第57話 ラミウムの湖到着


 リューク達はネネとルルに乗ってラミウムの湖へと向かっていた。

 前回のように、リュークはネネが走っている前の空気の壁を魔法で取り除いていたので、時速は七〇キロほど出ている。

 その繊細な技術に後ろでリュークにしがみついてるサラが話す。


「あんたやっぱりすごいわね……」

「メリーにも言われたが、練習すれば誰でも出来る。それにルルのほうは俺は何もしてない。アメリアがやってるってことだ」

「ああアメリア様……さすがでございます」

「俺と反応違いすぎね?」


 隣で並走しているルルのほうを見ながらサラが恍惚な顔を浮かべていた。


「サラはアメリアのこと好きすぎるよな……きっかけとかないのか?」

「そうね……あたし達姉妹がアメリア様に出会ったのは二年前ね。アメリア様がA級で私達がC級だった頃、あたし達が依頼を遂行してからの帰り道、当時ギリギリで勝てるか勝てないかの魔物に遭遇して、死にそうになってたの」

「そこを助けたのがアメリアなのか?」

「……あんた話の落ちを言わないでよ。だけどそう、そこに現れたのがアメリア様だった。あたし達の前に立って戦うその背中にあたしは憧れた。あたしもそんな背中で誰かを守りたいと思ったわ」


