第60話 激流


 魔力探知内にバジリスクは少なくとも一〇匹以上いると感知したアメリアはどうすべきか熟考する。


 すぐに思いついたのはサラを抱えて『次元跳躍ワープ』することだったが、バジリスクたちはアメリアの魔力探知範囲のギリギリ、三〇〇メートル付近を中心に自分たちを囲んでいた。

 なぜか紫色の霧が出ているので、肉眼ではバジリスクの姿が捉えられない。


(これは……狙ってやっているのか!?)


 アメリアは魔力探知を一方向に伸ばして五〇〇メートル程にしてみたが結果は同じ、そこにもバジリスクが囲むように待機していた。


 確実にアメリアの魔力探知の範囲を理解してやってるとしか思えない行動であった。


 魔物はある程度知性があるものもいる。獲物を集団で弱らしてから狩りをする、今回のように獲物を囲って狩りを行う魔物はそう珍しくはなかった。

 だが、今回のバジリスクはこちらの魔力を完全に把握して囲っているのは長いこと冒険者をしてきたアメリアは聞いたこともなかった。



 バジリスクはその生態を知られていないので周知されていないが、魔物の中でもトップに近いほど頭が切れる魔物であった。


 先程、サラが魔法を放つときにバジリスクがしていた行動、『舌を出す』。

 普通の蛇は舌を出して周りの環境を感じ取る。空気中の味、匂いを舌で把握して狩りなどをする。


 バジリスクも同様に、舌で周りの環境を把握する。しかし、それの把握力は普通の蛇の比べものにならない。

 舌で周りのすべて、魔力をも感じ取る。


 今までリューク達が共に行動していた時に襲ってこなかったのは、リュークの魔力内包量の多さから、昔来た人間と同等かそれ以上の強さを感じて手を出さなかったのである。


 リュークの広い魔力探知を完璧に把握しその範囲内に入らなかったバジリスク。

 そしてリュークと別れアメリアがいなくなった瞬間に、一番弱いサラを狙って狩りを始めたのだった。


 しかも――バジリスクの中では序列が存在する。

 その序列に従って、狩りは最下位のものから始める。最下位のバジリスクは獲物を狩ったとしても、上のものに譲らないといけないという決まりがあった。

 これが先程、サラが生きているのに攻撃をやめた理由であり、魔法を使おうとした瞬間に攻撃を仕掛けた理由であった。

 紫色の霧も、バジリスクが体内から出している毒の霧であった。湖から出る毒の空気より強力で、一息吸えばどんな生き物も動けなくなるほどの毒であった。



(どうすればいい……!? この現状を打破するには……!?)


 サラの状態は毒はほぼ身体の中から取り除いたが満身創痍であり、一人では全く動けない。

 逃げようにも『次元跳躍ワープ』でもこの囲いからは逃のがれられない。

 一人で戦おうにも、一〇匹いる以上いるバジリスクの群れを相手にどこまでやれるかわからない。しかも、戦ってる間にもサラが狙われては対処できないだろう。


(しかし……そんなことも言ってられないな)


 リュークはまだこちらの状況に気付いてないのか、来る様子はない。気付いているのならあのリュークのことだ、すぐにアメリアより早くサラの元に来たであろう。

 アメリアより広い魔力探知を持ち遠くまで『次元跳躍ワープ』が出来るのに来てないということは、リュークの助けなしでこの状況を覆さなければならない。


(出来る出来ないじゃない……やるしかないのだ)


 アメリアは魔法を放つために魔力を溜め始める。


 しかし――その魔力の収束を感じたのか、周りを囲んでいたバジリスクが一気にアメリア達に向かって攻め込んでくる。

 グレートウルフのネネとルルのスピードより速く迫ってくるバジリスクたちは、視認出来る距離まで来ている。


「ア、アメリア様……あたしを置いてお逃げください!」

「黙ってろサラ」

「ですがアメリア様! この状況では……」

「お前がいてもいなくてもこの状況は変わらん。口を閉じてろサラ、舌を噛むぞ」


(一か八かだ……やってやろう)


 アメリアはサラを左手で抱きかかえるように持つと、『次元跳躍ワープ』をする。


 バジリスク達は一瞬で消えたアメリアとサラを、舌を出して探す。

 そして――一〇匹以上のバジリスクが一斉に上を向く。


 上空一〇〇メートルほどに、サラを抱えたアメリアが杖を構えて魔法を放とうとしていた。



「全てを呑みこめっ!!――『津波ツナミ』!!」



 上空から、何万トンもある水の塊――瀧たきのような勢いで落下するそれは、バジリスクでももう避けようにもないほどであった。


 地響きを打たせながら落下していく瀧は、一〇匹以上いたバジリスクを激流へと呑みこんでいく。

 バジリスクは抵抗も出来ずに激流に押し流されていく。


 しかし、アメリアとサラはこのまま落ちてしまったらバジリスクと同じ様に激流に巻き込まれてしまうだろう。

 力を振り絞ってアメリアは足場を作る。


「『氷柱アイスィクル』!!」


 地上で流れている一部の水を凍らせ、地面から約五〇メートルほどの氷の柱を作る。幅は二メートルほどなのでアメリアはそこに着地する。


「はあ……はあ……やった、ようだな」

「……凄いです、アメリア様……凄すぎます」

「いや、サラのように絶命ではいかないだろう。せいぜい時間稼ぎにすぎん」


 サラはアメリアを尊敬の眼差しで見ていた。

 あれほどの絶望の状況において、足手纏いの自分を抱えてバジリスク達を押し流したのだ。

 今までもアメリアには何回も助けられたが、格上の相手と戦ってなお輝くその姿にサラは心酔する。


(一生……このお方についていこう)


 そう決心することはサラにとっては水が下に流れるように当然のことだと感じた。



 下を見ると水は全て流れていったようで、バジリスクの姿は一匹も見えなかった。


「よし……うまくいったようだな。どれほど時間が稼げるかはわからんが、ここにいた方がよさそうだ。もう『次元跳躍ワープ』も出来そうにない」

「そうですね……地面にいるよりはこの高さにいた方が安全かもしれませんね」

「そうだな、休憩しようか――」


 アメリアがそう言った瞬間――アメリアの後ろから音がした。

 サラは既にその音を発生させたモノを見ているようで、顔が恐怖に歪んでいた。


 アメリアは後ろを振り向くと――一匹のバジリスクの顔があった。


 先程の激流の流れがバジリスクを襲う前に一匹だけ、あの中で序列が一番上だったバジリスクだけが地面の氷を割って湖の中に身を潜めて逃れていたのだ。


 アメリアは魔力探知を出来ないほど疲弊していたのでこの一匹に気付かなかった。



 そして突如現れたバジリスクに驚愕したのか――二人は見てしまった。

 ――バジリスクの眼を。


 爬虫類特有の眼は、切れ長で縦に長い瞳孔を持っていて感情が見えない。



 バジリスクの眼を見た二人は――眼前が暗闇に染まった。

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