第39話 誓い


「もうそっちの手は終わったか? じゃあ……次はこっちから行くぞ」


 リュークはそう言うと地面を蹴り一気に三人に迫る。

一番最初に狙ったのは――エイミーだった。


 エイミーは自分が狙われてることに気付くとすぐにその場から後ろに飛び回避の態勢に入る。

しかし、その行動までも読んだのかリュークはいとも容易く間合いを詰めてくる。


「くっ……!」


 エイミーは後ろに下がりながら苦し紛れに短剣を振るう。

 もちろんリュークにそんなものが当たる訳なく、難なく躱され懐に潜り込まれる。

瞬間――エイミーの腹部に衝撃が走る。


「――かはっ!!」


 肺に入ってる空気が口から抜ける。

膝をついてお腹を抑えて倒れこむエイミー。


「エイミー! 『風刃シャイド』!!」



 テレシアがすぐさま魔法を発動させリュークに不可視の風の刃を飛ばし攻撃をする。

 リュークは目の前から攻撃が来ることをわかっていながら、テレシアに突進する。

風の刃がリュークを襲う――はずが、リュークの身体には傷一つ付かない。


 テレシアは自分の風の刃が、自分より更に大きな風魔法によって逸らされたことを感じた。


 その隙にリュークはテレシアに接近。

テレシアも魔法を発動しようとするが間に合わず、エイミーと同じくリュークに腹部を殴打され、その衝撃で吹っ飛び数メートル転がる。


「いっ……!!」


 リュークは転がるテレシアから目を離し、サラに目を向ける。


「テレシアお姉様!! エイミーお姉様!!」


 サラは何も出来ずにいる自分を不甲斐なく思い唇を噛む。


「どうする? 降参するか?」

「誰が……!? まだ戦やるわよ!!」


 続行を主張したサラだが、もうサラには雷魔法を使う魔力は残ってなかった。

先程の攻撃で全ての魔力を使ったのだ。


「そうか……じゃあ、これでおしまいだ」


 リュークは離れたところにいるサラに向かって、氷の礫を作って飛ばす。

逃げられない様に何十個も飛ばし、逃げ道を無くす。


「くっ……!!」


 サラには避ける術もなく、ただその攻撃の衝撃に備える覚悟をするだけだった。


「(あたしは……強くなったのに……なんで……っ!)」


 ――――


 サラ――16歳、三姉妹の末っ子。


 末っ子として生まれたサラは、周囲に期待されていた。


 長女、テレシアは七歳から入れる魔法学校の入学試験で優秀な成績を残し特待生として入学。

その後の学校生活でも、基本属性の六属性を全てを使いこなし十年に一人の逸材としてもてはやされていた。


 次女、エイミーは火属性と風属性の二つの基本属性の適性があり、そして十万人に一人にしか発現しないユニーク魔法、『肉体強化魔法』を持っていた。

 テレシアとエイミーが通ってた学校では十年ぶりのユニーク魔法保持者であり、エイミーも天才であった。


 必然的に、三女のサラも何か特別な力を持っているのではないかと期待を込められていた。



 しかし――入学試験に不合格。


 理由は単純明快、基本属性適正無し。

魔法が――使えなかった。



 周囲からは期待されていたサラは親にも見放され、ご飯などは作ってくれるが会話などは一切せず、顔も合わせてくれなかった。


 姉の二人はサラを気にはしていたが全寮制の学校で、長い休みの時に帰ってくるくらいの二人はサラには何もしてやれなかった。



 サラは学校にも行けずに部屋に塞ぎ込んでいた。

 ――自分は必要のない子。選ばれなかった子。

周囲からそう言われ、親からも態度でそう示された。


 そこから五年ほど、サラにとっては地獄の日々が続いた。

何も生産性がない、ゴミみたいな毎日。


 家にいても親からは無視され、外に出たら近所の子供からは罵声を浴びせられ石を投げられ心も身体も傷付いていく。


 ほとんど毎日、街の高台の木が茂ってるところに通い詰め、一番大きな樹の下で座ってじっとしていた。

 虚空を見つめ、朝から夕方にかけて何もせずに。



 そして五年後のサラが十二歳になった頃――突如その日は訪れた。


 その日は雨が降っていた。

傘をささないと目の前が何も見えなくなるほどの強い雨だった。


 しかし、そんな日でもサラは樹の下で座っていた。

木の下なら少しは雨が凌しのげたがそれでもサラはびしょ濡れになっていた。

サラは三メートル先も見えないほどの雨をじっと見ていた。


 そしてサラの耳にゴロゴロという音が聞こえた瞬間――サラの目の前は白く染まり、身体に激痛が走った。


 雷に打たれたのだ。


 その場に倒れこむサラ。

しかし、意識を辛かろうじて保ったサラは天命を受けたような感覚に陥っていた。


 痛みに耐えながらも腕を上げて掌を顔の横に持ってくる。

そして掌に『何か』を込める。


