第61話 防御不可能


 目の前で固まって動かなくなった二体の餌を見て、バジリスクは氷柱に身体を巻き付けながら登ってくる。

 今までアメリアとサラを襲ってきたバジリスクの中でも最も長いその胴体は、地上から五〇メートルはある氷柱に巻き付いて登ってなお、余りある体長を持っていた。


 バジリスクは二体の餌を眺め、『舌を出す』。

 二体の餌が心臓も止まってるのを確認して――丸呑みをするべく、巨大な口を開けた。


 そのぽっかり空いた穴のような大きな口を二体の餌に近づけて――寸前のところで『舌』が何かに気付き、口を閉じて勢いよく右方向に向いた。



「――間に合ったか」



 いつの間にそこに立っていたか――バジリスクが一番警戒していた生物がそこにいた。


「二人は……無事か、良かった」


 その生物――リュークは虚空を眺めて動かなくなった二人を見て、安堵の溜息を吐いた。


「ん? このバジリスクは少し小さいな」


 リュークは目の前にいるバジリスクを見て、一言こぼすと――そのバジリスクは目にも止まらない速さで大口を開けてリュークに攻撃を仕掛けてきた。



 ――迫ってくる牙、その毒の牙で噛まれた生物は噛まれてから一息もせずに即死する。

 しかし――自分より大きな口を開けて迫るバジリスクを、リュークはその場から一歩動いただけで紙一重で躱す。


 そして通り過ぎた頭についてくるように来た胴体を――木刀で両断する。


 綺麗な断面で裂かれたバジリスクの頭は、大きな口を開けた状態でそのまま五〇メートルという高さから真っ逆さまに落下していく。 

 残った胴体も力を失ったようにして、氷柱に巻き付いていたのが剥がれるように落ちていった。


 落下した際の地響きが響く中でリュークは何事もなかったかのように、固まってる二人に近づいていく。


「二人とも……止まってるのか? いや、麻痺か」


 近づいて止まってる二人の症状をすぐに見抜いて、治癒魔法をかける。


「――かはっ!! はあ……はあ……何が起こっていたのだ?」


 二人は息を吹き返したように動き出した。


「よっ、二人とも。遅れて悪いな」

「はあ……はあ……あんた、いつの間に、ここに来たの?」

「さっきだ。それよりサラ、結構な重症だな。治してやるから動くなよ」


 リュークは右手をサラに向けて治癒魔法をかけ始める。

 すると、みるみるうちにサラの身体から身を引き裂かれるような痛みが引いていく。動かなかった左手も動くようになり、身体の中の折れた肋骨も元の状態に戻り、傷ついた内臓も治っていった。


「よし、これで大丈夫だろ。立てるか?」


 リュークは座り込んでいるサラに手を差し伸べる。


「……ありがと」


 サラは自分の身体を確認するように左腕を動かしてから、頬を紅く染めてリュークの手を取り立ち上がる。


「アメリアも大丈夫か? 本当に遅くなって悪かったな。足止めを食らっててな」

「ああ、私は大丈夫だが……足止めとはなんだ?」

「サラの雷魔法の音が聞こえた瞬間に、何十匹ものバジリスクに囲まれちゃってな」

「そうだったのか!? だから来るのが遅かったのか」


 サラの雷魔法の轟音が辺りに響いたときにリュークの耳にもその音は聞こえていた。

 しかし、リュークの魔力探知にギリギリ引っかからないで待機していたバジリスク達が一斉にリュークに襲い掛かったのだった。


 SS級冒険者のリュークをしても、その囲いから逃れることは出来ずに全てのバジリスクを相手にしてしまった。


「きつかったな……魔力に察知して避けるから囲まれてたら狙いが定まんなかったから、数十匹を刀で相手することになった」

「それを一分も経たずに相手し終わって無傷なのは流石としか言えないな……」

「それより、さっきの動けなくなるやつは何だったの? 意識はあったのに目の前は真っ暗になって……」


 サラがさっきの状態を思い出したのか身体を震わせる。


「そうだったな……バジリスクの眼を見てからいきなり動けなくなった」

「わからんが、麻痺状態にあったな。心臓も止まって息も止まってたぞ」


 バジリスクの眼を見た者は即死するわけではない。

 原始的な恐怖の感情を呼び起こし、相手の動きを麻痺させる。心臓も息も止めるその眼を見たら最後、防御不可能な攻撃にそのまま絶命するが、今回はすぐにリュークが治癒魔法をかけたので後遺症も残さずに回復できたのである。

