第63話 死闘



 アメリアとサラは、リュークと別れてから今まで来た道を走っていた。


 アメリアの『次元跳躍ワープ』でリュークから少し離れてからは、アメリアは風魔法で空気を囲まないといけないので魔力を温存しておきたかった。

 なのでリュークからある程度離れたら、息を切らさない程度にアメリアとサラは走っていた。


「サラ、大丈夫か?」

「はあ……はあ……大丈夫、です!」

「もう少しで湖を抜ける! そこでいったん休憩しよう!」


 そしてしばらく走りアメリア達は凍った湖を抜けて、大地を踏みしめる。


「とりあえずここまで来ればリュークの戦いの邪魔にはならないだろう」

「はあ……はあ……すいません、アメリア様……足を引っ張ってしまって」

「気を使わないでいい、しっかり休め。メリーが待つところまでまだまだあるんだ。ここからは歩いていくが、今のうちに休んでおけ」


 サラは膝に手を置いて項垂れながら息を整える。アメリアも少し息を整えながら、先程まで走っていた方角を見やる。


「リュークは大丈夫か……あいつならそこまで心配はない気がするが」

「そうですね……あたしも少し心配です」

「おや、サラは素材が心配ではなかったのか?」

「そ、それは……」

「サラよ、正直に言わなければ想いは通じないぞ?」

「うっ……そうですね。善処します……」


 アメリアとサラは息を整えてから、メリーがいる方向へと歩き出す。



 すると――後ろから轟音が響いて渡る。



 その轟音に驚愕し二人は振り返ると――目を疑うような光景がそこにはあった。



 ――氷の大地が、宙を舞っていた。

 その氷の大地の傍で浮かんでいる小さな影が、二人はなんとなくリュークと認識できた。


 そしてこんな遠くにいても、いや、遠くにいるからこそはっきりとその姿を確認できた二人は、蛇の王バジリスクのその恐ろしさに身体を震わせる。


 宙に浮かんでいるリュークに、地上からアメリアやサラの目では追えないなスピードを持って迫るバジリスク。


 氷の大地がそのバジリスクの方向へと向かって飛んでいく。

 それを紙一重で巧く躱すバジリスク――だがその瞬間、氷の大地が爆発。


 大きな氷岩となりバジリスクを襲い、その氷岩を喰らいながらもリュークへ迫るバジリスク。


 あと一瞬の間にリュークがバジリスクの口の中に入る――その一瞬の間に氷岩がさらに大爆発し、今度は激しく燃え盛る炎を纏ってバジリスクに襲い掛かる。



 爆風がアメリアとサラの元へと到達し、二人は髪を激しく靡なびかせようやく我に返る。


「サラ! ここから歩くと言ったが撤回する! 急がないとここでも戦いの余波が来て危険だ!」

「わかりました! あたしはもう大丈夫です!」

「よし、では行くぞ!」


 アメリアとサラはもう一度先程のように走り出す。

 後ろで轟音が響く中、振り向かずに真っすぐと――。




『――素晴らしい』


 死闘の最中、蛇の王バジリスクは無意識に呟いた。

 一瞬の隙が両者ともに命取りになる戦いの中、そう呟いてしまうほどバジリスクは高揚していた。


 自身の攻撃が何一つ当たらず、全て躱され反撃される。

 噛みつこうとしても風を舞う木の葉のように避けられ、尻尾で薙ぎ払おうとしても煙を攻撃してるかのように手応えはない。


 今までこのバジリスクは戦いというものをやったことは数えるほどしかない。

 いつも自分の音を超える初撃で獲物を喰らい、終わる。それは戦いではなく狩りである。


 そしてここ何百年は、このラミウムの湖に住み着くようになり、自分たちに必要な栄養がこの毒の水ですべて事足りるようになって狩りもしなくなっていた。


 故に、蛇の王は退屈していた。


 しかし十数年前に、人族の雌と戦い眼を失ったが――自身の血が騒いだ。


 ――自分は戦いに飢えている。死に、生に飢えている。


 自身の全力を発揮してなお殺せずに、重要な器官を持ってかれたが――血沸く戦いであった。



 そして今――目の前にはその雌と同じ種族の強者がいる。

 以前と同じように、いやそれ以上に手も足も出ない強者。


『続けよう――この宴うたげを』


 表情は全く変わらないバジリスクが、確かに笑った瞬間であった。



 そして、リュークもこの戦いを楽しみ、同じように打つ手がない状態であった。


 確かにバジリスクの攻撃は全て躱しているが、こちらからの攻撃が相手に全くと言っていいほど効果がない。


 魔法を何発、何十発とバジリスクに当てているが強硬な鱗によりダメージは僅かにしか入らずに決定打に足りない。

 木刀で斬ろうとしても同じように鱗に阻まれる。


 どっちかというと追い込まれているのはリュークの方であった。

 バジリスクは当たれば全て一撃必殺。自身の牙がリュークの身体を掠めようものなら、すぐさま即効性の毒がリュークを蝕むしばむだろう。尻尾での薙ぎ払いも当たればリュークの身体は肉片となる。



 しばらく続くこの死闘。互いに決定打を打てないままであったが――。


 ――この均衡を破ったのは蛇の王バジリスク。


「――っ!!」


 リュークはいきなり目の前が暗闇に染まり、動けなくなる。

 これはバジリスクの眼を見たときに相手の全ての動きが止めるという状態であった。


 しかし、この蛇の王は目は潰れていて硬いうろこで覆われている。だからこの状態にはならないはずだとリュークはそう思い込んでいた。


 だが違った――この蛇の王が覆くつがえしたのだ。


 蛇の王は自身の眼が潰れてからこの目の作用を自身で考えるようになった。生まれた時から持っていたものであった故に、その作用の構造を知ろうとは思わなかったのである。

 しかし雌の人族に潰されてからはこの作用を調べ、眼を見なくても相手に作用出来ないか考えた――次の死闘をした際に勝つために。


 そしてバジリスクはそこまで至った。眼を見なくても相手の動きを止める――魔法を創り出したのだ。


 その魔法は拙く、本来の眼の作用にまでは至っていない。

 リュークほどの実力者であれば一瞬で治すことが出来る。


 しかし――その一瞬を逃す訳がなかった。



 リュークがその身体の異変が治し、次に見た光景はバジリスクがもう逃れなれない距離まで口を開けて迫っていたものだった。



 そして――リュークの腕が宙を舞った。


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