 するとなんとか開けていられたサラの目には、掌から光が発するのが見えた。


「――あはは……っ!」


 力無く笑い、サラは目を閉じ気絶した。



 その後、サラを心配して探していたテレシアとエイミーが高台で倒れているサラを見つけた。


 六年制の学校を卒業して六属性魔法を普通の大人の魔法使いより上手く使いこなせるようになったテレシアが治療を行い、サラはなんとか一命を取り留めた。


 ほとんど後遺症は残らず五体満足で生き残ったが、落雷により身体に電気が流れることで放電した部分――サラの場合右肩から背中にかけて、火傷により皮膚がただれて傷痕が残った。


 雷に打たれた時に出来た傷跡は、『リヒテンベルク図』というような形になり、電気が通った部分が火傷を負ってまるでタトゥーみたいになる。


 その傷痕はまだ右肩から背中にかけてなので服を着れば見えなくなった。



 そして、サラは雷に打たれたことにより『雷魔法』が発現した。


 雷に打たれた全員が発現するわけではない。

ただ、サラはその才能があったが教える人がおらず、ユニーク魔法であったために自分がそんな魔法が使えるのかも知らなかった。


 今回の雷でそのきっかけを掴んだサラは雷魔法を必死に練習した。

周囲の人や親も百万人に一人の才能が開花したのを知って、今度こそと期待した。


 しかし、ユニーク魔法『雷魔法』はそんなに甘いものではなかった。


 たくさん魔法の本を読んでも雷魔法の事は少ししか書いていない。

自己流で練習しても、せいぜい掌に電気が発生する程度。


 数ヶ月後には期待していた人達、そして親ですらもう失望していた。


 しかし、二人の姉は妹を見捨てなかった。

一緒に魔力を操る練習をし、魔法の本をサラのためにいっぱい読んで雷魔法について書いてある本を探してくれた。


 そんな姉二人の期待に応える為に――サラはある決心をした。



 ――そして数ヶ月後。


「サラっ! サラっ!! しっかりしてっ!!」

「なんでこんな事を……っ!!」


 テレシアとエイミーは、大雨の中高台に来ていた。


 樹が茂った所、そこにサラは倒れていた。

右手には真剣が握られており、地面には雷が落ちた跡の『リヒテンベルク図』のギザギザの様な模様があった。



「おねえ……さまっ……」

「サラっ! テレシアっ!! 早く治癒魔法っ!!」

「やっていますっ!!」


 エイミーがサラを抱き起こし、テレシアは両手をサラに向けて魔法を使っている。

エイミーの目には涙が光っており、普段ののんびりとした口調など無く、悲痛な声が響いていた。


「なんでこんな危ない事を! 雷を誘導して自分に当てるなど……っ!!」

「テレ、シア……おねえ、さま……ごめんなさい……」

「謝罪が聞きたいんじゃありません! 理由を聞きたいのです!!」

「……雷、もういっ、かい……打たれたら……まほう……」

「っ!! ……もういいです、わかりましたから……もう喋らないで……」


 テレシアはサラの真意を知り涙を零さずにはいられなかった。


「サラ……ごめんね……っ!」

「エイ、ミー……おねえさまっ……」

「もう苦しませないからね……絶対に、守ってあげるから……っ!!」


 エイミーは泣きながらサラを強く抱きしめる。

エイミーの言葉を聞き、サラは目を閉じ眠る様に気絶する。

 その顔は少し安心したかの様に、しかし痛みに耐える様に見えた。


「エイミー……私達はダメな姉ですね。妹がこんなに苦しんでるのを理解出来ずに……」

「……ほんとだよ。だから……うちはエイミーより強くなる。今度こそ、守るために」

「なら私は、エイミーより、サラより強くならないといけませんね。長女なので」


 テレシアとエイミーはこの日、この時『誓い』を立てた。

妹サラを守ると、必ず――。



 ――――



 サラの目の前には氷の礫が迫っていた。

サラがもう目を瞑ろうとした時――サラの目の前に何かが立ち塞がった。

 閉じかけた目を開くと、二人のお姉様の背中が見えた。


「――くっ!!」

「――ああっ!!」


 テレシアは風魔法で氷の礫を逸らし、エイミーは短剣で弾き飛ばす。


 しかし、テレシアとエイミーには逸らせず弾き飛ばせなかった氷の礫が襲う。


 だが――サラには一個も当たらなかった。

否、当てさせなかった。


「テレシア、お姉様……エイミー、お姉様……」

「はあ……はあ……降参、です」

「はあ……はあ……もう、無理だよ〜」


 テレシアとエイミーは前のめりに倒れ込む。


 そしてその言葉を聞き、アメリアが告げる。


「ふむ――この勝負、リュークの勝利とする!!」


 こうして決闘は終わった。


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