 一ヶ月前、あたしを守ってくれたお姉様達の背中のように――。


「アメリア様やお姉様達にはいつも助けられてばかり……。二年前にアメリア様に助けられた時もあたしがお姉様達の足を引っ張って守られていたのが原因だったわ」


 依頼を遂行するときにサラは魔力をほぼすべて使い切っていて、魔物から逃げ切れる体力は残っていなかった。


「いつか……アメリア様も、お姉様達も守れるようになりたい――いえ、絶対になるわ」

「……そうか、じゃあもっと強くならないとな」

「ええ、そのために今回の依頼も絶対に生き延びてやるわ」


 リュークの背中にしがみつきながら決意を固めるサラだった。



 一時間と少しほど走っただろうか、ネネとルルは全く止まることなく走っていたが――突如急激にブレーキをかける。


「どうしたネネ……?」


 リュークがそう聞くが、ネネは目の前の何もない空間を睨んでいた。

 ルルに乗っていたメリーがリュークとサラに近づいてきて言う。


「リュークさん、ここから……三キロほど行ったところから空気が違うという事です」

「もうか……そんなに毒の空気が広がっているのか」


 まだ一時間と少しほどしか走っていないので、約八〇キロほど。ここから湖にはまだ二〇キロほどある。


「もう少し行けるか? ネネ、ルル」


 リュークがそう言うと、低く唸ってからまた走り始める。しばらく走るとまた二匹は止まる。


「ここまでか……ありがとな」


 リュークはネネから降りて礼を言って頭を撫で、サラとアメリアも二匹から降りる。


「ここから歩いていくか」

「毒の空気はどうするの?」

「風魔法で俺たちの周りの空気を囲んで毒の空気を入らないようにする。アメリアとサラは俺のそばから離れないでくれ」

「私は風魔法は出来るが?」

「いや、一時間魔法を使いっぱなしだったから休んでてくれ。やるのは俺一人だけで十分だ」

「そうか……ならお言葉に甘えるとしよう」


 リュークは風魔法を発動させ周りの空気を囲む。


「周りの空気囲んで進むならネネちゃんとルルちゃんでもっと近づけばいいんじゃない?」

「近づいた後に俺とアメリアが離れたら毒の空気が満たされてるところに放置することになる。だから毒の空気がないここまでだな」

「リュークさん、アメリア様、サラ様、お気を付けください。私が風魔法が出来ればよかったんのですが……」

「いや、ここまででも本当に助かった。ありがとなメリー」

「いえ……絶対帰ってきてくださいね」

「おう、当たり前だ。今日中には戻る」

「昼飯はどうするんだ?」

「一日くらい我慢できるだろ、こっからは食料に出来る魔物もいないんだ。……バジリスクって食べれるのかな?」

「あんた……発想が意味不明だわ。化け物を食べようなんて……」

「蛇は食べれるだろ?」

「もういいわ……」


 サラがリュークに呆れながらも顔を引き締める。ここからはどこでバジリスクが襲ってくるかわからないのだ。


「よし、行くか! 二人とも、わかってると思うが魔力探知を怠らないように」

「ああ、当たり前だ」

「あんたに指示するされるのは気に食わないけど……ちゃんとやってるわ」


 リューク達は湖の方向へと歩き出す。


 数十分歩くと、メリー達の姿が見えなくなる。ここまで来ると、風で空気を囲ってないと毒の空気がリューク達の回りに充満している。

 リューク達は無言で歩き続ける。いつ襲ってくるかわからない化け物を気にして歩き続けるのは尋常ではない集中力がいるだろう。


「二人とも、魔力探知はしてないといけないがそこまで神経質にならなくていいぞ。俺のほうが探知の範囲は広いから異変があったら教える」

「お前は半径二キロだからな……それもそうだな」

「そうね……もう少し気楽に進むわ」


 二人は完全には気を抜くわけではないが、肩の力を抜いて進みだした。


 数時間歩くとサラが少し疲れを見せる。息が荒くなり、歩くペースが少し遅くなる。


「大丈夫かサラ? 無理するな」

「すい、ません……アメリア様。あたしの体力がないばかりに……」

「お前、そんなに体力なかったっけ?」

「うる、さいわね……あたしもこんなに早く体力が切れることなんて……息がしづらくて」

「……まさか」


 リュークは上を見て少し考える。思い立ったことだあるのかアメリアに話しかける。


「アメリア、すまないが少しここから離れるから風魔法でここを囲っててくれないか?」

「構わないが……」


 アメリアが風魔法を発動してリュークの代わりに空気を囲む。

 するとリュークは一瞬でそこから消える。


「なっ!? ど、どこに……『次元跳躍ワープ』か!?」


 リュークが消えた理由をすぐに理解したアメリア。そしてすぐにリュークが帰ってきた。


「悪いな、もう風魔法やめていいぞ」

「そうか? それでどこに行ってたんだ?」


 アメリアは風魔法を止めながらリュークに問いかける。


「上に行ってた」

「はあ?」

「それよりサラ、息がしづらいのは戻ったか?」

「……そういえば、戻ったわ。どういうこと?」


 サラは息を整えながらリュークに問いかけた。


「多分、空気を囲んでいたから新鮮な空気がなかったんだ。だから息がしづらくなった」

「そういうことか……だからサラもいつもより早く息が切れたのか」

「そうだな、だから上に行って新鮮な空気を取ってきた」

「上って……あんたどこまで行ってきたの? 確か毒の空気って二〇キロくらい湖から出てるんじゃないの?」

「上の空気はそこまでではなかった。二キロくらいだな」

「それでも十分あるわよ……」


 毒の空気は普通の空気より重いらしく、上にはそこまで広がっていなかったらしい。


「もう少し歩いたら、俺の『次元跳躍ワープ』で湖の近くまで行くか」

「そうだな、二〇キロ歩くのは辛いものがある」

「じゃあ行くか、もう少しだからサラも頑張ってくれ」

「あんたに言われなくてもそのつもりだわ」


 そしてリューク達はまた歩き始める。

 数時間歩き、結構近づいたのでリュークの魔法で一気に湖に近づく。


 何回か『次元跳躍ワープ』して湖のそばに着く。


 リューク達は湖を見渡すと、湖の色は毒々しい紫色であった。リュークの魔力探知でも特に魔物の姿は捉えられなかった。


「さて、ここまで来たがどうするんだ? まさか毒の湖を泳いでバジリスクを探すわけではあるまいな?」

「そんなわけないだろ、俺でも死ぬわ」

「じゃあどうするのよ、湖の周りを歩いて探すの?」

「いや、湖を歩いて渡るぞ」

「はあ? あんたどういうことよ」


 リュークは湖に近づきしゃがむ。そして水にギリギリつかないように手を水に向ける。



「『絶対零度アブソリュートゼロ』」



 ――瞬間、アメリアとサラの目の前は氷の世界になった。

 波がほとんどなかった湖は表面がなだらかなまま氷となる。

 見渡す限り紫色の湖だったのが一瞬にして氷の世界へと変わった。

 氷も水の色の影響か紫色に輝いていて幻想的な美しさがあった。


「――なっ!?」


 ようやくこの状況を頭が受け入れたのか、アメリアが声を出す。


「こ、凍らせたのか……湖を……」

「ああ、さすがに全てを凍らすのは無理だったが五キロ先くらいまでなら氷の上で戦っても大丈夫なくらいにはなったと思う」

「あんた……本当に規格外ね」


 サラもこの魔法には驚愕し目の前の光景を疑っていたが現実だとわかるとリュークを力に素直に感嘆した。


「これくらいアメリアも出来るだろ」

「少しなら出来るかもしれないな……それでも五〇〇メートルが限界だ」

「練習すればもっと出来るようになる。とりあえず行くか。滑らないように気をつけろよ」


 リュークは氷となった湖の上に足を踏み出す。アメリアとサラもそれに続いて慎重に氷の上を歩く。


「アメリア様、転ばないように気を付けてください」

「……サラよ、なぜ私にもう一度注意を促したのだ」

「アメリア様……時々何もないところでも転ぶので」

「さすがだなアメリア」

「何がさすがなんだリュークよ!? 馬鹿にしているだろ!?」

「そんなアメリア様も可愛いです……」

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