第53話 呪い

「記憶喪失……って?記憶がなくなってるのか?」


 敬語を使えないリュークが全員が絶句してるなか、クラウディア国王に問う。


「そうだ……約一ヶ月前から、記憶を失い始めている」

「失い始めている……?どういうことですか?徐々になくなってるってことですか?」


 サラの質問はアメリア達がクラウディア国王の言い方に疑問を感じた部分であった。

 通常、記憶喪失とは例外はあるが精神的ショックや頭への外傷などにより、過去の記憶などが思い出せないなどの症状が主である。


「……妻の記憶喪失は病やまいではない――『呪い』だ」

「『呪い』?呪いってなんだ?」

「病ではありませんが……簡単に言うと病の症状が重くなったものと考えていいでしょう」

「そうですな……病は皆が罹かかる可能性があるもの、呪いは特定の人物しか罹らないものと考えてもいいですな」

「特定の人物って決まってるのか?」

「わかりません。呪いにかかる人物の関連性は全くありません。地域、血筋、男女などの関連性の何もありません。病のように伝染するものでもありません」

「突如いきなり罹るもの……それが呪いです」

「そして……病は魔法など薬などで治せるが、呪いはそんなものでは治らない」


 呪いの説明の最後に、クラウディア国王が俯きながらそう呟いた。


「治らないのか?」

「そうですね……治ったという事例を私は聞いたことがありません」


 テレシアが言いづらそうにそう言った。


「呪いの種類は様々だ、いきなり五感が全く感じなくなるもの、息が出来なくなるもの。呪いにも重いもの、軽いものはあるが……妻の呪いはまだ即死に至るものではないから軽いものであろう」


 クラウディア国王はそう言ったが、表情はその言葉を受け入れてはいなかった。


「マリ、自分の部屋に戻っていいよ」

「私わたくしの話をしているのでは?」

「ああ、そうだけど……大丈夫だ、君は心配しないでくれ。僕が守るから」

「そ、そうなのですか……?では、失礼します」


 クラウディア国王はマリアナ王妃を相手にする時だけは一人称が変わるようだ。クラウディア国王の言葉に少し頬を紅く染めながら、マリアナ王妃はリューク達に一礼してから部屋を出ていく。

