ。私のママが命懸けで研究したもの……」


 埃被っていて色褪せて丸まった紙を、手で埃を払いながら感慨深い目で見つめる。


「リューク君は、バジリスクの素材を持ってきてくれたの?」

「ああ、持ってきた」

「凄いね……魔帝様しか帰ってこなかったラミウムの湖に行ってきたんだ」


 自身の父親がそこに向かって、ボロボロになって戻ってきて目の前で息を引き取ったが、リュークは見たところ無傷で帰ってきたようだった。


「そこはさ……A級冒険者が行ったら死んじゃうような場所だった?」

「……そうだな」


 ボロボロになっていたサラを思い出してリュークはそう答える。


「そっか……」


 悲しそうにして目を伏せるフランだったが、気持ちを切り替えてリュークと目を合わせて話を始める。


「このレシピとバジリスクの素材を使えば解呪薬が出来るかもしれない。ただ……私に作れるかわからないんだよね」

「そうなのか? そのレシピを見たことはなかったのか?」

「うん……魔帝様……フローラさんにね、このレシピは本当に必要な時にしか見てはいけないって言われたんだよね」

「なんでだ?」


 フランはフローラが言っていた言葉を思い出す。


『これはね……毒の作り方なの』


 フローラが小さい子供に言い聞かせるように話したのを今でもフランは覚えていた。


『どく……?』

『そう。詳しいことは説明してもわからないと思うから言わないけど、これは呪いを消す毒って覚えておいて』


『これは完璧に作れば呪いを解くことはできる……けど、一つでも失敗すればただの猛毒なの。一舐めでもしたら一瞬で死んじゃうような……ね』

『そうなんだ……』

『しかも完璧に作れたとしても、これは呪いに罹かかってない人に服用したら、その毒が殺すはずの呪いがないからただの毒を服用したことになるの』

『怖い……』

『そう、凄い薬でもあるけど、怖い毒でもあるの。だから本当に必要になった時にしかこれは見ちゃいけないわよ』



 十数年前に言われた言葉を思い出しながらリュークに説明した。


「そんな薬なんだな」

「うん……ちょっと、見てみるね」


 丸まっていた紙を開いてしわを伸ばしながら中身をじっくりと読み始める。


 しばらく眺めていたフランだったが、内容を理解していくと冷や汗をかき始める。


「これは……凄いね。私のママながらこんな薬……猛毒を作るなんて」


 魔帝フローラが小さい頃のフランに言い聞かせたことを初めて意味が分かったが――この薬の危険度は全ては説明されてはいなかった。


「そんなに危ない薬なのか?」

「うん、一舐めすれば死ぬってのは本当そうだね。体中が麻痺して動けなくなって、すぐに心臓も止まるね」


 その症状は、バジリスクの毒の牙を喰らった時と同じものであった。


「どのくらいで作れそうだ? 出来るだけ急いでるんだが……」

「これなら二時間もあれば作れるよ。そこまで難しいものではなくて、調合師だったら誰でも作れるようなレシピだよ」

「そうなのか?」

「うん……だから、この薬は誰でも作れるから悪用される危険性があるんだよね。バジリスクの素材を使わなくても他の毒を持ってる魔物でもこれを使えば猛毒になると思うよ」

「それは危ないな……だがバジリスクの素材じゃないと呪いは解けないのか?」

「多分……試したことがないからわからないけどね。ママとフローラさんがそう証明しているからバジリスクじゃないといけないと思うよ」


 このレシピにはフランが自分の母が死んでからも、母が書いたレシピを見て薬を作ってきたので、見慣れた母の筆跡でレシピが書いてあった。

 そして――ある工程のところであまり見慣れない筆跡で、後から書き足されたかのような文字があった。


「これは……フローラさんが書いたのかな? ママの文字じゃない……っ!」


 その書き足された内容を読むと、フランの表情は固まってしまった。


「どうした?」

「……これが、理由で……」


 そう呟いてフランはリュークに説明する。


「多分このレシピはママが作ったけど、薬はフローラさんが作ったんだろうね。作る際の注意点が書いてあるんだけど……これは光と水の混合魔法の治癒魔法を使わないと――作った人が死ぬって書いてある」


 フランの母親はレシピを作り、そのまますぐに薬を作った。

 しかし――フローラが書き足した工程のところで、バジリスクの毒を喰らってしまったのだろう。


 作る工程の時に素材を焼くような作業がある。普通の魔物なら毒を持ってたとしても焼いて毒が発生することはないが、バジリスクは発生するようであった。

 致死性の毒ではなくなってはいるがその毒は強力で、光と水の治癒魔法でないと解毒は出来ない。


「ごめんね、リューク君。この薬は作れるとは思うけど……」


 作ると自分が死んでしまうとなると、この依頼はリュークからでも引き受けるわけにはいかなかった。


「治癒魔法があればいいんだよな?」

「え? う、うん……そうだね。作ること自体は問題ないからね」

「じゃあ、大丈夫だ。俺がその治癒魔法を使えるから」

「え? ほんと?」

「ああ、だから――作ってくれ、フラン。俺が助けるから」


 リュークは真っすぐとフランの眼を見ながらそう告げると、フランも覚悟が決まったように応える。


「……うん。私にも王様と王妃様を救わせて欲しい。私を助けてね、リューク君」

「もちろんだ」


 フランは自分と同じ呪いで苦しんでるその二人を助けたいと強く思い、リュークの依頼を快く受け入れた。


「すぐに作り始める?」

「そうだな。今から作ったら日が暮れて今日中には出発できないが、明日の朝すぐに出発できるからな。頼めるか?」

「うん、大丈夫だよ。じゃあ店仕舞いしてくるね」

「俺も手伝うよ」

「うふふ、ありがと」


 リュークとフランは部屋から出て階段を上がると、店内に客が入ってることに気がつく。


「あっ、フラン遅いよー。私達ずっと待って……た……」

「……え? リューク?」

「おっ、アン、アナ、久しぶりだな」

「アンちゃん、アナちゃん、リューク君帰ってきたよー」


 アンとアナはリュークのいきなりの登場で固まってしまった。


 こうして三人は思いもよらない形で再会したのである。



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