第71話 フラン
フランはリュークをカウンター内に入れて、奥へと招き入れる。
「こんな話、他の人に聞かれちゃマズいでしょ?」
そう言ったフランは奥へと入っていき、リュークはそれについていく。
奥に行くと上へと続く階段と下に続く階段があり、フランは階段を下くだっていく。
地下へと続く階段を下りて目の前の扉を開けてフランとリュークは中に入ると、そこには使い古されたような部屋があった。
地下ゆえに窓もなく、光は足元などを少し照らす最低限のものであった。
薄暗い部屋で見えるのは、壁際に所狭しと並べられたフラスコの数々であった。
フラスコ内の液体や物体は様々な色や形をしていて、ここでいつも調合などをしていることがわかる。
「ごめんね暗くて、今明るくするから」
フランは慣れた様子で暗くて見えにくい室内を歩いて、何かスイッチのようなものを押したと思うと先程よりは明るくなる。
明るくなった室内を見渡すと中央に鎮座しているテーブルと椅子があり、そこにフランは立っていた。
「いつもここでリューク君やアンちゃん達が持ってきてくれた素材を調合してるんだ。私のママもここでやっててね。小さい頃はママが調合してる様子を見るのが面白くてね、隣でずっと見てたんだ」
思い出すように言うフランは楽しそうに、しかしもう戻れない当時のことを想って何か感じることがあるのか、少し寂しそうな複雑な表情を浮かべていた。
「……フランのお母さんは?」
「……ずいぶん前に、ね。パパも……」
「そうか……」
フランは寂しそうに笑って話を続ける。
「じゃあ、私の昔の話をしようかな」
「私が呪いに罹かかってたって言ったけど……症状はね――感情を失うことだった」
テーブルに眼を落したままフランは話し続ける。リュークは黙って聞くことに徹する。
「私が一〇歳の頃かな。そのくらいにいきなり呪いに罹ったの。原因はわからないけど、本当にいきなり……今までの幸せが嘘のように何も感じなくなった」
――フランは当時起きたことを全て覚えていた。
自分の表情や仕草などがいきなり変わって不自然に思った両親が医者に診てもらった結果、呪いで感情が失われていることが分かった。
両親はその知らせに絶望し、医者の前で泣き崩れ自分を抱きしめて謝っていた。
――それをフランは、なぜ二人が泣いているのかわからずにただただ立ち尽くして抱きしめられていた。
両親はなんとか治す方法がないのか探り、古い文献でバジリスクの素材を使って作った薬で治ると知った。
しかし、そのバジリスクの素材など人族の大陸では出回ってなどいなかった。
諦めきれない両親、特に父親は自身がA級冒険者ということもあり、自分が所属していた『クラン』に掛け合って、クランメンバー全員で『ラミウムの湖』に挑むことになった。
そして――そのクランは壊滅した。
毒の湖に辿り着く前に毒の空気を吸ってほとんどのメンバーが死亡。ラミウムの湖から数十キロ離れたところまで毒の空気が充満してるとは想定していなかったのである。
数人が満身創痍のまま湖に辿り着くと、目の前に現れた一匹のバジリスクに壊滅させられた。
フランの父親だけが、虫の息の状態でヴェルノの街に戻ってきてそのことを伝えると――フランと母親の前で息を引き取った。
――フランは目の前で動かなくなった父親を母親が泣き叫び抱きしめてる様子を、何も感じずにただただ眺めていた。
諦めかけていた母親だったが、その街にフラッと立ち寄ったという魔帝フローラに事情を説明し直接依頼をする。
達成してくれたのなら娘の命以外の全て、自分の命すら失ってもかまわないという覚悟をフローラは感じ取り、報酬は何もいらないと言ってラミウムの湖に向かった。
そして魔帝フローラはクランが壊滅した場所へとたった一人で挑み無傷で帰ってきたのであった。
フランの母親は泣きながら何度も頭を下げて魔帝フローラに礼を言った。
しかし、そこからが戦いの始まりだった。
人族では今まで誰も成し遂げたことのない、解呪薬の発明。
その研究は極めて困難な挑戦であった。
三日三晩寝ないなど当たり前、酷いときは何も食べずに一週間研究室にこもって薬の発明に時間をかけた。
そして――完成した時にはフランの母親は衰弱しきっていた。
三ヶ月間、ほとんど眠ることもせずに魔帝フローラにフランを預けて研究室にこもりっぱなしであった。
何度も止めたフローラだったが、その忠告を聞かずに研究をした母親の実験の結果は最高の出来であった。完璧に呪いを治せるもので、フローラの眼から見てもこれ以上に優れた薬の製作はないと言わせるものであった。
しかし、その完璧な薬の代償は――死であった。
最期の力を振り絞って研究室の地に伏していた母親は、瘦せ細った腕を震わせながらフランの頭に手を置いて言った。
『――……わら……って……』
両親の願いは最初から最期までずっと一つであった。
――ただ、娘の笑顔がもう一度見たい。
しかしその一言を言うと、母親の腕はフランの頭から滑るように地に落ちて、その手がフランの頭を撫でることは二度となくなった。
フローラは母親に託された薬のレシピを見て解呪薬を完成させた。
しかし――フランに使うかどうか最後まで悩んだ。
フランは感情が今はないだけで、解呪薬を使えば感情は戻る。
だが本当に戻してしまっていいのだろうか、と。
この小さな女の子は両親を、目の前で亡くしたのだ。
記憶はそのままなのは確実で――このまま感情を戻してしまったらどうなってしまうのか。
迷った末に、フローラは母親の最期の言葉を思い出して、解呪薬を使うことを決意する。
そして――。
「その女の子は感情を取り戻したのでした……めでたしめでたし」
フランはそう言って今まで下を向いていた顔を上げてリュークの方を見る。
「これが私の昔の話……だよ。むかし、の……はなし……」
無理やり笑顔を作っていたフランは、最初の方は取り繕つくろえていたが言葉尻になると声が震えていた。
一度上げた顔をまた俯かせて――地面に数滴の雫しずくがこぼれ落ちる。
リュークはフランに近づいて静かに抱き寄せて、フランの顔を自分の胸に置いた。
「辛いことを思い出させてごめんな……」
「ううん……だい、じょうぶ……。だけど、ちょっと……このままにさせて、くれるかな……?」
フランは十数年前の時のように――。
小さな自分がフローラの胸の中で泣き叫んだ時のように――。
目の前にある大きな胸に縋すがりつくようにして――声を押し殺し、涙を流した。
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