 マリアナ王妃が出ていくのを見てクラウディア国王は話を続ける。


「一ヶ月前から徐々に記憶を失っている妻は、もう既に今まで生きてきた全ての記憶を失いつつある」

「もうそんなに記憶が失って……!」


「そう……小さい頃の記憶も、今まで出会った人たちのことも――私のことも」

「……っ」


 クラウディア国王の言葉に、先程声を出してしまったアメリアは今度こそ言葉を失う。

 全ての記憶、人との関わりを忘れるとはどれほどの恐怖であり――愛する人に忘れられるとはどれほどの辛さなのか、想像もつかない。


「私のことはいいんだ。私はマリとの記憶を全て持っていて、マリのことを愛してるのだから。しかし、マリは全てを失ったのだ。その恐怖は私とは比べものにならないだろう」


 自分の辛さを押し殺し、愛する者を想い続けるクラウディア国王。


「だから私は――王を退位して、これからの人生全てを彼女のために過ごすのだ」


 その言葉にはクラウディア国王の――否、国王ではない、一人の男としてのクラウディアの覚悟が伝わってきた。


「国王、考え直してください! 王妃はメイドや私達がお世話を致します! 貴方様がいなければこの国はこれからどうすれば!?」

「すまないバルトロ……」

「民には!? どう説明すればいいのですか!? 貴方様が王妃のために国を捨てたなど……説明できるわけない!」


 バルトロは声を荒げてなんとか国王を引き留めようとする。しかし、国王の意志は変わらない。


「民には私が説明しよう……ありのままに、全てを」

「そんな……っ!?」

「私は約束したのだ……結婚するときに――僕のすべてを懸けて貴女を幸せにする、と」


「民に蔑さげすまれようと、侮辱されようと私は構わない――マリが幸せになるなら、僕は悪魔と呼ばれようと、塵ごみと呼ばれようと喜んで受け入れよう」


 バルトロは必死になって立ち上がって引き留めていたが、クラウディアの覚悟を感じ取ったのかソファに崩れ落ちる。


「その……今回の騒動の理由はわかった。だけど、俺が呼ばれた理由が見えてこないんだが……」


 全ての経緯を聞いたリュークだが自分がなぜ宰相のバルトロに呼ばれたのか未だにわからずにいた。

 リュークの言葉にバルトロは思い出すかのように顔を上げて話す。


「お、おお! そうでしたな! リューク殿をお呼びした理由はただ一つ! 呪いを解いて欲しいのじゃ!!」

「呪いは治らないんじゃないのか?」

「噂によると一つだけ、治った事例があると耳にしたことがあるのじゃ……」

「なんと!? それなら王妃殿の呪いも治るかもしれないと!」

「その通り!」


 バルトロの言葉にアメリアがいち早く反応していた。


「その事例が、SS級冒険者のフローラ様――魔帝様が持って帰ってきた素材で作った薬だけが呪いを治すということらしいのです!」

「では私達がそれを持って帰れれば……」

「王妃の呪いが治る可能性があるという事です!」


 バルトロは熱く演説するように説明する。しかし、クラウディアはそれに待ったをかける。


「バルトロよ、あんな危険な場所にこの者達を行かせるというのか?」

「うっ……しかし同じSS級冒険者のリューク殿なら!」

「とりあえず、その危険な場所と素材を教えてくれ」


 リュークの言葉にバルトロは躊躇ためらうように言う。


「……ここから北西に一〇〇キロほど、『ラミウムの湖』。そこにいる魔物の目と肝を取って来て欲しいのです」

「『ラミウムの湖』……そこってまさか毒の湖の!?」


 テレシアが知っていたらしく、その名前を聞いて驚愕していた。


「テレシア、どういうところなんだそこは?」

「今言った通り、湖の水が全て毒なのです。飲むことはもちろん、そこに漂う空気を少しでも吸えば死に至ると言われています」

「人族の大陸の中でも魔の森と一位を争うほど危ない場所だ」


 テレシアの説明にクラウディアが付け加える。


「そんなところには人はもちろんのこと、魔物も住めずに空気を吸うだけで死にます――その湖にただ一種、存在するといわれる魔物以外は」

「その魔物を……リューク殿には倒して来て欲しいのです」

「その魔物ってのは……?」


「蛇の王――バジリスク」


「バジリスク……? どういう魔物だ?」

「わからないのです。その湖にしか生息しておらず、倒したのは魔帝フローラ様ただ一人。実力は未知数ですが、毒の湖を悠々(ゆうゆう)と生きている魔物です。弱いことはないでしょう」

「噂で聞いたことあります。なんでもバジリスクの目を見ただけで生き物は絶命すると……」

「目を見ただけでですかお姉様!? そんなのどうやって倒せば……」

「――いいのだバルトロよ」


 バルトロがリュークに依頼の内容を説明していたが、クラウディアが止めに入る。


「そんな危険を冒おかしてまで取りに行くものでもない」

「しかし王様! バジリスクの素材が手に入りさえすれば王妃の呪いも!」

「たとえ呪いが解けたとしてもだ……記憶は戻らん。どんな魔法や薬も消えた記憶は治せんのだ」

「そんな……っ!」


 一筋の光である薬が手に入ったとしても、記憶は戻らない。だとするならば――。


「――記憶が戻らなければ私はマリのために王を退位して彼女を支える。だから呪いは解く意味はもうないのだ」


 もっと早くリューク達が王都に着けば、いや、もっと早く直接依頼を出していれば間に合ったのかもしれない。そう思うとバルトロは後悔でいっぱいだった。


「すまないな君達も。依頼を出すこともなく終わってしまって。遠いところから訪れたというのに」

「いや、それは構わないんだが……」

「代わりといっては何だが、今日は王城に泊まっていきなさい。来賓用の部屋を用意しよう」


 そう言ってクラウディアは応接室を出ていく。部屋を出てメイド達に部屋の用意をさせるようだ。


 応接室には項垂れて動かない宰相のバルトロと、ソファに座ったままのリューク達が取り残された。


「リューク君、どうするの~?」

「まあ……俺たちに出来ることは何もないだろ」

「あんた、バジリスクを倒してこようとは思わないわけ?」

「倒してどうなる? 倒したところで意味がないんじゃ仕方ないだろ」

「そうだけど……」

「……まあ今日は王城に泊まって様子見かな」


 リュークは独り言のように呟いた。


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