第69話 願い


 リュークとメリーはネネとルルと共に、ヴェルノの街へと向かうために王都の門を出た。


「ネネ、ルル。何回も悪いな。今回も長旅になるが頼んだぞ」


 リュークはネネに乗りながら頭を撫でてそう言うと、二匹とも大丈夫だというように低く唸る。


「リュークさん、準備いいですか?」

「ああ、俺はいつでも大丈夫だ」

「では……ネネ、ルル、お願い! ヴェルノの街に向かって走って!」


 ネネとルルはその指示に遠吠えをするように応え、一気に駆け出す。

 その速さは王都に車を引っ張っていた時より数段速く、ヴェルノの街に行くまでにかかる時間を超短縮出来る速さである。


「メリー! この速さならどのくらいでヴェルノの街に着きそうだ!?」


 リュークは風魔法で並行して走るネネとルルの間の風を操って、高速で移動している中でもメリーの耳に届く声で話しかける。


「そうですね……二日とちょっとかかるくらいです!」

「よし、十分な速さだ! このまま頼んだぞネネ、ルル!」


 一日この速さを保てるネネとルルの体力の凄さにリュークは感嘆しながら感謝も伝える。

 こうしてリューク達はヴェルノの街へと急いで向かった。



 王都に残ったアメリア達も行動を開始しようとしていた。


「……私、この王都に知り合いがいないから調合師がどこにいるかわからないんだが」

「アメリア様、先程リューク様に任せろ、と言ったのは何だったのですか?」

「うっ……そういう雰囲気だっただろ?」

「アメリア様~……雰囲気に流されちゃいけませんよ~」

「サラ、貴女も言ってましたよね? 言われなくてもやってやる、とか? アメリア様以上に知り合いもいない貴女が何が出来るのですか?」

「うっ……それは……ギルドマスターに調合師の方に掛け合ってもらったり……」

「それは『他人任せ』というものではないのですか?」

「……ごめんなさい何も考えていませんでした」


 ――……行動を、開始しようとは、している。


「まあ、そうは言っても私もエイミーもそういったことに疎くて何も出来ませんが……。シア様、お願いできますか?」

「もう~、テレシアちゃんったら訓練してる時からシアちゃんって呼んでくれないわよね。シアちゃん悲しいわ~」

「シアちゃん頼んだよ~」

「エイミーちゃんは素直で可愛いわね~、またあの『大人の攻撃』を首元にやってあげたいわ」

「あはは、その時は殺すからね~」

「笑いながらエグいことを言うなエイミーよ……」


 自分がいない間に何があったのかわからないが性格が少し歪んでしまったエイミーに驚きを隠せないアメリアであった。


「だけど、あたしより……そこで猫被ってる子の方が人脈はあるわよ~」

「おいハゲ、人脈『は』ってなんだよ。『は』って」

「だって男の子にいっぱい媚びうってるものね」

「うってねえよふざけんなあっちが勝手に勘違いするだけだろ」


 何度も何度もシアちゃんに向けて殺気を放っているサーニャだったが、すぐにため息を吐いて殺気を引っ込める。


「まあ……確かに人脈はこのハゲよりは広いにゃ。それがこのハゲに勝ってるものの一つにゃ」

「あれ? それ以外何に勝ってるのかしら? 言っとくけど、可愛さでは五分五分よ?」

「てめえと可愛さが同じなんてゴブリンぐらいだぞ」

「あれ? じゃあサーニャちゃんもゴブリンと同じ――」

「――ぶち殺す」


 引っ込めた殺気がもう一度瞬間的に膨れ上がるが、気にせずに話を続けるシアちゃん。


「で、サーニャちゃんどうなの? 調合師の人はどれくらい知り合いにいるの?」

「後で覚えとけよ……んんっ、そうだにゃ。うちはこの王都では五人程度知ってるにゃ」

「案外少ないんだな……」


 王都ということもあり、調合師の数も他の街よりいると思っていたアメリアが調合師の数を聞いてそう呟く。


「お前アホかにゃ。うちが王都全員の調合師と知り合いなわけないにゃ。ただでさえ他の街より断然大きい王都にゃ。全員知り合いになれるわけないにゃ。そんなこと少し考えればわかるにゃ」