 アメリアが止まったことにより風魔法で囲っていたのも途切れたが、息をしていなかったので毒の空気を吸うことはなかった。


 リューク達が話していると地面が――氷柱が大きく揺れ始める。


「な、なに!?」


 サラが下を向くと、バジリスクの数匹が氷柱に身体を巻き付かせていた。


「まさか……巻き付く力でこの氷柱を崩したというの!?」


 蛇は自分より大きな生物を絞め殺すことができる。

 このアメリアが作った氷柱ですら、巻き付いて締めることによって根元から折ったのである。


 ほとんど魔力を使い切ったアメリアとサラは、崩れていく氷柱に為す術もなく体勢を崩して落ちて行ってしまう。


 リュークは二人が空中に放り出されてから、すぐに二人の元に『次元跳躍ワープ』して二人を両脇に抱えて地面へと跳ぶ。


「危なかったな」

「お、おう……助かったリューク。しかし女性を脇に抱えて助けるのはどうかと思うぞ」

「そうか? じゃあどう助ければいいんだ?」

「それはあんた……やっぱりお姫様抱っこというか、なんというか……」

「お姫様? お姫様……マリアナ王妃のことか? それならクラウディアさんの仕事だろ」

「そういうことじゃないわよ!」


 リュークは脇に抱えた二人を下して、バジリスク達を向かい合う。


 先程アメリアが魔法で押し流したバジリスク達が戻ってきて、リューク達の周りを囲んでいた。


「こいつら少し小さいよな……」

「何を見て小さいって言ってるのよ! どのバジリスクも五〇メートルは超えてるわよ!」

「さっき俺が戦ったのは全部一〇〇メートルは超えてたからな

「バジリスクの中でもこいつらは小さいのか……?」


 リュークの言う通り、アメリアとサラを襲ったバジリスク達は序列的には上の方ではなく、真ん中より下に位置していた。

 リュークを襲ったバジリスクはほとんど最高位にいたバジリスク達だったので、リュークに魔法を使わせないで戦うことができた。


「さて、ずっと刀を使ってたから魔法を使おうかな」


 リュークは一歩前に出て魔力を溜め始める。

 バジリスク達は魔力の収束を感じてはいるが、リュークに近づくと刀で斬られると感じているのか無闇に使づけないでいた。


「さて、さっきの奴らには察知されてこの魔法は使えなかったが、お前らには通じるかな」


 リュークは手を前に出して――魔法を発動する。


 瞬間――バジリスク達はその魔法を避けようと身体をよじらせようとするが、間に合わず。


 ――十数匹のバジリスク達は爆散した。


 頭が無くなるもの、胴体が弾け飛ぶものもいる。

 全てのバジリスク達がその正体不明の攻撃を避けられずに絶命、重傷を負った。


 一気にリューク達の周りが死屍累々(ししるいるい)の状態になったが、リュークは特に気にせずにアメリア達のほうを向く。


「終わったぞ」

「いや……何をしたんだこれは……」

「いきなりバジリスク達が吹き飛んだけど……」

「そういう魔法を使ったんだ。防御不可能な魔法攻撃だ」

「そんな魔法あるのか!?」

「ああ、今度教えるよ」


 リュークは出来るだけ綺麗に死んでる――最初に刀で綺麗に殺したバジリスク一体を異空間にしまう。


「さっきここに来るまでに戦ったバジリスクも持ってきたが、素材は多い方がいいだろう」

「まあそうだが……異空間の大きさもさすがだなリュークは。私は今の一体のバジリスクも入れることが出来ないぞ」

「よし、やっと素材も集め終わったし帰るか」


 リューク達はバジリスクの死体や肉片が散らばってる場所から去っていった。

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