第59話 バジリスク

 アメリアが上へと『次元跳躍ワープ』した瞬間――正確には二回目跳んだ瞬間、サラの一〇〇メートルの魔力探知に巨大で蠢く物体が感知した。


「――っ!!」


 サラは勢いよく左方向へと顔を向ける。

 サラの眼前には――巨大な蛇の顔があった。

 一〇〇メートルという範囲で感知して反応した時には既にその蛇――バジリスクは数メートルという距離にまで近づいていた。


「――くっ!!」


 サラは寸前でバジリスクの目を見ることなく済み、杖を構える暇はないと判断し手の先から雷魔法を発動させる。

 リュークとは違い杖を構えないとまだ自分に雷の余波が流れるのを覚悟の上で、急速に近づいてくるバジリスクに雷を放ち直撃する。


 ――しかし、バジリスクはほとんど怯む様子を見せずにサラへと直進し、尻尾を唸らせサラへと攻撃する。

 サラは雷魔法の余波の痛みに耐えながら紙一重で攻撃を躱す――が、その動きを読んでいたがごとく、バジリスクは素早く反応してサラの身体に尾を巻き付ける。

 そのままの勢いでサラの身体を振り回してバジリスクは自分が来た方向へとサラを吹っ飛ばす。


 サラはバジリスクの尻尾から離され勢いよく吹っ飛んで行ってしまう。

 上空へ飛ぶように吹き飛ばされたサラは天地が回るように感じてしまい自分の体勢がわからなくなる。


 このままの勢いで氷に叩きつけられたら死ぬまではいかないが、身体を強く打ち付けて動けなくなる可能性がある。

 しかし雷魔法以外使えないサラには空中で体勢を立て直す術がない。

 衝撃に備えて空中で頭を抱えるしかなかった。


 そして――三〇〇メートルほど飛んでいきサラは地面へと落ちた。


「――かはっ!!」


 横っ腹から落ちてしまったサラは肋骨が折れる痛みに息が漏れる。

 落ちてからも数メートルほど転がっていき、ようやく止まる。

 その時にはサラは既に満身創痍であった。


 右足は骨が折れてはないが感覚的には骨にヒビが入っているだろう。

 左腕ももう動かなくなり使い物にならない。

 口の中に血の味がするという事は折れた肋骨が内臓に刺さっているのかもしれない。


 しかし一番致命的なのは――呼吸をしたことだった。


 サラが元々いた場所にはアメリアが囲った空気があったが、吹き飛ばされた場所にはそれがない。

 サラの今いる場所には――毒の空気が充満している。


 痛みに悶えていたサラだったがすぐにそのことに気付いたが少し遅かった。


「――うっ……あっ……」


 喉を押さえて顔を歪めて苦しむ。

 少量でも吸えば人を死に至らしめると言われている『ラミウムの湖』の毒の空気。


 すぐに死ぬわけではないので遅効性の毒であるのだろう。それが不幸中の幸いであった。

 その毒の空気に苦しみながらもサラは身体に鞭を撃って立ち上がる。

 そうしなければ毒の空気で死ぬ前に――既に隣にまで来ているバジリスクに殺されてしまうだろう。


 サラは少しでも毒の空気を吸わないように息をしないでバジリスクに立ち向かう。


 バジリスクはサラを上から見下ろしながら特に何もしない。

 既に仕留めた餌としてしか見ていないのか、それともほかの理由か――。


 サラはバジリスクがなぜ攻撃しないで自分を見ているのかわからなかったが、ここしか自分が一矢報いるチャンスはないと考え杖を懐から――出そうとしたが杖は折れていて使い物にならなかった。


 しかしサラは右手をバジリスクの方に向けて魔力を溜める――一ヶ月前にリュークに放った一撃と同じ攻撃をバジリスクに撃つために。


 バジリスクは蛇特有の長い舌をチョロチョロと出していたが、その舌の動きが一瞬止まり――すぐさまサラへと大きな口を開けて丸呑みにしようと攻撃を仕掛けてきた。



(――遅いわよ……食らいなさい、バジリスク!!)



 一ヶ月前より素早く大きな魔力を溜めこんだサラがバジリスクの攻撃が届く前に――『雷撃ライゲキ』を撃ち放った。



 辺りは白く染まり、雷鳴が轟いた――。



 白く染まった世界が戻ると、サラの目の前には動かなくなったバジリスクの姿が見えた。

 そのバジリスクはサラを食べようとして大きな口を開けた状態で動かなくなっていた。


 バジリスクはそのままの状態で地面へと倒れこんだ。

 大きな口を開けたせいで電流が体内へと思い切り流れたのだった。


 サラはバジリスクを倒したのだが全く喜ぶことが出来なかった、

 喜び、声を上げては毒の空気を吸ってしまうのだ。

 ただでさえ少し吸っているのだからもうこれ以上吸ってはいけない・


 しかし――サラも限界が近かった。



(――息がっ……もう……)



 満身創痍の中、ほぼすべての魔力を用いて雷魔法を放ったサラ。杖を使用しなかったため、先程バジリスクに咄嗟に放った魔法より強く雷の電流がサラの身体を襲った。

 いつもなら魔力を切らすギリギリで息を切らしていて、今の状況では気絶してもおかしくない。

 だが、息を切らして呼吸をしてしまったら毒の空気を吸ってしまう。

 サラはその極限状態のまま息を止めている危ない状況であった。



 しかし――次の瞬間、目の前に人が現れる。


「サラっ!! 大丈夫か!?」


 『次元跳躍ワープ』してきたアメリアであった。

 アメリアは新鮮な空気を囲ってきたと確信したサラはようやく息を吸って大きく咳き込む。


「ごほっごほっ……! ア、アメリア、様……ありがとうございます……」

「大丈夫か!? これは……バジリスクか!?」

「は、い……アメリア様が、いなくなってから……来て……」

「無理をするな! 今治療してやる!」


 アメリアはすぐさま治癒魔法を使い始める。

 サラの顔色の悪さから、毒の空気を吸ってしまっていると判断したアメリアは毒の治療から行った。

 アメリアがサラと別れて上空へと跳んでから、まだ10秒も経っていなかった。それなのに、サラはもう瀕死寸前まで追い込まれていた。


「あり、がとう……ござい、ます……」

「いい、休め……よく頑張ったな」


 アメリアはサラを横たわらせて治療をする。

 サラは苦しそうな顔が少しは和らいできているようだった。



 しかし――アメリアはすぐさま異変に気付く。



「っ!! まさか……」


 サラはアメリアの表情を見て何かが起こっていると判断したが、もう身体が言うことを聞かずに動けない状況だった。



 アメリアの三〇〇メートルの魔力探知が反応したのは――数匹はいるバジリスクの群れであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る