第54話 愛

 

 リューク達は王城に客人として招待され、メイドに連れられて個別の部屋に通された。個別の部屋だが、五人が泊まっても余りがあった。


「広いな……ベッドもでけえし」

「リューク様、夕飯時になりましたら連絡をいたします。それまでゆっくりお休みください。では失礼します」


 メイドが部屋を出てってリュークは部屋に一人になるが、すぐに扉が叩かれる。リュークが返事をするとアメリア達が部屋に入ってきた。


「どうしたんだ?」

「こんな豪華な部屋に一人でいても落ち着かないからな。皆で集まってリュークの部屋に行こうという事になった」

「ここのベッドも気持ち良いんだけどさ~、リューク君のベッドのほうが気持ち良いから貸してくれないかな~?」

「まあいいけど……日干しとかしてないけど大丈夫か?」

「太陽の匂いよりリューク君の匂いのほうが好きだから大丈夫だよ~」

「なっ!? エイミーお姉様! そんなのずる……卑怯です! あたしもあんな豪華なベッドじゃ寝れません! だからあんた! あたしにベッドを貸しなさい!」

「なんでそんな上からなんだ?」

「そうだぞお前達、だからリュークよ。間あいだを取って私にベッドを貸すんだ」

「どの間を取ったんだ」

「リューク様、このままですと埒が明かないのでご自分でお使い下さい」

「そうだな、そうしよう」


 リューク達は一つの部屋で過ごしていると、メイドが夕飯が出来たという事を伝えに来てくれた。メイドに案内され通されたところには、クラウディアとマリアナ王妃が既に座っていた。


「美味しい料理を用意させてもらった。我が王城の料理人達が腕を振るって作ったものだ。君達の舌に合えばいいが」


 リューク達が席に着くと次々と料理が運ばれてくる。リューク達は一つ一つの料理を美味しく味わいながら食しょくしていく。

 クラウディアとマリアナ王妃はフォークやナイフを綺麗な所作で使っている。リューク達は不慣れで皿とフォークなどが当たって金属音がなってしまう。特にサラは苦戦をしていた。リュークはクラウディアの所作を真似て最後のほうは慣れていた。しかし最初から最後までテレシアは音は全く出ていなかった。どこで習ったのか謎である。


「美味しかったかい?」

「はい、とても。どうやってここまで美味しいものが出来るのかお聞きしたいほどです」

「料理人に聞けば答えてくれると思おうが……料理長を呼ぼうか?」

「迷惑ではないなら是非」


 テレシアはこの料理を教えて欲しいらしく、料理長と共に話していた。許可を貰ったらしく、一緒に厨房へと向かった。


 リューク達は部屋に戻って思い思いに過ごしていた。


 リュークはベッドに寝っ転がっていたが落ち着かなくなり、部屋を出て王城を見て回ろうと思った。

通りかかったメイドに王城を見回る許可を貰って、案内するという申し出を丁重に断って王城を歩き回る。


 リュークが王城を見て回っていると、屋上へと繋がる階段を上がった。

 屋上へと出て空を見上げると、暗い夜空に何万もの光を放つ星が見えた。屋上から王都を見渡すとほとんど光がなかったが、星の光が王都の街を照らしていた。


 リュークは屋上の庭園のような場所に行こうと思ったが、気配を感じて物陰からそこを覗く。するとそこには、クラウディアとマリアナ王妃がいた。


「ここは僕が君のために無理を言って職人さん達に作ってもらったんだ。僕の想像以上に綺麗に仕上がってくれた。君もとても喜んでくれてね……暇があれば君と二人でここで過ごしていたんだ」

「そう、だったのですか……」


 クラウディアがマリアナ王妃のためにこの庭園の説明をしているところであった。

 マリアナ王妃は庭園を見渡しながらその話を聞いている。


「すごい、綺麗です……」

「そうかい? 喜んでもらえて何よりだよ」


 マリアナ王妃は目を輝かせながら庭園を見渡して笑顔になっていた。その笑顔を見てクラウディアも幸せそうに微笑んでいた。


「ここからだと天気がいい日は星空も見えてね……空を見上げてごらん」

「わあぁぁ……すごいです」

「夜は暗いけど星や月が照らしてくれる。昼もこの庭園は綺麗だけど、夜も昼とは違う顔を見せてくれるんだ」

「そうですね……」


 マリアナ王妃は星や月に照らされている庭園を眺め、空を見上げる。


「月が……綺麗ですね」

「っ! そう、だね……月が綺麗だ」


 クラウディアとマリアナ王妃は二人して口を閉ざして空を見上げる――。


 静かで美しいその光景を眺めていたマリアナ王妃が、クラウディアに問いかける。


「クラ君……聞いてもよろしいでしょうか?」

「ん……なんだい?」

「なぜあなたはこんなに私わたくしに優しいのですか?」

「君を愛しているからだよ」


 マリアナ王妃の問いに、即答するクラウディア。


「……貴方に初めて会った時にも言っていましたね」


 マリアナ王妃はクラウディアに初めて会った時――クラウディアの記憶を全て失った時のことを思い出していた。


 ――――



『貴方は……誰ですか?』


 マリアナは寝起きに隣にいた知らない人に問いかけた。

 その知らない人は一瞬――顔を歪めて自分に顔が見えないように俯いた。

 次に顔を上げたときは笑顔になっていて、彼は言った。


『僕はクラウディア――ただのクラウディア』

『君に恋し、愛を告げる者だ』



 ――――


「それから貴方と私が結婚していると知りました……だけど……」


 マリアナは続けて問いかける。


「貴方を私は知らない。だから私は貴方を拒否しました。だけど貴方はこんな私に優しくしてくれました……なぜですか?」

「さっきも言ったけど、君を愛しているからだよ」

「違うんです……違う。貴方が愛しているのは私ではないのです」


 マリアナは胸を押さえて項垂れながら話を続ける。


「貴方が愛しているのは記憶を失う前の私です。今ここにいる私は……違うんです」

「今では、自分が誰かも忘れて、貴方に教えてもらうほどです……」


 震える声で伝えるその言葉を聞いてなお、クラウディアは自信を持って答える。


「僕はマリアナ=サザンカを愛しているよ。記憶が無くなったとしても変わらない。君は君だよ」

「なんで……そう言い切れるのですか」

「そうだね……君は記憶を失った自分と今の自分は違うと言ったけど、僕はそうは思わない。すべてが一緒だとは言えないけど、根本的なところは変わらない。僕の好きなマリだよ」


