第43話 買取


「依頼も受けずに森に行ったと思ったら……この状況は何ですか?」

「この状況って?」


 ギルドに戻って来た七人を見て、メリーがリュークに問いかける。


「いや、リュークさんは寝ているエイミー様を背負ってて、アンとアナは瀕死で、アメリア様とサラ様は死んだ目をしてますし……」

「メリー様、一言で申しますと……混沌カオスでございましょうか」


 ――メリーはとりあえず考えることをやめにした。


「それで、リュークさん達は何かギルドに御用でしょうか?」

「ああ、そうそう。ちょっとテレシアに言われて初めてわかったんだけど、ギルドって魔物の素材とかの買取かいとりもやってるんだってな」

「はい、そうですね」


 ギルドの素材買取は、色んな魔物の素材を買い取っている。

F級の魔物からS級の魔物まで。

F級のゴブリンでも、その素材の利用は多岐に渡る。

F級の魔物は簡単に討伐出来るので需要もあるが供給が遥かに上回るので買取値段は安くなるが。

 多少は例外あるが、級が上であればあるほど買取値段は高くなる。


「てことで買取をしてもらいたいんだが、今大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。しかしその素材が……ああ、リュークさんは時空魔法が使えるんでしたね」

「ああ、ここで出してもいいのか? 結構大きいが」

「リューク様、あの魔物をここで出すのは少々まずいかと」


 リュークに買取を教えたテレシアがここで素材を出そうとするのを止める。


「……それでしたら素材の解体場があるのでそちらでお願いします」


 テレシアがここで出すことを止めたことに何かを察したメリーだったが、ここでは言及せずに解体場へとリュークとテレシアを通す。

なお、いまだにエイミーはリュークの背中で熟睡中であった。


 リューク達は解体場へ通される。

そこは包丁と呼んでいいかわからないほどに大きな、人の身の丈以上の包丁がズラリと並んでいた。

そこら中の壁に魔物の血と思われる血痕が飛び散っていた。

 その包丁達に囲まれてそこにいたのはギルド長のゴーガンだった。


「おっ、お前かリューク!」

「ゴーガンじゃねえか、お前が魔物を解体してるのか?」

「そうだ、冒険者ギルドのギルド長なんて解体が仕事だからな!」

「違います、ギルド長が書類仕事を私達受付嬢に押し付けて解体をしてるだけです」

「細かいことはいいんだよ! 俺には向かねえからな!」

「適当なやつだな」


 ガハハ、と大声で笑うゴーガン。

それを見て呆れるメリーだったが、仕事を思い出し話を切り出す。


「ギルド長、リュークさんが魔物の買取をしたいと」

「まあここに来る理由なんてそんなことだろうな。だがその肝心の魔物の姿が見えねえが?」

「ああ、今から出す」


 そう言ってエイミーを抱かかえたままリュークが手を前に掲げて出した魔物は――S級の魔物、ワイバーンであった。


「なっ! これは!?」

「これ……ワ、ワイバーン!? リュークさんマジですか!?」

「メリーって『マジ』って言葉使うんだ、意外だな」

「リューク様、気にするところが意味不明です」


 メリーの言葉遣いが荒くなるほどこの魔物は異常であり規格外であった。


「ちょ、ちょっと待て! リューク、これは一匹だけだったか!?」

「ああ、そうだな。魔力探知した感じ一匹だけだった」

「お前の魔力探知の範囲は!?」

「半径二キロ」

「二キロ……っ!? いや、今はそれは気にしないが……二キロ内に一匹だったら『はぐれ』か?」

「おそらくそうだと思われます。群れで動いていたのならリューク様の魔力探知に引っかかるはずです」

「そ、それは良かったです……。群れだったら緊急事態でした。いえ、普通は一匹でも緊急事態なのですが」


 そこまで聞いてやっとゴーガンとメリーは胸をなで下ろす。

ワイバーンは群れで通常動くために『はぐれ』ではなかったら百匹はいると考えられた。


「いや、お前なら強い魔物を持ってきたと思ったが……これは予想外過ぎる」

「そうか? まあとりあえず買取してくれ」

「……もういいや、お前に常識を求めるのは諦めた。とりあえず素材とかを鑑定しないといけないからな。明日の朝まで待ってくれ」

「案外時間かかるんだな」

「デケェし、素材も高く買い取れるからな。しかも頭部破壊以外の損傷が見た感じ全く無い。こんなに綺麗なドラゴン種の素材は見たことがない!」

「そうか、じゃあ頼んだぞ」

「任された! いやー、腕がなるな!」


 素材の解体が趣味なゴーガンは、意気揚々と身の丈ほどの包丁を持って目を輝かせる。


「じゃあメリー、俺達帰るから」

「あ、はい。お疲れ様でした」

「おう、メリーも頑張れよ」

「お疲れ様ですメリー様」


 リュークとテレシアはゴーガンの笑い声が響く解体場を後にする。


