第40話 誇り


「お兄ちゃんが、『鬼』いちゃんということがわかった決闘だったよ」

「ちょっと待て意味が分からん」


 リュークがアン達に近づき感想を聞いた時に、アナが開口一番に出た言葉だった。


「リューク……私も流石に擁護出来ないわ」

「普通に決闘して勝っただけだろ?」

「女の子二人に『腹パン』決めて、動けない女の子に魔法ぶっ放して勝つのが普通とは思えないけれど」

「いや、手加減したぞ? ほら、ルーカスみたいに気絶まではいってない」

「腹パンされて悶絶するくらいなら、気絶の方がマシじゃないの?」

「アナ、何言ってんだ。気絶してたら二人がサラを助けれなかっただろ?」

「結果論よねそれ? しかも腹パンされた身体に鞭打って助けに行かせた原因の人が言う台詞セリフじゃないわ」

「……まあいいじゃん」

「適当すぎじゃないお兄ちゃん!?」


 三人がそう話してる間、アメリアはテレシア達に近付いて行く。


 テレシアとエイミーは仰向けに倒れて身体中痛そうに顔を歪めていた。

額からは血も流れ頬を通り顎まで血が滴っていた。

 サラは姉二人の側で力が抜けたように座り込んでいた。


「ご苦労だったな、お前達」

「アメリア、様。はあ……はあ……申し訳、ございません。このような格好で……」

「いい、そのまま楽にしていろ」


 アメリアは倒れ込んでいる二人に両手をかざし、魔法を発動させる。

アメリアの得意な水魔法――治癒魔法である。


「ありがとうございますアメリア様〜。アメリア様の魔法だったらすぐに治っちゃいますよ〜」

「エイミー、あまり喋るな。お前が一番重傷なんだ」


 エイミーは『肉体強化魔法ゲオルグ』を使っていた。

それを使っていれば常人より防御力は上がるだろう。


 しかしその防御力を持ってしてなお、リュークの『腹パン』で悶絶。

つまりテレシアのより強い力で『腹パン』されたということになる。


「『肉体強化魔法ゲオルグ』を使っていればまだ痛みなどはテレシアと同じくらいだとは思うが、魔力が切れた今、お前が一番ダメージが蓄積されている。ゆっくり休め」

「……はい〜。ありがとう、ございます〜……」


 エイミーは安心したかのように顔を綻ばせて、治癒魔法の気持ち良さに身を任せ目を瞑り眠りにつく。


「テレシア……お姉様……。エイミー、お姉様……」


 サラは二人の姉の傷だらけの姿に涙をこぼす。


 二人がここまで怪我をしたのは自分の不甲斐なさ、弱さの結果だと――。

 自分の至らなさが生み出したものだと――。


「テレシア、お姉様……あたし――」

「サラ」


 顔を俯かせ、悲痛な声で何かを言おうとしたサラを、テレシアは穏やかに問いかける。


「怪我は――しませんでしたか?」

「――っ!! ……は、い……しなかったです」

「そう……何よりです」


 テレシアはその答えだけを聞くと、エイミーと全く同じように目を瞑って眠った。


「……」

「サラよ……良い姉を持ったな」

「……はい。本当に、強く、そう思います」


 謝罪を――しようとした自分を止め、先に出て来なければいけなかった言葉をサラは口にする。


「――ありがとう、ございます……っ! テレシアお姉様、エイミーお姉様……」



 しばらくすると感想を言い終わったのか、リューク達がアメリア達に近付いてくる。


「よっ、お疲れー」

「サラ、決闘お疲れー! 凄かったよサラの魔法! ゴロゴロドッカーンって感じで!」

「何言ってるかわからないわよアナ……お疲れ様サラさん。テレシアさんとエイミーさんは……眠ってるのね。無理もないわよね」

「アメリア、手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。私の部下だからな。これくらいは一人でさせてくれ」