 クラウディアがそう伝えるが、マリアナは顔を上げずに俯いている。


「……僕はね、孤児だったんだ。貧民街でゴミを漁って毎日を過ごしていた。そんな貧民街に……当時十五歳で王様の一人娘だった君が王城を抜け出して来たんだ」


 当時のことを思い出しながらクラウディアは笑いながら二人が出会ったことを話す。


「僕は物心が付いた頃から一人だった。親の名前も顔も知らない。自分の名前さえ知らなかった。そんな僕に君が――名前をくれたんだ」

「クラウディア――女性のような名前だったけど、嬉しかった。初めて涙を流して喜んだよ」

「だけど私は……それを覚えてません」


 未いまだに項垂れているマリアナはクラウディアの話を聞いてそう呟く。


「そうだね……だけど、僕の名前を聞いて君は『クラ君』と呼んでくれたね。久しぶりにその愛称を聞いたよ」


 クラウディアは俯いてるマリアナに近づきながら言う。


「僕にとってはそれが君であることの証明みたいだったよ。他にもいっぱいあるけど記憶が無くなっても――僕の好きな君は変わらないよ、マリ」


 マリアナの顎に手を添えて顔を上げさせる。その頬に流れている涙を指で拭ってマリアナの目を見つめる。


「私……記憶がないけれど――もう一度貴方を好きになってもよろしいのでしょうか?」


 潤んだ目でクラウディアを見つめながら問いかけるマリアナ。


「一度は貴方を拒絶した私が……貴方をもう一度愛する資格はあるのでしょうか?」


 そう問いかけるマリアナに――。


「……何度でも言おう、マリ――僕は君を愛してる」


 ――クラウディアは愛の言葉で答える。


「クラ君……私も愛しております」


 満天の星空に――この庭園で今一度結ばれた二人を祝福するように、流れ星が駆ける――。



 その様子を物陰から眺めていたリュークは――。


「……『愛』って、すげえんだな」


 そう呟いてその場を後にした――。



 翌日――。


 リュークは王城の廊下を歩いていた。メイドに朝の鍛錬に適した場所を尋ねてそこへと向かっていた。

 すると目の前からクラウディアが歩いてきた。


「おはようリューク君、いい朝だね」

「おはよう国王、そうだな……昨日は何か良いことがあったのか?」

「ん? なんでわかったんだい?」

「昨日と違ってめちゃくちゃいい笑顔だぞ」

「そうかな? まあ……あったかもしれないね」


 昨日リュークと話していた時とは違い、王の威厳のような覇気や言葉遣いが無く、ただ機嫌がいい人となっていたクラウディア。


「リューク君はどこにいくんだい?」

「朝の鍛錬をしたいから王城の中にある訓練所のような場所を借りさせてもらうよ。国王は?」

「愛する妻を起こしにね。じゃあねリューク君、それと僕は国王じゃない、ただのクラウディアだよ」


 爽やかな笑顔を残して去っていくクラウディア。


 そしてクラウディアは妻の寝室へと向かった。前までは一緒の寝室だったが、記憶が無くなってから違う部屋で寝るようになった。

 クラウディアはスキップでもしそうな雰囲気を持って歩いていく。昨日の夜、妻との別れ際に――。


『あの、おやすみなさい……あ、あなた』


 恥ずかしそうに顔を紅く染めて言った妻の姿が脳裏に残って寝不足気味でもあったがそれを踏まえて気分が良かった。


 クラウディアは妻の寝室に着きノックをする。返事がないのでまだ寝ていると判断して扉を開ける。


 豪華なベットに穏やかに眠る妻のマリアナ。

 ベッドの隣に椅子を持っていき座ってしばらく妻の横顔を眺める。

 無意識にマリアナの綺麗で長い金髪の髪を撫でるようにしていた。


 そしてマリアナがその感触を感じてか目を薄っすらと開ける。


「おはよう、マリ。いい朝だよ」


 そう呼びかけるクラウディアを寝ぼけた目で眺めるように見て、身体をゆっくりと起き上がらせ――彼女は言った。



「――貴方は……誰ですか?」


 放心するクラウディアに、続けて彼女は言う。


「私わたくしは……誰ですか?」



 ――呪いは、進行していた。

 マリアナの過去、全ての記憶を奪ってなお、奪い尽くす――現在の記憶さえも。



 放心していたクラウディアだったが、そのことに気づきすぐに顔を俯かせる。彼女に顔が見られないように。


 ――彼女に自分の絶望の顔を見せてはいけない。


 その想いだけを頼りに、絶望を叫びたい心を抑え込んで――。


 今出来る精一杯の笑顔を作り、顔を上げる――その頬に一筋の涙を流しながら。



「君は――マリアナ=サザンカ」


 ――何度でも言おう。 


「僕はクラウディア――ただのクラウディア」


 ――何度でも告げよう。


「君に恋し、愛を告げる者だ」

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