「そういえばテレシア達は今日もメリー達の家に来るのか?」

「いえ、今日は既に宿の手配をしていますので。さすがに連日お世話になるのは」

「そうか、まあ俺も含めてメリーやアン達も別に迷惑とは思ってないと思うがな」


 二人はアン達が居る場所に戻ると、アンとアナはとりあえず歩ける程にはなっていた。

アメリアとサラも何か吹っ切れたような、全てを忘れたような雰囲気をがあった。


「あ、お兄ちゃん、テレシア。どこ行ってたの?」

「ちょっと買取にな」

「買取……ああ、ワイバーンね。驚かれたでしょ?」

「そうだったな。やっぱり珍しいんだってな」

「珍しいでは済まないけどな……。ワイバーンは高く売れるぞ。私もその額には驚いた」

「アメリア様の倒されたワイバーンは水圧で潰されていたのに関わらず高額でしたので、ほぼ無傷の素材のワイバーンはどれほどの額になるかわかりませんね」

「まあ明日の朝になればわかるさ。じゃあ帰るか」

「あんたはいつまでエイミーお姉様を背負ってるのよ」

「あ、忘れてた。おい、エイミー、起きろ」


 リュークは自分の身体を揺らしてエイミーに呼び掛ける。

リュークの呼び掛けに少し遅れてエイミーが反応する。

目を少し開け、手の甲で目を擦る。


「んっ……ふあぁぁ……おはよう〜」

「はいはいおはよう、よく眠れたか?」

「うん〜、リューク君の背中大っきくて、暖かくて気持ち良かったよ〜」

「そりゃ良かった、じゃあ降りてくれ」

「え〜、もうちょっとこのままがいいな〜」

「はあ……お前らの宿に送るまでだからな」

「えへへ、ありがとう〜」

「――バカップルかっ!!」


 サラが今までになく大きな声で叫んだ。


「ちょっとお姉様! 降りてください! ずるいですよ!」

「ずるいってなにが〜?」

「えっ? いや、その……あ、歩かないで帰ることです! あたし達も疲れてるんですから!」

「え〜、だってリューク君がうちの足腰を立たなくさせたんだから責任は取ってもらわないと〜」

「エイミー、言い方が卑猥です」

「なにが卑猥なの〜? テレシアったら妄想が激しいんだから〜。ムッツリスケベだね〜」

「よろしい、戦争ですね」

「お前達落ち着け」


 アメリアがこの場を収めて、ほぼ満場一致でエイミーは歩いて帰ることになった。

エイミーは不満そうに、リュークは何故かわからなさそうにしていたが。


 七人はギルドを出て帰路に着く。

途中、メリーの家とアメリア達が泊まる宿の分かれ道で別れた。


 そしてリュークとアン、アナは家に着いた。

すぐにアンとアナは夕食の準備に取り掛かる。

料理の途中、ギルドの仕事を終えたメリーが帰ってきて料理に加わった。


 しばらくすると突然、家のドアを叩かれる。

メリー達はこんな時間に訪ねてくる人に心当たりがなく不審がったが、リュークがドアを開ける。


 するとそこにはアメリアが立っていた。


「アメリアか、どうしたんだ?」

「そ、その……すまないが泊まらせてくれないか?」

「は? お前ら宿取ったんじゃ……」

「四人部屋を手配したはずがあちらの手違いで三人部屋になっていたのだ。そこで一人こちらに泊まらせてもらうことになったんだが……」

「なんでお前なんだ?」

「……ジャンケンで負けた」

「それでいいのかお前」


 S級のアメリアをジャンケンで追い出す三姉妹もなかなか酷いものだ。


『ア、アメリア様に行かせるわけにはいきません! あたしが行きます!』

『そんなこと言って〜、サラはリューク君と一緒に寝たいんじゃないの〜?』

『そ、そそそそんなわけないでございますわよ!?』

『サラ、貴女はテンパるとよくわからない言語を喋りますね』


 そんな会話があったことはリュークは知る由よしもなく。

リュークはアメリアを家に入ってもらい、メリー達に説明する。

メリー達も可哀想な目でアメリアを見るが、急遽夕食を五人分にして。

 そして夕食を五人は無事に食べ終える。


「そ、そういえば……今日も私とリュークはリビングで寝るのか?」


 宿でした会話を思い出し、アメリアは顔を紅く染めながら問う。


「いや、メリーの部屋でよくないか? 昨日は何人もいたから仕方なくだったしな」

「……そ、そうか」


 またしてもデジャブを感じるリュークの反応に、メリー達はアメリアを同じ様に哀れな目で見られる。



 この後、何も返せるものがないアメリアが何か手伝いを申し出る。


「アメリアはなんか家事出来ないの?」

「……せ、洗濯ならギリギリ」

「まあ失敗の仕様があまりないわよね」

「じゃあアメリア様、今日出た洗濯物を洗って貰えますか?」

「ま、任せておけ! 全部綺麗に真っ白にしてやるぞ!」

「それはやめろ、今日の洗濯物に白色はないぞ」


 こうして夜は更けていく――


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