第68話 ぶち壊す

「『チェスター』って俺がここに来る前にいた街だぞ」


 リュークはシアちゃんが言った街の名前を聞いてそう答える。


「あら? そうなの? その街は確か……ギルドマスターはゴーガンちゃんだったわね。あの子も良い身体してたわね!」

「……もうお前黙れよ」

「ふふふっ、冗談――じゃないわよ」

「だから黙れって」


 少ない時間しか関わってないが、リュークは何となくシアちゃんが『そういう人』だということはわかってきた。


「だからゴーガンちゃんに聞けばわかるかもしれないわ。だけどあの子そういう噂に無頓着むとんじゃくなところあるけど」

「まあ確かに。書類仕事を部下に任せて自分は魔物の解体ばっかやってるからな」


 一ヶ月、あちらの街で過ごしたリュークはゴーガンの盛大な笑い声が聞こえてくるようだった。


「ゴーガンちゃんがわからなくてもそこの受付嬢とかに聞けばいいと思うわ」

「そうか……ん? 受付嬢?」


 リュークは『ヴェルノ』の街で受付嬢をやっていて、現在は王都に自分たちと一緒に来ている人がいることに気付く。


「メリー? お前はそういう噂知らないか?」

「あら、そういえばメリーちゃんはリュークちゃんと一緒に来たギルド受付嬢だったわね。どうかしらメリーちゃん?」


 リューク達は一斉にメリーのほうを向く。

 メリーは顎に手を当て目を瞑り思い出そうとしていた。


「うーん……調合師の噂ですよね? 確かにヴェルノの街には何人か調合師はいますが、バジリスクの素材を使ったことがあるというのは聞いたことはありません」

「そうか……」

「しかし――魔帝フローラさまがバジリスクの素材を調合したのは『ヴェルノ』の街であるというのは聞いたことあります」


 メリーのその一言に光が見えてきたというように目を輝かせるバルトロ。


「おお! では本当にその街にはバジリスクの素材を使って薬を作れる人がいるかもしれないのですね!」

「そうね~……魔帝様が作ったっていう噂のほうが強いけど、ヴェルノの街に行った方がまだ可能性があるかもしれないわね」

「ではリュークよ、一度ヴェルノに帰るということだな」


 アメリアにそう言われるが、リュークは考える。


「そうだな……だが全員で帰るのはやめた方がいいかもな。時間がもったいない」

「どういうことだ?」

「全員で帰るとなるとまたネネとルルに車を背負って移動してもらうことになる。それよりは背中に乗って全速力で走った方がいい」

「なるほどな……」

「だから帰るのは……俺とヴェルノのギルドで受付嬢をやってるメリー二人でいい。それでいいか?」

「あ、はい! 私は大丈夫です!」


 リュークの提案の確認にメリーが返事をする。


「私達はどうすればいい?」

「そうですね……リューク様とメリー様がヴェルノの街に調合師を探しに行くのであるならば、私達も王都で調合師を探しておきましょう」

「そうだね~、ヴェルノの街にバジリスクの素材を調合できる人がいなかったらやばいからね~」

「私も協力するわよ~」


 アメリア達に続いてシアちゃんも王都で調合師を探すのに協力してくれるらしいが、後ろで話を聞いていたサーニャはため息をつきながら言う。


「うちはやらないにゃ。今でも忙しいのになんでもっと忙しくならないといけないにゃ」

「もう~。サーニャちゃんたらひどい子ね。そんなんだからお付き合いしても男の子からいつも逃げられるのよ」

「おい黙れハゲ。しかもなんでお前がうちのそういう情報知ってるんだよ」

「ふふふっ、大人の女の秘密よ」

「ぶち殺す」


 元B級以上の受付嬢のサーニャから本気の殺気が漏れだしたのを横目で見ながら、リュークは先程から俯いて黙ってるバルトロに話しかける。


「バルトロさん、そういうことになったんだが大丈夫か?」

「え? あ、は、はい……そうですな、今日中には……無理ですね」

「まあ、そうなるな……」


 今日中に戻ると言って城から出たリュークだったが、調合師がいないと薬が作れないの仕方ないことであるが、バルトロは心底落ち込んでいた。


「城で何かあったのか? もしかして……」


 ――マリアナ王妃の身に何か?


 そう思ったリュークだったが、バルトロは慌てた様子でそれを否定する。


「い、いえ! 命に係かかわるようなことはございません!」

「……ってことはそれ以外ならあるってことか?」


 リュークの言葉に失言をしたと思ったのか慌てて口に手を当てる。しかし、それを聞いていたリューク以外も反応を示す。


「命って……え? 王様そんなに危ない状態なのかにゃ?」

「そうなのですね……」


 一番反応を示したのは事情をほとんど聞いてなかったサーニャであった。メリーは呪いという情報があったので、王様がそういう状態であると勝手に考えていた。


「い、いえ! 王様ではないのですが……」

「王様じゃないってことは……王妃様ってことかしらね」


 バルトロのその一言にシアちゃんは大体の事情を理解した。


「バルトロさん口滑りすぎ……もうここまで言ったのなら全部説明した方がいいと思うぞ」

「うっ……そうですな。皆様、ここからはどうか内密に……」


 バルトロは少し周りを気にしながらシアちゃん達に説明する。


「王妃様が記憶喪失かにゃ……」

「だから王様が退位なさるという話がでてきたわけですね」

「愛のために全てを捨てる……ロマンチックな話ね。だけど――そのロマンチックはぶち壊したほうがいいわね。それじゃあ王様と王妃様は幸せになれないわ」

「それで王妃様の身に何かあったのか? さっきそういうことを含ませるようなことを言っていたが」


 リュークの言葉にバルトロは俯きながらも王城で何が起きているのかを伝える。


「マリアナ王妃はあれから――気絶して眠っております」

「気絶? なぜだ?」

「わかりません。皆様が出られた後に頭を抱えて気絶したのです」

「原因がわからないな……。とりあえず急いだ方がいいな。メリー、すぐ出れるか?」

「はい。あの子達もスタミナはあるので大丈夫だと思います!」

「何回も悪いな、またネネとルルに乗らせてくれ」

「あの子達も久しぶりに動けて楽しいと思いますよ」


 メリーは笑顔でそう言ってからギルドを出てネネとルルの元に向かう。


「アメリア達も王都に残って調合師を探してくれ、頼んだぞ」

「任せろ」

「ふん、あんたに言われなくてもやってやるわよ!」


「サーニャちゃん事情は聞いたわよね? 貴女も手伝ってくれるわよね?」

「うっ……わかったにゃ。うぅ……聞くんじゃなかったにゃ」


 ため息をつきながらサーニャは書類などを片付けるためにカウンター内に戻っていった。


「じゃあここからは別行動だ。マリアナ王妃、クラウディア王のために急いで依頼達成しないといけないぞ」

「リューク様、皆様……本当にありがとうございます。どうか――よろしくお願いします……っ!」


 バルトロは深々と頭を下げる。


「ああ、今日中は無理だったが……七日以内に戻る。シアちゃんが言った通り――このロマンチックはぶち壊そう」


 そしてリュークとメリーはヴェルノに戻り、アメリア達は王都に残り、それぞれ調合師を探すために行動を始める。


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