第44話 一ヶ月後

 『ヴェルノ』の街を東に数キロ。

そこには森――通称『初心者殺しの森』。


 その森に入る手前の草原、そこで一ヶ月もの間鍛錬をし続けた者達がいた。


 二人の姉妹――アン、アナは森から出て来た魔物の群勢と対峙していた。

その数は二十に届き、二人を殺そうと眼が血走り今にも飛びかかって来そうである。


 そして――対峙していた魔物の群勢は二人に向かって一斉に襲いかかる。


 すぐに姉――アンは対処するべく前に出る。

持っていた杖を構え、詠唱破棄で魔法名だけを唱える。


『炎槍フレイムランス!!』


 アンの目の前に現れる炎で形作られた槍、数は五本。

 真っ直ぐに魔物へと向かっていき、今にも飛びかかって来そうであった狼の魔物、『ヴァンウルフ』を貫き焼き尽くす。


 焼け焦げだ死体を踏んで襲いかかってくるコボルト達。

瞬時にアンは後ろに下がり、妹――アナが前に出る。


 アナが持っている武器は――薙刀なぎなた。

槍のような長い柄、刀のような長い刃を持つ。

突く、払う、斬るといった多彩な攻撃が出来る武器である。


アナの低身長も相まって長く見えるそれは、アナの身の丈に頭二つ足したほどの長さである。


 アナは薙刀を右手で持ち脇に挟んで構えている。


 コボルトとの距離を測り──首を狙い、斬る。

完璧に入ったその攻撃は一匹のコボルトを斬首し、頭が空中に舞う。


 次々に来るコボルト達をアナは一定の距離、薙刀の間合いの中に入れずに立ち回る。

コボルトの足を斬り払い、転ばせたところを狙って首を突く。


 アナの周りには六体ほどのコボルトの死体が転がる。

しかし――ここで後ろから襲いかかってきたヴァンウルフの速さに対応しきれず間合いに入られる。


「――くっ!!」

「アナっ! 下がって!!」


 その声に素早く反応しアナは薙刀の柄で迫ってきた狼を弾き飛ばし、魔物達から距離を取る。


「『風刃シャイド』!!」


 アンの髪が揺れ、鋭く風を切り裂く音が聞こえる。


 アナの周りに固まっていた魔物を風の刃が斬り裂いた。

頭を斬り裂き、胴体を斬り裂き、四肢を切り裂く。


 その魔法は残っていた魔物全てを斬り裂き絶命させた。

しかし、頭や胴体を斬り裂かれなかったコボルトやヴァンウルフが数匹。


 そこに追い討ちをかけるアナ。

すぐさま倒れている魔物を一匹ずつ確実に突き、斬り払う。


 そして全ての魔物が息絶えたのを確認したところで──その戦いを見ていた者から声が掛かる。


「うん、強くなったな」


 リュークから声を掛けられ肩の力を抜くアンとアナ。


「良い戦いだったぞ、致命的なミスは無かった」

「致命的じゃないミスはあったっていう言い方ね」

「まあな、まずはアナ。背後に回られて間合いに入られたな」

「うん……あれは私もミスったなー、って思ったよ」

「薙刀、その武器の最大の利点は間合いの長さだ。相手を近づけず、自分に有利な距離で戦える。しかし、その利点は近付かれたら欠点になる」

「うん、わかってる。やっぱり後ろから来られたらちょっと厳しいよ」

「まあそこは背後に回られないように立ち回るしかないからな。まあ俺なら背後からでも余裕で対処出来るが」

「ずるいなー、お兄ちゃんは」

「お前もその内、訓練を続ければ出来るようになる」


「それで次はアンだな」

「え、私も? ミスしたかしら?」

「アナがピンチになったからといって焦って集中力を欠けた魔法を撃ったから確実に魔物達を殺せなかった。あんだけ固まってたら一発で全員殺せる」

「うっ……。そうね、少し魔法が撃ったはずのところとズレてたわ」

「まあその後の対処は良かったぞ、アナ」


「いえい! お姉ちゃん下手くそだからしっかりフォローしたよ!」

「元はと言えばアナ、貴方が失敗したのを助けようとしたのよ? 貴方が失敗しなければ私もいつも通り撃てたわ」

「お姉ちゃん、それなんていうか知ってる?『負け惜しみ』って言うんだよ?」

「負けてないわ、先に貴方が負けたのよ」

「負け犬の遠吠えは見苦しいねー、お兄ちゃん」

「お前ら本当に仲良いよな」



 リュークが『ヴェルノ』に来てから、一ヶ月が経った。

その間、リュークはアンとアナ、二人の鍛錬を続けていた。


 二人の成長は著いちじるしく、一ヶ月でF級からD級になるほどである。


 先程の戦いの相手、魔物達はE級だったが二十はいる群勢を傷一つ負わずに勝利した。


 二人の武器はリュークが貯めたお金で買ったものであった。


 リュークはS級冒険者が扱うような武器を買おうとしたが、アン達の説得によりそれはやめて、相応な武器を買った。


 それでもリュークの口座に入ってるお金はまだまだ余裕がある。


 それもそのはず、リュークが仕留めた『ワイバーン』。

あれが想像を上回る額となり、普通の人が働く一生分を超える収入となった。

 その額を見た時はアンとアナは卒倒しそうになっていた。

 その半分の額を二人の武器に使おうとしていたリュークを止めた二人は、今でも正しい判断だと思っていた。



「よし、じゃあそろそろ帰るか。一応依頼も終わったことだし」

「そうね。コボルト十匹、ヴァンウルフ十匹の討伐。無事完遂ね」

「お兄ちゃん死体持ってってくれる?」

「わかった」


 リュークは異空間に死体を入れていく。

アンの魔法で焼け焦げた死体は置いていく。


「はぁ……また走って帰るのね」

「そろそろ慣れたろ?」

「そうね、死にかけることはなくなったわ。倒れかけるくらいにはなったわね」

「私は結構慣れたよー、魔法ばっか使うお姉ちゃんと違って動いてるからね」

「アナ、そんなに私と喧嘩したいのかしら? 言い値で買うわよ」

「はいはい、姉妹喧嘩してないでもう帰るぞ」


 リュークが走り出すと、それに続いてアンとアナも走り出す。


 後ろでまだ余裕そうに言い争う二人の声を聞きながら、リュークは呆れるように笑うのであった。

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