「……そうか、わかった。サラ、悪かったな、怖い思いさせたか?」

「……別に、大丈夫だったわ」

「そうか? なら良かった」

「お兄ちゃん! 強がりなんだからそんなあっさり引き下がっちゃダメだよ!」

「つ、つつ強がりじゃないわよ!」

「わかりやすい動揺の仕方ね」


 サラは動揺を誤魔化すように、わざとらしく咳払いを一回して。


「と、とにかく! リューク……その、あたしも悪かったわ。いきなら難癖つけて決闘をさせて……」

「あ、難癖ってわかってたんだな」

「う、うるさいわね! 決闘に負けたからにはあんたを認めてあげるわ!」

「なんでサラは負けたのに上からなんだろ?」

「アナ、あんたも黙ってなさい」

「次はあんたにあたしを認めさせてやるわよ! 覚悟してなさい!」


 サラは立ち上がりリュークを指さして宣言する。


「え、もう認めてるけど?」

「へ?」


 間の抜けた声を出したサラに、リュークが淡々と続ける。


「サラの『雷撃ライゲキ』、あれはアメリアの『津波ツナミ』に匹敵する威力だったぞ」

「なっ!? あ、あたしの魔法がアメリア様の魔法に届くなんて……あるわけ……」

「まあ、攻撃特化の雷魔法と支援特化の水魔法の攻撃が同じ威力ってのは、やっぱりアメリアの凄さが分かるがな」

「え? そ、そうか? い、いきなり褒めるな……」

「それにサラは撃った後は動けないほど疲労したが、アメリアは少しふらつく程度ですぐに他の魔法を使えたしな」

「だ、だから心の準備くらいさせろと……」

「……あんた、あたしを認めたんじゃないの?」


 自分が褒められたと思ったら矛先がいきなり変わってイラつくサラ。


「それでも、アメリアをS級へと駆けあがらせた魔法と同威力なんだ。それは本当に凄いと思うぞ」

「っ! そ、そんな……あたしなんてまだまだアメリア様に届くなんて……」

「そうだよサラ! お兄ちゃんが言うんだから間違いないよ!」

「そうね、どっちの魔法も完璧に防いだリュークが言うのだからね」

「……リュークは規格外すぎるな」

「まあ、俺のことはどうでもよくてだな」


 話の流れが少し変わってるのを感じ、一度会話を区切り、話を戻すリューク。


「それだけの魔法を使える奴を、認めない方が無理な話だろ?」

「……っ」


 リュークはそう言ってサラに笑い掛ける。

サラはその笑顔を見て少し顔を赤らめ顔を背ける。


「それに、サラの雷魔法。見た感じ独学だろ?」

「……そうね。よくわかったわね」


 サラは四年ほどの月日、雷魔法の研究、練習をした。

二度雷を喰らい、練習をするときも自分の身体に電流が流れた事なんて数えきれないほどある。


「なんとなく、な。雷魔法を独学でそこまでに到達するのは並大抵の努力じゃ無理だっただろう。素直に尊敬するよ」

「……」

「俺は母ちゃんがいたからな。全部教えてくれたが……」


 リュークは少し身体を震わすと怯えたように。


「思い出したくない……『雷魔法を覚えるのは身体でね』とか言って……俺に雷魔法を撃ってきた……」

「あんたのお母さん鬼畜すぎるでしょ!?」


 サラは自分も何回も経験したことあるからこそ、その痛みや恐怖がわかった。


「それでも、母ちゃんは上手く加減してくれたからな。サラ、多分お前は違うだろ?」

「っ! ……そう、ね」


 自然の雷。

そこにはもちろん力加減など無く、一歩間違えれば文字通り『即死』である。


「だから俺はお前を認めるし、尊敬するよ」

「……ふ、ふん! あんたなんかに認められても嬉しくなんてないんだから!」

「いや、さっき認めさせてやるとか言ってたじゃねえか」

「き、聞き違いじゃないの?」

「いや無理があるだろ……あ、そうだ」


 リュークは何か思い出したかのように、サラに問いかける。


「サラ、『雷の傷痕』はないか?雷を喰らったなら出来るかと思うが……」

「っ! ……確かにあるわ。右腕から背中にかけてね」


 サラは左手を右肩の後ろに置いて、背中を気にするように摩る。


「それ、治そうと思えば治せるぞ」

「え? そうなの?」

「ああ、どうする?」


 サラは背中を摩りながら考える。


 雷を二度打たれ、右手から背中にかけて出来た傷痕。

 それを初めて姉二人に見せた時の反応――。


『カッコいいと思うよ〜? うちは好きだな〜』

『ええ、そうですね。その傷痕はサラ、貴女の努力や覚悟を示してると私は思いますよ』


 ――その言葉を思い出し、ふっと笑い。


「大丈夫よ、結構気に入ってるのこれ。タトゥーみたいでカッコいいし。それに――」



「――私はこの背中の傷を誇りに思ってるわ」



 そう言って、初めてサラはリュークに笑顔を見せた。


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