「口悪くないか!?」

「女にいい顔しても意味ないにゃ。しかもうちの素顔知ってるやつになんでそんな気遣いしなくちゃいけないにゃ」

「あら? ってことはあたしはサーニャちゃんに女として見られてるってことね! 嬉しいわ!」

「てめえは別に決まってるだろうが。引き裂いてやろうか?」


 嬉しそうに身体をくねらせて喜ぶシアちゃんに対してきつく当たるサーニャであった。


「その五人の方にお話を伺った方がいいですね……その方たちに聞けば他の調合師の方とも連絡が取れるかもしれませんし」

「そうだにゃ。だから今からその調合師の店とか教えるから『無い』頭で覚えるにゃ」

「大丈夫です、アメリア様よりかは『ある』頭なので」

「うむ、任せたぞテレシア」

「アメリア様も否定しないんですね~」

「私よりテレシアの方が記憶力が良いからな。適材適所というやつだ」

「アメリア様の適所は戦場のみですが」

「……洗濯出来るぞ」

「私の方が上手く早く出来ますが」

「……ぐすっ」

「お前、自分の上司泣かすの上手いにゃ。後でうちにも教えろにゃ」

「あぁ……いつもながら泣き顔も愛おしいですアメリア様……」

「最近アメリア様泣き虫になってるな~」


 こうしてようやくアメリア達は調合師を探す行動を始めることが出来た。



 その頃、バルトロは王城へと戻りクラウディア王に事の次第を伝えていた。


「そうか……リューク君達はバジリスクを倒して戻ってきてくれたか。良かったよ」


 クラウディアはリューク達の無事を知り安堵の胸をなでおろす。


「しかし、バジリスクの素材を調合できる人を探しているので……まだ呪いの解毒薬は用意できておりません」


 その知らせにはクラウディアは首を振って答える。


「依頼をしているのはこちらの方だ。特に期間を求めていないが……」


 そう言ったクラウディアだったが、妻マリアナのことを考えると早急に薬を用意して治した方がいいと思ってしまうのであった。


「……妻のマリアナが目を覚ましてね」

「っ! そうでしたか……ご容態のほうはいかがでしたか?」


 バルトロがいない間に目を覚ましたマリアナ王妃の容態を聞くが……クラウディアは苦々しそうな顔をしながら口を開く。


「また――記憶がリセットされていた」

「っ!? そんな……」


 今までは寝て起きた時に記憶が徐々に無くなっていたマリアナ王妃。今回も目が覚めたら記憶が無くなってる可能性が高いと二人は見ていたので深刻なショックは受けなかった。

 しかし、今まで気絶してまでも記憶が無くなったことはなかった。


 つまり――記憶がすべて無くなってなお呪いは進行しているのだ。


「事情を知っているメイドや執事などに妻の世話をしてもらってるが……バルトロよ、リューク君達はどのくらいで王都に戻ってくるのだ?」

「七日以内だと言っておりました」

「そうか……その日にちが過ぎてもリューク君達が呪いを治せなかった場合、正式に王を退位しよう」

「っ! 左様で……ございますか」


 クラウディアは天を仰ぐようにして呆然と虚空を見つめる。


 本当は自分も王を退位などしたくないのだ。まだやり残した仕事がたくさんある。

 民の信頼を裏切るのも苦痛である。自分のことを信じ、ついてくれた目の前にいる宰相のバルトロなどの信頼をも裏切ることになる。


 しかし――自分は責任や民の信頼と、妻との『約束』を天秤にかけた――否、かけようともしなかった。


 全ての人に恨まれても妻を自分は選んだのだ。そこには微塵も後悔はなかった。



 それでも――願うことならば、こんな自分でも願ってもいいのなら。

 もう一度民のために働き、妻に寄り添ってもらい、民と共に歩んでいきたい。



(しかし――それはもう叶わぬ夢であろう)


 リューク達が妻の呪いを治したとしても、記憶が戻る保証はどこにもない。


 たとえ記憶が戻り、マリアナが回復したとしても――誰にも伝えていないが、自分は退位するつもりであった。


 妻のために、民全てを捨てた男だ。そんな自分にもう王など務まるはずもなかった。


(バルトロや、リューク君達には悪いが……僕の退位表明はそのくらいの覚悟をしてやったつもりだ)


 クラウディアは悪いと思いながらもその決意には揺らぎなかった。


(だけど――妻の呪いは……頼む、解けてくれ……っ!)


 それだけはどれだけの願いを捨てても捨てきれない願いであった。


「……頼んだよ、リューク君」


 虚空を眺めていたクラウディアだったが、その言葉だけはリュークに届くように力強く言い放った。


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